第11話 かくれんぼの末に

「陰尚、陰尚兄。……」

夜月は男の顔をまっすぐ見た。

「今、陰尚って言った?」

目の前の彼が首を縦に振る。

「やっぱり人違いでは無さそうだな。」

陰尚。

その名前を耳にしたのは久しぶりだった。

彼のことを知っている人に会うことはほとんどなかったし、会っても一言二言のみ言葉を交わす程度で、義兄の話をすることはなかった。

夜月自身もその名を口にすることはなかったので、本当に長らく聞いていない。

他人に彼の話題を出すときは、師匠と呼ぶようにしていた。

その師匠も、自分の名前を明かすようなことは余りしないような人だったと記憶している。

その名前を知っているとすると、目の前のこの男が何者なのか絞れてくる。

「お前は、殺し屋の里の人間か?」

「ああ、そうだっ。俺はあんたに自由をもらった一人だよ。」

「ここにいるってことは、お前も死んだってこと……だよな?」

複雑な笑顔に変わったその頭が縦に揺れる。

自分が彼らの面倒を見る必要はない。

会ったことがない者にかける情などたいしたものであるはずがない。

それに、ただのお節介だろう。

しかし、どうでも良かったわけではないのだ。

どうでも良いはずがない。

お世話になった義兄が救いたかった者たちなのだから。

まさか、解放されてすぐに死と直面するとは思わなかった。

それなら、お節介でも暫くは行動を共にするべきだった。

「俺には、お前たちを解放した責任があったのに……。ごめん。」

「えっ?ちょっ!謝らないでくれよ。あんたは逆に感謝されるべきなんだ。俺は、あんたに恩を返したいからここにいるんだぜ。」

罰が悪そうに視線を下げた夜月に、男は慌てて言葉を発する。

「里にいる間は安全だったはずだ。つまり、俺が外に出したせいで死んだことになる。返される恩はない。それに、自由をくれたことに感謝しているなら、その気持ちを向ける相手は陰尚兄だ。」

「あんたが助けてくれたのは事実だろ。」

「ほとんどの功績は陰尚兄のもの。俺が稼いだ量なんてそれと比べればちゃちなものだ。」

静かな落ち着いた声と感情のこもった快活な声。

対照的な二つが交互に発せられる。

「それでも、あんたがいなかったら、俺らはまだあの里で蹲っていた。死んだのは俺だけだ。今も、生きている俺の仲間は、あんたのおかげで自由を謳歌できてる。まぁ、俺は死んじまったけど、こうして世界を見れるチャンスが与えられてるんだ。」

「それなら、自分の自由のために試練に挑め。」

「ああ、あんたと二人で自由を得ることを目標に頑張るつもりだ。」

「だから、俺のことは気にするな。」

「あんたに恩返ししようとするのも俺の自由だろ?てなわけで、試練中は一緒に行動しないか?」

何度言っても考えを変えようとしない彼にを見て、夜月はため息をつく。

しかし、共に行動するという意見には賛成だ。

また、放ったらかしにしておいて、知らないところで脱落させてしまったら、さらに義兄に合わせる顔がなくなってしまう。

「勝手にどうぞ。」

賛成の意を示すと、恩を返されることを受け入れたようになってしまいそうであったため、素っ気なく返事をする。

「ああ、よろしくな!」

ここで1つ問題がある。

「一緒に行動するのはいいとして、試練での合流はどうする。」

確か、天使は受験者は各地に散らばると言っていた。

それなら、離れた状態で始めることになるということだろうと夜月は考えた。

しかし、向かい合った相手が目を丸くして首を傾けているのを見て、こちらも首を傾げる。

「ん?説明されなかったのか?詳しいことは試練開始前に説明されるらしいけど、開始地点を同じにすることはできるらしいぞ。仲間を作っておくといいって言われたぜ。」

……聞いてない。

そんな話聞いてない。

初耳の情報に頭を抱える。

「それは、間違いないのか?」

「少なくとも、俺の聞き間違いではないぜ。気になるなら、直接聞きに行くのがいいんじゃないか。相談室ってところに行ってみようぜ。」

そう言って、目の前の男はこちらの返事も聞かないまま歩き出していた。

恐ろしいまでの行動力だと思いながら、その後に続くことにした。


◇       ◇      ◇


相談室の場所は、初日、案内されているときに丁寧に教えてもらったためすんなり来ることができた。

レンガの壁に埋め込まれた両開きの扉。

トントントン。

「はい。どうぞお入りください。」

それを軽く叩くと、幼い少女のような声が入室を促してきた。

扉を押し開けて、中へと足を踏み入れる。

そこには、3人の天使がいた。

カウンターに向かって腰掛けている、ピンク髪を上の方で結っているツインテールが特徴の天使。

その後ろに立っているのは、翠髪の男女二人組で、そのどちらにも見覚えがあった。

「あれ、また会ったね。元気にやってる?」

長い髪を後ろでまとめた天使は夜月の方をみて微笑んだ。

「はい。大変快適な環境をありがとうございます。」

「君もさっきぶりだね。」

もう一人の短髪の天使は隣の男の方をみている。

図書館に向かおうとしたときに見かけた天使だ。

「無事、彼には会えたみたいだね。」

「はい、教えてくれてありがとうございました。」

「ルヒエに話した情報がこんなふうに活用されるとは思わなかったわ。」

話しているのを聞いて、夜月は少々疑問が浮かんだ。

それはどうやら、彼も同じようだ。

「あの、というかさっきと話し方違いません?」

「うん、まあ、今は仕事中じゃないからね。」

「仕事中は大体敬語を使うのが天使の常識なの。今は自由時間だから本来の口調にしているだけよ。」

「仕事中じゃないからって人の邪魔しないでよっ!」

先ほどから蚊帳の外になっていたもう一人の天使に視線が集まる。

彼女は僅かに頬を膨らませて不機嫌そうな顔を浮かべていた。

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