第6話 夜月の選択

これは、3年前、まだ殺し屋を始める前の記憶。


このころ、木々に囲まれた小さな家に、夜(や)月(づき)は陰(かげ)尚(なお)という人物とともに住んでいた。

10以上も歳が離れていたが、陰尚は、夜月にとって兄のような存在だった。

また、陰尚も夜月を弟のように可愛がっていた。

彼は出会う前から殺し屋として生きており、そんな彼と過ごしていれば、殺し屋の知識も自然と身についていくものだ。

そのため、後の夜月は師匠のようにも思っていた。


陰尚は、代々殺し屋を生業としている一族の里で生まれた。

そこでは、半ば強制的に殺し屋となるための教育を受けることになる。

普通、それが当たり前の世界では、人を殺す仕事に疑問を持つことはないだろう。

しかし、やはり例外はある。

当時15そこらの陰尚は、この里の方針は間違っていると感じ、殺し屋となることを拒み始めた。

陰尚は、何人かの年下の子供たちの面倒をよく見ていた。

その子供たちは、接する機会が多いが故に、陰尚の殺し屋という職に対する態度に感化されて、その職に就くことを嫌がり始めた。

里の大人たちは、1人のみがそのような動きを見せているうちは何もしなかった。

しかし、他にもそう考える者が出てからは、その動きが広がっていくことを恐れ、元凶である陰尚を里から追い出すことにした。

良心的にも、里の大人たちはある程度の食料と貨幣を持たせ、住む場所も用意してくれた。そのため、追い出されてからしばらくは生活の心配をする必要はなかった。

殺し屋になることを強制されることもなくなった。


それなのに、結局は殺し屋として活動を始めることになったのだが、それは例の仲良くしていた子供たちを解放してもらうためだ。

自由を手に入れた陰尚は、自分が影響を与えてしまったせいで、仲の良かった子供たちに里で苦しませていることに罪悪感に苛まれていた。

どうにか、その仲間たちを解放してくれないかと交渉に望むと、要求されたのは莫大なお金だった。

それでもお金を集めようとしたが、殺し屋以外に稼ぐ方法を陰尚は知らない。

そういうわけで、陰尚はやりたくもない人殺しを生業として、お金を集めることになった。


夜月と暮らし始めてすぐに、陰尚は、自分の過去を隠さずに教えてくれた。

そのうえで、稼いだお金のほとんどは里の者に渡すため、あまり贅沢はさせられないと言い、謝ってきた。

そんなことをする必要はないのに。

お邪魔しているのは自分の方なのだから。


陰尚が依頼をこなしているとき以外は、基本二人はともに行動していた。

お互いに1人にさせて何かあったら、と心配であったのである。

買い出しも二人並んで人里に行くのが習慣となっていたのだが、その日は雨風が強く、陰尚が一人で行くことになった。

もちろん、夜月は自分も行くと何度も主張したが、最後には、うまく丸め込まれてしまった。

人里にいくにはかなりの距離を移動しなければならないため、往復して帰ってくるにはそれなりの時間がかかる。

「陰尚兄、さすがに遅いな。」

それにしても遅すぎるのだ。

陰尚は朝早くに出発したのだが、それならば、日が沈む前には帰っていていいはずだ。

この日は、太陽は顔を出していなかったのだが。

天候の関係で遅くなっているのかもしれないと、日の入りの時間帯に考えていたが、それから3時間が経過しようとしている。

まだ、降り止まない雨が、扉をノックする。

胸騒ぎが止まらない。

流石に居ても立っても居られなくなった夜月は、外へと飛び出し、扉を叩いたその客人を気にすることなく、駆け抜ける。

陰尚が通るだろう道に沿って走っていく。

血の臭い(におい)が鼻につく。

嫌な予感がさらに強くなる。

その臭いを頼りにさらに進んでいくと、虎のような形をした何匹もの黒い獣が群がっている場所を見つけた。

それは、魔獣の一種だ。

獣たちは頭を下げ、口元を地面に向けるような体勢で1か所に集まっている。


まさかっ!


黒の得物を取り出した夜月は、一気に近づき、その獣たちを一掃した。

そして、その転がった死体に囲まれていたのは、肉のほとんどが抉り取られた義兄だった。

「陰尚兄……。陰尚兄!」

夜月はその亡骸を自分の方に寄せながら、名前を呼んだ。

叫ぶその声には、夜月にしては珍しく感情が強くこもっていた。

周りに転がる者どもの、その口元には血がぐちゃりとついている。

夜月が倒した獣以外にも、冷たくなっている獣があちこちに転がっている。

おそらく、陰尚が戦った跡だろう。

頬を伝っているのは雨なのか、それとも涙なのか。

陰尚は10年以上の歳月を、殺し屋として、自分に賛同してくれた者たちを救うために費やしてきた。

それなのに、まだ、目的を達する前に彼の人生は終わってしまった。

この10年は何だったのか。

それでは、陰尚は報われない。

降り頻る雨の中、夜月は決心した。

自分が、その続きをしようと。






それが、夜月の殺し屋としての生活の始まりだった。

死んでしまったが、それは、例の彼らが解放されてからだ。

目的は果たし終えている今、生きたい理由を聞かれても答えられない。

それでも……

「正直に言うと、俺は、生きて、やりたいと思っていることはありません。だけど、何故かここで終わりたくないと思うんです。」

夜月は、シュリエルの方をまっすぐ見て言葉を紡ぐ。

「確かに、終わらない戦いに身を投じるのは苦しいことだと思います。試練を突破することができて、現世に戻ったとして、そのあとで、試練を受ける選択をしたことを後悔するかもしれません。それでも、後悔できるだけましだと思っています。ここで終わってしまったら、それすらもできないので。」

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