第6話 鳥人

「僕、21歳ですよ」


一瞬何を言ったのか理解できなかった両者。目の前の子供が自分は21歳だという衝撃的なことを言い出したのだ。まさに名○偵コ○ン状態。もちろん信じられるわけもなく


『くっくっくっ、何を馬鹿げたことを。貴様のような成年者がいるわけなかろう。なかなか上手い冗談だな』


案の定子供の可愛らしい冗談と受け入れたようである魔王。確かにいきなりそんなことをいわれてもすぐに理解できるわけがない。


「……本当に君は21歳なのか?」


頑張って理解しようとしているのがここに1人。それに相手が魔王ではないためどことなく優しい口調である。


「初めて会う人は大抵そうなりますね。はい、21歳です」


何度目かの笑顔を向けられる。その笑顔は21という成人した者の笑顔ではなく、本当に無垢な子供の笑顔であった。


「しかし、何故だ? 何故君は21歳というのに子供のような姿をしているんだ?」


『ああ、そうだ。それが謎だ』


「それは僕達にも分からないことなのです、すみません……。僕達しゅぞくの説明だけはできますが……」


クレイと魔王はどちらも頭が痛そうにしているとリルトはちらりと周りに目を配る。それに魔王は気付き、そんなリルトを目を細めて見つめる。


「ここではなんですので別の場所でお話ししますね……」


その声が暗く感じたのは気のせいであろうか。


* * * * *


別の場所というのは少し離れたアリアステレサを一望できる広い公園であった。何人かの人影は見えるが、ほとんど無人状態である。遊具も何もなく、ただ草が抜かれた丸い地がそこにあるだけであった。


『なんだこの場所は。なんともつまらなそうな場所であるな』


「そうですか? でもここすごく落ち着くんですよ?」


魔王の失礼な言葉にも笑って答えるリルト。クレイはリルトの爪のあかを魔王は飲めばいいのにと思った。それで性格が変われば苦労はしない。


「ここなら人は少ないですし、話しやすいですね」


何故人が少ない方がいいかは空気を読んで聞かないことにした。


「えっと、それじゃお話ししますね」


そういってリルトは口ならぬ嘴をひらいた。



鳥人。鳥頭族ちょうとうぞく、ウェアバードとも言う存在。その見た目は人間の頭が鳥になっているというもので顔を隠せばほぼ人間。イメージとしては烏天狗やエジプト神ホルスに近い。翼はなく、移動手段としてグリフォンを手懐けている。そんな鳥人は人も含めて様々な種族から「幸せを運ぶ者」として長い間認識され続けている。


それは鳥人の特徴であるその幼い姿からとられている。


鳥人はある程度成長すると年を重ねてもそれ以上その姿が老いることはないのである。個人差はあるが鳥人のほとんどが10歳未満の姿であり、その愛らしくか弱い姿から天使と称する人も多い。


しかし欠点もある。幼い姿であるため鳥人達は戦えるものが少ない。特に近接系の武器を扱うことも難しいため、ギルドに登録している鳥人は多くはない。主に10歳以上の姿で遠距離攻撃及び支援の職業の鳥人がほとんどである。


「……と、こういうところでしょうか? 僕達自身も何故自分達がこのような姿にしかなれないのかわからないんです」


リルトは分かりやすかっただろうか、と心配そうにクレイの顔を上目遣いで見上げてくる。


「あぁ……、初めて聞いたことが多すぎて混乱しているが問題ない」


『問題はあるではないか……我も同じだが……』


ぎこちない笑顔のクレイに聞かれたくなかったのか最後の言葉を小声で言う魔王。


「分からないこと、ありますか?」


「いや、特にな……」


『我はある』



勇者の言葉を遮るように魔王が声をあげる。オークの縄張りから離れていたときとは立場が逆になっている。


『リルト、といったか。貴様、先ほどの態度はなんだ?』


「な、なにか粗相でもしてしまったのですか、僕……」


心当たりがないらしく顔は青ざめ、あたふたとしている。


『貴様が思っていることではない、あの巨大図書館とかいう場に訪れたときの態度だ。やけに人間共に気をはっていたではないか』


図星であったらしく目を見開き、固まるリルト。確かにあのとき暗い声をしていたとクレイは思い出す。


「あ、のその……」


「言いたくないなら言わなくてもいい、気にしないでくれ」


『馬鹿を言え、知らなければならんこともある。貴様はなにを此奴こやつにそんな奥手なのだ』


「私たちを助けてくれたのはこの子だぞ、礼を言う立場である私たちがそんなことを簡単に聞くものではないだろう」


『我々がこの地で過ごすにあたっての知識を入れるためである』


どんどん悪化していく空気にリルトは慌てて答える。


「あの、別に気にしないので大丈夫ですよ? ……知りたいというのであればお話しますが……」


『ほれ、此奴もこういっておるではないか』


フフン、と誇ったような雰囲気をだして魔王が偉そうに言う。


「……すまない、それなら話してもらえると助かる」


いつものごとく無視する勇者。そろそろ流れが分かってきた。


「…………僕たち鳥人はさきほどもいった通り、人に他の種族の方に支えられています。そのためある程度のことまでは自由にできます」


「ある程度のこと?」


クレイが眉をひそめる。


「例えば食べ物や服を買ったりすることはできるのですが、図書館に入ることや中央にあるお城に近付くことはできないんです……」


リルトは悲しそうに顔を俯け、茶色のズボンをぎゅっとにぎる。


「人外であるためか、まだ信用されきっていなくて国外へでて配達・運搬をする際は申請書を出さないといけないんです。だけど申請書に書いた範囲から少しでもでれば怪しい動きをしたということで罰せられます。僕らには国から配布された発信器がついていて隠そうとしても無理なんです」


