第12話 少し遅めの自己紹介
「寂しくないかとせっかく来てあげたと言うのに酷いね。」
「余計なお世話よっ。」
そんな彼女とは対照的に、二人の天使は楽しそうに笑みを浮かべている。
「そんなこと言わないで。友達でしょ。」
「それなら、友達の意見を尊重してほしいんだけどっ!?というわけで、仕事中は来ないでね。」
次は夜月達が蚊帳の外だ。
目の前で繰り広げられる、一対二の言い争いはなかなか終わらない。
その間、ただ突っ立っている自分たちの状況について考えると、なんのためにここに来たのか分からなくなる。
取り敢えず、一旦出直した方がいいかもしれない。
夜月が扉の方へと向き直ると、隣の男もそれに倣って身体の向きを変える。
「あっ、ちょっと待って。」
それを見たピンク髪の天使は、急いで声を発し呼び止めた。
「フルール、だめよ、敬語使わないと。」
「うっ、うるさいっ。もう、しばらく黙ってて。……すみません。お見苦しいところをお見せしました。それに、待たせてしまった挙句、立たせたままにしてしまって。どうぞ、お座りください。」
フルールと呼ばれた天使は、これまでとは打って変わって落ち着いた雰囲気で話し始めた。
一瞬でここまで印象を変えられるとは。
さすが天使と言うべきなのだろうか。
夜月はそんなことを思いながら、勧められた椅子に腰掛けた。
コホンと1つの咳払いの後に、彼女は話し始める。
「えっと、今更な感じはありますが、相談室に来たご要件は何でしょうか?」
この問いに答えるのは夜月ではない。
隣の彼が勝手に話してくれるだろうと思いただ座っている。
「あっ、その、試練の説明を受けた時に、仲間を作っておけば同じ場所から開始できるって聞いたんですけど、それって本当なんですか?」
案の定、彼はすぐに話し始めた。
「俺ら二人で挑もうってことになって、その話をしたらこの人はそんなこと聞いてないって言うんですよ。それで、俺が合ってるのか心配になってここに来たって訳なんですけど……。」
「聞いてない、ですか?」
目の前の天使は首を傾げる。
「あなた達が入って来た直後の話からすると、彼の案内役は……。」
そして、その首を次は後方の方、シュリエルの方に動かした。
「シュリー?」
「だって、1人でも余裕でクリアしてしまいそうなのよ。教える必要はないと思わないかしら?」
「それでも、言わないといけないでしょうがっ。」
「えっと、それで、俺が聞いたことは正しかったってことでいいんですよね?」
また、長い言い争いでも始めるのかと眉を顰めそうになったが、それは遮られた。
夜月は心の中でその救世主に賞賛を送る。
フルールはまた、ハッとしたように向き直り、問いに答える。
「はい、間違いありません。そこのシュリエルの伝達ミスです。申し訳ございません。本人は反省していないようなので、彼女に代わって謝罪申し上げます。」
シュリエルはと言うと、にこにこと笑みを浮かべたまま何もせずに立っている。
案内役として前に立っていたときは、必要のないところでも謝っていたのに、今回はしないのだな。
これも、仕事中かどうかが関わっているのだろうかと考える。
「ってな訳で、問題解決だなっ。これで一安心。よしっ、明日頑張ろうな。」
返事の代わりに、頭をこくりと小さく動かす。
そして、立ち上がって扉に近づいたとき、また引き止める声がきこえる。
「あっ、ちょっといいかい?」
振り返ると、男の天使がこちらを見て手招きをしている。
夜月たちが近づいたのを確認すると、彼は口を動かし始める。
「いやね、たいしたことではないんだけど……。別々に案内された2組がこうして相間みえている。これも何かの縁だと思ってね。お互いに自己紹介でもしないかい?名前だけでいいから。」
「それは構いませんが……。」
「俺もいいですよ。むしろ大歓迎です。」
「よし、決まりだね。先ずは僕からいこう。と言っても知らないのは君だけかな。」
嬉しそうに、いっそう笑みを深くしてそう言うと、視線を夜月の方に向ける。
「僕はルヒエヤル。君の隣の彼の案内役を務めさせてもらったんだ。はい、次。」
「じゃあ私が行くわ。えっと、知らないのはあなただけね。私はシュリエル。あなたの隣の子の案内役だったの。」
次に名乗ったのはシュリエルだ。
ルヒエヤルが名乗ったときとは逆に、自分が隣の方に視線がむけられている。
「あと、ルヒエとは双子の関係で、私が姉の方なの。さて、お次は誰にする?」
「あっ、じゃあ俺が行きます。俺はげんって言います。漢字はさんずいに原。根源とか源流とかに使われる源です。よし、次どうぞっ。」
隣のこいつは源というのか。
名前を聞いて源の顔を見る。
次どうぞと言ったその視線は明らかに自分の方に向けられていた。
「次、失礼します。俺の名前は夜月です。夜の月と書きます。」
「へー、夜月っていうのか。やっと名前をしれたなっ。」
初めて名前を聞きたような雰囲気を出さないように、あえて反応しなかったというのに、源は自分とは対照的に大きく反応してしまっている。
そんなことしたら……。
「へ?君たち、一緒に試練を受けるところまで話を進めたんだよね?」
「何その初対面みたいなやり取り。」
「まさか、名乗ってなかったっていうの……。」
案の定、天使一同は頭にはてなを浮かべている。
「そのまさかです。名乗るという手順を抜かして話を進めてました。」
「生前に縁があった者同士だからこその会話ね。」
フルールは動揺のせいか、先程から口調が元に戻っている。
「そういうこともあるんだね。まぁ、取り敢えず最後の自己紹介もやってもらおうか。ほらっ。」
「フルールと言います。先の二人とはよく一緒にいる感じですね。その、友達ってやつです。」
後半は頬を赤らめながら口を動かしていたが、しっかりと友達と言っていた。
それを聞いて、少し羨ましいと感じたのは気のせいだろうか。
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