第9話 異世界転移
「その話は知っているが、まさかそれを信じる気か?」
魔物の王、魔王がそんな話を信じているなどはっきりいったら知りたくなかったクレイ。そもそもその話はかなり前からただのおとぎ話として伝わっているものである。子供に夢を与えるためだけの存在。年を重ねていけば自然とそれが偽りであることが分かってくる。信じきっている者はクレイが知る限りいなかったのだ。
『我を童子か何かと勘違いしておるのか? 一つの可能性として述べただけだ』
「可能性? その話がか?」
魔王は食べかけのパンを口に放り込む。咀嚼音もなく、パンは魔王の胃の中へと入っていった。
『いかにも、その話は今の我々の状況と酷似している。ケイロス国とは違う世界、仮に異世界とでも言っておこうか。我々はその異世界にいると考えれば辻褄が合う』
「……リルトとグリフォンのことか…?」
『そやつらもであるが、一番の証拠がある』
魔王は自らの胸を拳で軽く叩いた。それはクレイが考えていたことと一致していた。
『何故皆、我を恐れないのだ』
ケイロス国を陥れようとした魔王・バルゴネス。その存在は名前を言うだけでも皆が恐れおののくほどの脅威であった。その姿をみた者が魔王から逃れられたことはない。皆魔王が率いる魔物どもにに殺されてしまっていた。ケイロス国の闇の王といえばその名前が響き渡るほどの力をもっている魔王であるというのにこの国はその魔王に恐れることもなく、ただ身体の大きな人という印象で驚くだけであった。それに今まで何度もクレイは魔王と呼んでいたというのにほとんどが違和感をもつだけで狼狽える様子ではなかった。
「確かに今まで出会った人は貴様にほとんど驚かなかったな」
『恐れていなかったと言え』
魔王はまた爪で机を叩き、魔王はため息をついた。
『これが一番の証拠であると考えている。反論はあるか? あったとしても承諾するつもりはないがな』
「………なんだそれは。だが、貴様の意見も一理ある」
クレイはコクりと頷くと顎に手を当て、眉をひそめている。
「その意見がもし本当ならば私達はあのときに現れた白い腕によってここに飛ばされたということか……」
『その可能性があるな、あのときの腕から感じられた力は我が知っているものではなかった』
「……これは憶測だが、あの白い腕はこの異世界からの力だと考える……」
突如として現れた不気味な白い腕。あれに握りつぶされたとき、声が聞こえてきたのだ。優しい声、懐かしさを感じるような声。
『やっとであえた、わたしのかわいい……』
あの声は今でも耳に残っている。あの声の主も突き止めなくてはならない。そして何故自分達はここにいるのか、その謎も解かなくては。しかし、その前に両者はこの国に慣れなくてはならなかった。
「あの白い腕に女の声、この正体を掴むための方法はやはりこの地に一度慣れなくてはならないのかもしれない」
『……そうだな、今の我々は異世界に飛ばされた哀れな偉大な魔王と勇者であるからな。この地のことを知らずにあてもなくさまようのはあまりよい策ではない』
自虐気味にかつちゃっかり「偉大な」などと言う魔王のことは放っておいてクレイはこの地に慣れる方法を考えていた。だが一番手っ取り早いのは
「明日からクエストをやるぞ」
そう、掲示板に貼られている依頼の数々を行っていくことであった。クレイがクロエから聞くにクエストというものはパッといってすぐにクリアできるほど甘いわけではないという。
クエストを行う場所の周辺の地形や出没する魔物の種類などをしっかりと調べ、下準備を終えてからいくものである。特に両者同じEランクのため、その用意は欠けてはならないことであるということであった。
それでクレイはケイロス国でよくあったのはギルドでパーティを作り出したばかりの若者が自分の力量を理解せずに魔物が住み着く場所へと入り、重症をおったり、最悪の場合死人がでる事態があったことを思い出した。それで仲間を失ったパーティは数知れず。
そのため先日からその場所についてを調べることを一番重要なこととして日々怠らずに行うようにと様々なギルドで耳にタコができるほど聞こえてきていた。そのためそのクエストのために調べていれば知らない知識は嫌でも入ってきていたのだろうとクレイは思った。だが、そんなクレイの声を聞いた途端魔王が赤く淡く目のような光を強く光らせる。
『いきなりか!』
「当たり前だ、できることをしていなければその後苦労するのは自分だ。早めに実行すれば望みはそのぶん早く叶えることができる」
刃のような視線を向けられた魔王は微動だにせず、静かに息を吐いた。クレイのような真面目な性格は魔王の性格と合っていなかった。まあ、勇者と魔王だから仕方ないんだけどね。
『仕方ない、だが行うクエストは比較的簡単なものだぞ』
薬草あつめや比較的小さな魔物を倒す程度でのクエストを魔王は期待した。戦闘はできるだけ避けておきたい。魔王の本音は戦闘なんてめんどくさい、である。
「分かっている、私もいくら再生能力があるからといって無駄な傷を負うつもりはない」
今の自分が出しきれる精一杯のことをクエストにかけることにしたクレイ。そして明日のために英気を養うために両者はどちらも早めに床についた。
* * * * *
硬貨が床に落ちる。それに気づいてエルフの少年は慌てて硬貨を拾い上げた。その家に一緒に住んでいる女性がいなくてよかった、と安堵のため息をついた。その女性にばれてしまえば今までの苦労が消えてしまう。エルフはまた細心の注意を払って硬貨をとある箱にしまった。そしてもっていた金色の鍵をつかって閉める。これでよし、とエルフの少年はにっこりと笑った。
「明日も頑張ろう」
拳を握りしめた少年は硬貨をいれた箱を見つめたまま静かにそう呟いたのだ。
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