第7話 意志に委ねられた結果

審査には理由は不可欠なのだろうか。

シュリエルが試練を望むなら生きたいのは何故かを聞いていたのを思い出す。

何か、言っておいた方がいいかもしてない。

暫く考えてから、口を開く。

「ただ、審査のために何か理由を言わなければならないなら、解放された師匠の友人たちを遠くからでも見守りたいからと答えます。俺は、この三年間は、彼らを自由にしてあげたいという師匠の願いを引き継ぐために費やしてきました。そして、その師匠は、解放することができたら、自分が面倒を見る気でいました。俺は、なるべく師匠のやりたかったこと、できなかったことを代わりに成し遂げたい。俺は、彼らと面識があるわけではなく、面倒を見るというところまでははばかられます。だから、せめて見守りたいです。」

ここまで言って、夜月は目線を下げて、さらに言葉を紡ぐ。

「……こんなことを言ってはいますが、先ほども言った通り、俺には消えたくない理由が合いません。だから、それは俺の中であまり重要なことではないんです。」

さっきから、生きたい理由がないということについて語って、自分は本当に試練を受けたいと思っているのか。

こんなんで、審査に受かることができるのだろうか。

夜月はそんな自分に呆れる。

「理由がないのに必要のない危険に身をさらそうとするのですか?」

話が続く間ずっと沈黙していた目の前の天使は、その口から言葉を漏らす。

「戦い続けるために生きることは、ちょっとやそっとの覚悟で耐えられることではありませんよ。実際、過去に耐えられなくなって、自分がこの道を選んだことを後悔しながら死んでいった者もいます。一人や二人ではありません。あなたは、後悔できないよりはましなのだと言いましたが、後悔したときも本当にそう思えるのでしょうか?」

その顔は心配そうなものであり、まるでもっと考えてほしいと訴えかけているようだった。

「あなたが今求めている道は、非常に過酷で苦しいものです。」

どうして、こんなにも考えを変えさせようとしているのだろう。

理由がない自分には通過を許可できないから、審査の結果に悲しむことがないようにするためだろうか。

「忠告ありがとうございます。でも、あなたがどんな結果を俺に言い渡すのだとしても、俺の中ではもう心は決まっていますので……。」

それでも、夜月の選択は変わらない。

「それに、その苦しみは俺に課せられて当然のことだと思います。俺は、……殺し屋としてこれまで多くの人の未来を狂わせてきました。その責任から逃れて、次の人生を進むわけにはいきません。これは、俺が生きたいというよりも、生きなければならない理由です。だから、俺は試練に挑む意思を変えるつもりはありません。」

きっぱりと自分の意思を主張されたシュリエルは一つ息を吐く。

そして、まっすぐ夜月の方を見て口を開く。

「分かりました……。あなたの第二審査の通過を認めます。」

認められた?

理由がないと言った自分が?

頑なに自分の主張は変えなかったが、理由がないと宣言している時点で、落とされると思っていた。

その驚きを隠せず、先ほどよりも瞼が上がっているのを見てか、シュリエルは微笑を浮かべながら説明してくれた。

「第二審査は、よっぽどのことがない限りは、本人が望めば通過させることになっているのです。理由を聞くのは、真剣にこの先について考えてもらうためですね。……いつもはしつこく考えを改めさせようとは思わないのですが、あなたは試練を簡単に突破してしまいそうだと思ったので……。」

試練を簡単に進めることができる者にとっては、この審査が自分を止める最後の機会になる。

夜月は、先ほどまでのシュリエルの説得させるような言動に合点がいった。

彼女は心配してくれていたのだろう。

その優しさに触れ、僅かに笑みが溢れる。

「後からまた詳しく説明しますが、簡単にだけ内容をお話しますと、試練は魔獣に似せた獣が放たれたところで生き延びるというものです。……あの、その、これも謝るべきことなのですが、私たちは案内する第一審査の通過者の記憶を、断片的にではありますが覗いているのです。」

発した言葉の最後の方は、本当に僅かではあるが、声が小さくなっていた。

「構いません。そんな機会を与えるのに、得体のしれない者を選ぶわけにはいかないでしょうから。仕方ないです。」

逆に過去を調べないまま審査をしている方がおかしい。

自分のことを知られたうえである方がこちらとしても安心できると夜月は思う。

「それで、過去を覗いてあなたが毎日のように魔獣と対峙していることを知りました。数は少なかったとしても、それが日常と化していたのでしたら、試練の突破は簡単であると思いました。ですから、少々お節介をしてしまいました。申し訳ございません。……誤ってばかりですね。」

謝る必要はどこにもない。

彼女はやるべきことをやって、そして他人のことを考えて行動してくれただけなのだから。

しかし、夜月は、思っていてもそれを口に出すことはなかった。

「さて、第二審査も終わったことですし、移動しましょうか。」

シュリエルはそう言って立ち上がる。

そして、ある場所を指差すと、その人差し指の向く先、何もなかった場所に光り輝くゲートが現われる。

「ここはまだ、ヘラクレースの入り口にすぎません。あのゲートの先が本格的なヘラクレースの中です。」

そのゲートの前へと向かっていくのに倣って、夜月も椅子から降りて歩みを進める。

「ついてきてくださいね。」

そう言ってシュリエルは光の中に足を踏み入れていく。

そして、また、夜月もそこに体を差し出した。

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