そういって服の襟を下げるとそこから赤色のチョーカーが見えた。それが発信器になっているのだろう。なんでもとある術師が造った代物らしく追跡術というのが発信器の役割をしているらしい。

刑罰は範囲から出た距離により変わるらしく、なかには重い刑罰のせいで仕事が出来なくなったものもいるという。


「このことは皆さん知っています。知っている状態で優しくしてくださる方もいらっしゃいますが、なかにはあまりよく思っていない方もいてよく批判的な目で見てくる方もいるんです……。巨大図書館にいったときもそうでした」


あそこは国が管理していますしね、と先ほどとはうって変わって力の抜けた笑顔を向ける。反乱を起こす可能性があることを重視しての国の対応なのだろう。


「しかし、どうしてそのような対応をこの国はとるんだ? 」


「ずっと昔に国王が決めたことなので理由までは……」


「……そうか。リルト、話してくれてありがとう」


「あ、いえ。でもちょっと辛気くさくなっちゃいましたね」


ははっ、と笑うリルトはやはり21歳にはみえなかった。


* * * * * 


夜。


リルトと別れ、早速宿ギルドへと向かった両者。魔王は野宿を強要されそうになったためしぶしぶといった感じでついてきている。夜だというのに町の活気は途絶えておらず居酒屋や風俗店といった店も開いていた。


「ここであってるな」


クレイは昼、リルトときたギルドの前についた。中からは陽気な声が聞こえてくる。打ち上げをやっているパーティがいるのだろう。両者は木造の扉をあけて中へと入っていった。


「いらっしゃいませ~」


両者が入ってきてすぐに黒髪の女性が声をかけてきた。ギルド店員なのだろう。


「? ここらへんじゃみない顔ですね」


店員は両者の姿をみて首を傾げている。クレイはまだしも魔王は一度見れば忘れられない姿なので不振に思ったのだろう。


「ああ、そうだな。私たちは初めてアリアステレサに来ているんだ。今夜泊まる宿を探しているんだが、まだこのギルドの部屋は空いているかい?」


丁寧に受け答えをするクレイにそっぽを向いている魔王を黒髪の店員は交互にじっと見つめる。


「あなた方、ギルド登録はなさっていますか?」


「ギルド登録は………まだしていないな……」


『我がそんなものするわけなか……いっ!?』


余計なことを言おうとした魔王の足をクレイがおもいっきり踏みつけた。再生能力はあっても痛いものは痛い。また始まろうとする喧騒をとめたのは店員の一言だった。


「なら、泊められませんね」


「はっ…?」


思わず声が漏れたクレイ。気にせずに店員は話し出す。


「ここは宿ギルドですよ? 宿と合体していますが国公認のちゃんとした"ギルド"です。そしてここで泊まれるのはここや他の国でギルド契約をした方々だけです。飲食は契約していなくてもできますが」


まさかのギルド契約制の宿、ケイロス国ではギルドでパーティー登録しなくても普通の宿屋として利用できたというのに、と旅のなかで出会った宿屋の主人たちを思い出すクレイ。

だか、宿屋で思い出した。生きていく上で必要不可欠のもの、ないものには苦しい生活を余儀なくされるもの。そう、金である。いま、両者は金を持っていない。無一文である。


「……すまない、少し話し合ってくる」


店員に断って魔王と共にクレイは宿ギルドから外へと出た。


『急にどうした、勇者。外なんぞにでて……』


「魔王、大事なことを忘れてしまっていた」


無一文だ、私たちは……


『……貴様、金はもっとらんのか……』


「貴様との戦いに不必要なものは全て信頼できる人に預けていたからな」


戦いのどこで金を使うのだろうと全額置いてきてしまったクレイ。それがまさか裏目に出るとは。しかし、ケイロス国もアリアステレサも同じ単位なのかが気になる。どうすればよいかとクレイはうんうんと悩んでいる。魔王は視線を下に向け、石を見ていた。


『……金を用意すればいいのだろう』


そういって転がっている石に手を触れる。


『変われ』


魔王の声に答えるように石は姿を変え、硬貨になった。それを魔王は拾い、指で弾き、もう一度掴んだ。

雑学魔法の一つ、変化の魔法である。


「……まさか貴様、それで宿ギルドで泊まろうとしてないか」


『当たりだ』


「させるわけがないだろう」


クレイが魔王の進行方向へと入り、これ以上進めないように阻止している。


『案ずるな、本物が手にはいればすぐに回収する。それに我は魔王であるぞ。宿代ごときでケチるような狭い器ではない』


それならばいいだろう、と目の前で硬貨に変えた石をちらちらと見せつけてくる。クレイの頭のなかで宿泊、野宿の2つの言葉が浮かび上がる。


「今回、だけだからな」


真面目であるクレイも折れてしまった。

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