赫々たる暁界にて鐘を灯す

野良黒 卜斎

夢見る友に救済を

第1話 始まり 始まり

聞こえてくるのは絶望であった。地は枯れ、風には恐怖が纏わりついていた。空は暗い雲に覆われ、光を遮り闇を深まらせている。


豊穣と黄金の国、ケイロス国を半分以上支配している魔王バルゴネス・ヘルヘイム・グリモアロードが住む魔王城が存在しているからだ。誰もが足を踏み入れないであろうその地に勇者は佇んでいた。金にきらめく長い髪が風に吹かれなびき、銀の甲冑は今まで打ち倒してきた魔物の血が散っていた。そしてただ一点だけを見つめる瞳。その視線から感じる殺気だけで敵意があるものを葬ってしまいそうである。


『ようやく来たか、勇者よ』


聴覚だけではない。身体全体に響くその声は死の荒地に広がっていった。しかし勇者はそんなものに怖じ気付く様子もなく瞳から向けられる殺気が膨らんでいくだけであった。


「貴様が魔王バルゴネスか………」


『いかにも』


勇者がこの地にきてはじめて発する声に魔王は返答する。その声には余裕が含まれている。


『わざわざご苦労だな、勇者よ。つまらぬ場所であっただろう』


嘲笑うかのように魔王は言い放つ。この地には彩いろがないのだ。生命の欠片もない。だから人は恐れるのだろう。

勇者は腰に携えた剣を引き抜いた。この光のない荒地に虹色とも純白とも言えぬ輝きを放つ。勇者は輝く剣を横へと振り、空を切る。


「だからこそ貴様を殺す………」


この世を元に戻すため

などとそんなことを叶えるためにこの魔王城へきたわけではない。

あのを守るために勇者はここに立ち、剣を魔王へと向けるのだ。


『この我に剣を向けるか、勇者よ』


魔王はゆっくりと勇者へと手を伸ばす。その手のひらからドク、ドクとどす黒い泥が流れ出した。その泥は鞘へ刃へと形を変える。そしてその泥は淡く怪しく光沢を帯びる大剣へと変貌していった。


『ならば答えてやろうか、愚かな勇者よ』


魔王は剣先を勇者へと向ける。

どちらも剣を握り、互いの殺気をうけていながらもなおその刃は震えることはなかった。

緊迫した空気がその地に流れた。時間にして数分、いや数秒であっただろう。だが、その時間も長く感じられるほど両者どちらも一歩も引くことができぬ状態であった。


互いの命をかけた戦いが始まろうとしていた。


しかしその沈黙は突如として破かれたのだ。


空が裂ける音とともに強風が吹き出す。空には巨大な穴が開き、内側が見える。


「───!!」


『なんだ……!』


いきなりの出来事に両者は驚きを隠せないでいた。どちらかの技であるのかというとそうではない。どちらの力にも匹敵せぬ強大な力であった。巨大なその穴に両者は目を奪われていた。闇が見える。この魔王城とは比べ物にもならない闇。そんな闇の中からそ・れ・はでてきた。


腕である。白く骨の浮き出た腕である。まるで死期を目前とした病人の腕のようだった。その腕は拳を握ったまま現れた。そしてその拳が両者に降りかかろうとしたときにその指は開く。白い腕の掌には一つの目があった。紅玉のような瞳に黒い眼。人間とは違う色彩の目であった。その目は両者を凝視する。

そして……………まるで笑っているかのように目を細めた。その目に目を奪われているとその掌がだんだんと近づいてきているように見える。身体は金縛りにあったようで動けはしない。それは魔王も同じことであった。今まで従えてきた魔物よりもおぞましく恐ろしい存在であった。そして抵抗できなかった両者を腕は噛みつくように握るように包み込んだ。


『やっとであえた、わたしのかわいい……』


その声と同時にグシャリと肉を潰した音が遠くから聞こえ、両者の意識は暗転した。

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