第2話 目覚め
目を開けるとそこには青があった。たまに揺蕩う白を目で追う。だんだんと五感が正常になってきて草木の揺れる音、鳥の
風で前髪が揺れ、子供の頃に感じた懐かしさがあふれだす。
『……起きたか』
その一言で勇者の目は見開かれ、すぐに戦闘態勢へとはいる。剣を握り、声のした方へと視線を向ける。そこには巨大な木に背を預けている魔王がいた。その手には恐怖を纏わせた大剣を握っている。
「貴様、なんださっきの術は! どういうつもりだ!?」
『まあ…待て、落ち着け』
魔王はなにかの生き物の骨を被っている。そのため表情がよく見えないが声だけでどういう心情なのかを理解できた。金の装飾が施された漆黒のマントをゆらし、細く凹凸のある指で勇者を指差す。
『しかし滑稽な技だな、そのようなものを持たなければ我に勝てないとでも思ったか?』
クツクツと嗤う魔王に勇者は疑問をもつ。首を傾げるとまではいかなかったが、眉をひそめた勇者は魔王に問いかける。
「技、だと?」
『……まだ隠す気か? 我は先ほど貴様を殺した。だと言うのになぜ立ち上がれる?』
「ッ!!」
あの白い腕によって一時的に意識を失っていた魔王と勇者。この地で勇者よりも先に目を覚ました魔王は自らにとって害であるいまだ意識のない勇者の心臓に大剣を突き刺し無慈悲にも殺害したのだ。その大剣は地面にも刺さり、言わば貫通したという状況であった。辺りは赤に染まり、魔王の足元にまで広がっていった。一度大剣を引き抜けばまるで潮のように勇者の血が吹きだし溢れだし、飛び散った血は魔王の被る骨を彩っていく。このような状態になれば人間は命を落とす。この世で二度と目を覚ますことはなくなる。
だが、勇者の心臓は再び動き出したのだ。
大剣にこびりついた肉、血はどんどん勇者の体内へと戻っていく。地面を魔王が被る骨を彩っていた血も自らが元いた場所を理解しているかのように離れていく。そして………勇者の身体は再生した。大剣を突き刺されたあとなど消え去っている。まるで先ほどまでの行動が存在していなかったようだった。
「殺した、だと。じゃあ何故私は生きている」
『質問しているのはこちらだ、勇者であるともしてもただの人間である貴様が再生能力など……。まあ、我の前で自身の手の内を隠したがるのは分かるがその様子を見た我を今さら騙そうとしても意味が……』
「………」
魔王が言葉を言い終わる前に勇者は剣を抜き、自身の腕に刃を当てた。そしてそのまま剣を引く。勇者の腕に約5cmほどの切り傷ができ、そこから血がプクリと膨らむようにでてくる。その様子を勇者はじっと見つめる。
『…おい』
突然の勇者の行動が理解できない様子の魔王であった。それに勇者は反応はしなかったが、1分も経たないうちに勇者は切り傷から魔王へと目を向ける。
「貴様の言うことは本当らしいな」
勇者の腕にあった切り傷は消え去っていた。出ていた血も跡形もなく消えている。
『……偽りを吐いたつもりはないがそうであったのならばどうするつもりだったのだ?』
「こんな傷一つ、ないようなものだ。問題なく貴様の首を落とせる」
『……しかし、その様子だと貴様の能力ではないのだな』
首を落とせる、という自分に向けられた殺意のある言葉にため息まじりで答える。偽りを吐いただけで殺されるのは本望ではない。その言葉に勇者は答えなかったが、それを魔王は肯定であると受け取った。
「ここは貴様が造りあげた幻想か?」
勇者は辺りを見回した。周りには木々が生い茂り、多くの生き物たちの息吹きが聞こえる。両者が立っているのはその中に流れる川とともにひっそりと佇む巨木の近くであった。勇者の言葉に魔王はピクリと動き反応する。
『……いや、我の力ではない。我はケイロス国全ての大地を知っていると自負するがこのような場所は見たことがない』
「……確かに私も目にしたことはない。このような巨木があるというのに訪れた町や村でこの土地については聞いたことがない。しかし貴様、随分素直に話すのだな」
『偽りを吐いたところで何になる。それにもし我の力であれば何故我はここにいる?』
「………っ」
あまりにもまともなことを言われたせいか勇者は顔をしかめる。この不安定な状況で考えることができなかったのだろう。
「………貴様は私のような再生能力はついたのか…」
『む、そうだな。試してみるか……』
魔王は大剣で手の甲に傷をつける。
すると先程の勇者のように傷がどんどん癒えていき、最終的には何事もなかったように消えた。
「ふむ、どうやら我にもあるようだな。その再生能力とやらが」
そういって魔王は両手を広げ勇者へとみせる。その手をみた勇者は剣を納めたのだが
「チッ!」
とほとんど声になってる大きな舌打ちをした。
『聞こえとるんだか』
「だからなんだ、貴様を殺すことができないと嘆いているのだぞ私は」
『嘆いているという表現が合わない行為であったが?』
などと話をしているとすぐ近くの草むらから草の揺れる音がした。両者がその方向へと目を向けると緑色で2m以上の巨体である獰猛な魔物・オークが現れた。オークは巨大な鼻を揺らすと両者の存在に気づいたのか、咆哮をあげて近づいてくる。
