第10話 試練前日のかくれんぼ
「あなたは生きることを望みますか?そして、望むのならそれは何故ですか。」
「俺は、生きていきたい。恩返しをしたいから。」
「それは、誰に?」
「俺と仲間に、未来をくれた人に。俺は、自由を得て直ぐに死んでしまったけど、仲間は生きてる。恩返しをするには十分の理由だと思う。」
「試練を受けた後で後悔はしないで欲しいので言っておきますが、あなたの言うその人も既に亡き者になっていますよ。そして、試練も受ける予定です。現世でまた会えるかは分かりませんよ。」
「それは、むしろ好都合だ。試練でも恩返しができるかもしれないってことだろ。」
「それが理由の全てですか?」
「俺は、結局、外を見ることは出来なかった。だから、世界を見たいっていう理由もあります。だから、俺に試練を受ける権利をくれませんか?」
◇ ◇ ◇
あれから8時間が経過した。
時計のようなものは、残り1日をきっていると告げている。
その間、ベッドに寝転がったり、立ってみたりしながら、ずっと本を読んでいた。
1度部屋に戻ったのは、睡魔が襲って来た時のためだったのだが、一向に眠くなる気配がない。
どうやらこの身体は、寝るということも知らないようだ。
これは、試練中の生活は、思っていたよりもさらに楽になりそうだ。
部屋へと持ち帰った本の全てを読み切ったわけではないのだが、そろそろ別のことをしたい。
それに、本を返す必要があるのだ。
忘れないように早めに動いた方がいいだろう。
それにしても早すぎる感は否めないが。
残りの時間は、また、施設巡りでもしよう。
フラワーガーデンにはもう一度立ち寄りたい。
夜月は、今、閉じた本を抱えてベッドに座っている。
思い立ったが吉日。
部屋の外に出掛けるために、立ち上がり、本をまとめる。
廊下に出ると、そこにいる人たちが皆1箇所を見ていた。
その視線の先を見ると、天使とそれに倣って歩いている人がいた。
所々に黄色が目立つ橙色の髪を持っている男だ。
自分が部屋に案内されるときも沢山の人に注目されたことを思いだす。
それは、夜月にとってはあまり気持ちのよいものではなかった。
彼もそう思っているかもしれない。
自分の進行方向に向き直るために頭を動かそうとしたとき。
彼の垂れ目の中にはめられた、鮮やかなオレンジの瞳と目が合った。
その瞬間、その顔が笑みを浮かべたように見えたのは気のせいだろうか。
もう、自分の頭は進む方を向いている。
夜月は、振り返らずに足を動かして、図書館を目指した。
本を返すのは少しだけ後にして、もうしばらく読書にいそしむことにした。
適当に着席して文字を目で追うこと1時間。
もともと長居する予定はなかったので、次こそ本を返すために行動を始める。
ここでは、本の返却時は借りた本人がもとあった場所へと戻さなければならないようだ。
夜月は机、椅子が密集しているスペースから離れて、本棚に囲まれた通路を歩く。
そして、昨日の記憶をもとに、本を戻していく。
最後の1冊も返却し終えて、図書館を後にしようと出入口の方を向く。
その時、丁度、一人の男が入ってきた。
橙の髪と瞳をもつ、先ほど天使と歩いていた人物だった。
男は、首を左右に動かして辺りを見回している。
まるで、何か、もしくは誰かを探しているように。
ヘラクレースだったか、この場所に来てすぐの者に知り合いがいるとは考えにくい。
あの後の1時間の間に仲良くなった者がいたとしても、探す必要はないだろう。
夜月は、その男と目が合ったことを思い出していた。
「まさか、そんなことはないだろう。」
ぼそりとそう呟きながらも本棚の陰に隠れる。
廊下で見かけたとき、夜月は何冊もの本を抱えていた。
夜月を探しているのだとしたら、図書館に来た理由に説明がつくのだ。
その場合、見つかると面倒くさいことになりそうだ。
幸いにも、今いる場所は出入口からは比較的に遠いところであった。
男の姿を視界におさめたまま、相手からは死角になるような場所を通って移動する。
出入口まで残り数歩。
しかし、その間には視線を遮ることができるような障害物がなかった。
まだ自分が標的だと決まったわけではないのだ。
標的にはされていないこと、又は見られないことを願って図書館の外に出た。
自然と早足になっている。
心を一度落ち着かせる必要がありそうだ。
最後に立ち寄る予定だったのだが、それを前倒しにしてフラワーガーデンに行くことにした。
少しずつ冷静な思考が戻ってくる。
自意識過剰にも、自分を探していることを前提に動いてしまっていたが、そんなことあるのだろうか。
逃げてきた相手は、夜月には見覚えのない顔だったのだ。
考えれば考えるほど早とちりのように思えてしまう。
とりあえず、またこの花々に覆われた庭を一周しよう。
次は、昨日来たときよりもじっくりと見ることにした。
説明書きまで隅々と。
そっちの方に集中していて、図書館でのことなんて今は頭から抜けている。
しかし、忘れたころに物事に動きがあるというのはよくあることである。
「あんたは、花に興味があるのか?」
後ろから声がかかる。
振り返ったそこに立っていたのは、まぁ、言わなくても分かるだろう、例の目が合った男だ。
「やっと、話せるな。」
にっと笑って男は言う。
本当に自分を探していたのかと、自意識過剰なわけではなかったのかと思いながら、小さく溜息を吐く。
つい先ほどまでは頭の中に浮かんでいた考えだ。
驚きはしない。
目を見張るのはむしろ次の言葉だった。
「なあ、あんた、兄貴……陰尚って名前に聞き覚えあるだろ?」
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