「グオオォォッ!」
『……こんなときにこざかしい』
そういって魔王は向かってくるオークに手を伸ばすとそこから赤々とした炎の球が出てきた。オークは獰猛であるが動きはとても単純であり、魔王や魔王城までたどり着いた勇者にとって相手にはならない存在である。
『死ね』
その途端魔王の手から炎の球が発射された。大抵の魔物はこれで灰と化す、であるが
ポンッ
炎の球が弾けた、のだ
まるでシャボン玉のように
オークに当たる前に
『……………………………………………は?』
「……………………ん?」
突然の出来事にどちらも驚きを隠せない。魔王があの全ての魔物を従えさせた魔王があんなにもあんなにもよわっちい魔法を繰り出したのだ。しかし今の状況が理解できない両者を無視してつっこんでくるオーク。魔物に空気を読めなどと人間でも高難易度なことを求めているつもりではない。
「グオオオオオ!」
「……っ」
いち早く正気を取り戻した勇者が剣を抜き、オークの懐ふところへとつっこんでいく、が。
「……なっ」
地に足をついた途端勇者は草に足をとられて見事なまでに綺麗に顔から転んだのだ。
『……ふっ…』
あまりにも無様な勇者の姿に魔王は笑ってしまった。そもそも泡のような魔法を出した魔王に誰だって笑われたくないであろう。
「………こいつが終わったあとは貴様だからな……」
起き上がった勇者をみてオークは震え出す。勇者の顔は草や土がついていたがそれ以前にまるで般若のように恐ろしい顔をしていた。
「………フゥゥ」
勇者は一度息を吐くと地面を強く踏み高く跳んだ。空中で勇者は数分間自身の身体の能力を上げる援助魔法・ビルドアップを自身にかける。身体から力が漲る感覚を覚え、オークの脳天めがけて剣を振り下ろす。オークはもっていた棍棒で頭を守っているが、所詮木材でできている。村を出る際に村長から渡された銀色の刀身をもつ剣・原初の白銀の前では無意味なことであるのだが。
手応えはなく、虚しくも原初の白銀はオークの棍棒に刺さっただけであった。能力は上げた、魔王城にくるまでいくつもの魔物を葬ってきた原初の白銀もある、それに勇者自身の実力もあるというのにその結果がこれである。もしや自分も魔王のように惨めな目にあっているというのか、という思考が頭をよぎる。いいやない、それはない絶対にない。
「すまない、白銀!」
愛剣に謝罪したあと勇者は思いっきり刀身にかかとおとしをぶつけた。それを何度も何度も繰り返し、木が割れる音が聞こえたと同時に棍棒は真っ二つに裂かれ、主に何度もかかとおとしをされた原初の白銀がオークの脳天へと一撃を与えた。
「グオオオオアアアアア!!」
血飛沫と叫び声をあげてオークは絶命した。オークの血が散ったせいで美しかった川が少し汚れてしまったが。
「はあ……はあ……」
勇者は着地したあと激しい呼吸をする。このようになったのは久方ぶりである。この程度の魔物を倒すだけで息切れするのは勇者になったばかりの頃だけであったというのに。やはり何かがおかしかった。魔王の魔法も勇者の攻撃も全て先ほどとは違う、まだ半人前にもなれていないような力しか出せなかったのだ。
「……やはり魔王の仕業か、いやそれであれば…」
『我ではないと言ったであろう。話を聞いていたか』
勇者が戦っている間にちゃっかり隠れていた魔王が近付いてくる。勇者は小声で言っていたつもりだったのだが聞こえていたようであった。
「逃げておいて何を言う」
『逃げてはいない、観察していただけだ』
「観察?」
苦し紛れの言い訳のように聞こえた勇者であったが、それに気づいた魔王はいいから聞けと促してきた。
『なぜ我の魔法があのように弱々しかったのか、なぜ貴様ごときがオークごときに苦戦したか』
「なんだ、貴様ごときとは」
『黙って聞け。それで我が考えてやった結果、我々の力は先ほどよりもかなり低下しているということだ。貴様の為に簡単にいえば「馬鹿にしているのか」力を奪われたということだ。つまり我々は……』
「ただの魔王と勇者ではなく、生まれたての魔物のように弱い存在であるということなのだろう?」
『そういうことだ、それに我々は先ほど確かめた通り再生能力を得ている』
「力が奪われ、そして再生能力………ということは……」
勇者と魔王は互いに殺しあうことができない。
「…今の状態からして与えられるダメージなど知れたことだな」
『そういうことだ、皮肉なものだな』
またクツクツと音を出して嗤った魔王はふと思い付く。
『勇者よ、これからどうするつもりだ』
「…この土地がどのような場所かを調べるつもりだが」
『今の貴様は我と同じように力を持たない状態に陥っている。そんな貴様がこれからまともに戦えると思うか?』
「……不可能、ではないがいささか苦労するのが目に見える」
『であれば勇者よ、我が直々に提案してやろう』
「ん?」
魔王は一呼吸おいてその一言を告げる。
『我と同盟を組め、勇者』
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