第5話 通過者の権利
「私の口から説明する前に、あなたに一つお聞きします。あなたはここがどのようなところだと思いますか?」
夜月は、自分自身が消えてしまうような感覚を今一度思い出し、口を開いた。
「俺は、おそらく死んだのだと思います。だから、ここは死んだ先に行き着く場所。そう考えています。」
少々安直な考えであるように思うが、他に思いつかないのだから仕方がない。
「……そうですか。あなたは死を自覚しているのですね。……少し長い話になりますので、座って話しましょうか。」
シュリエルはそう言って左を向く。
その視線の先には、一台の机と2脚の椅子が設置されている。
先ほどこの空間を見まわした時にはなかったように感じた夜月はだが、特に疑問には思っていない。
不思議が溢れる世界では驚くほどのことではないのだ。
案内役の天使はその席の方に羽を使わずに向かっていく。
一歩進む度に、後ろで一つにまとめた腰に届く髪が左右に揺れる。
夜月もその方に向かって歩みを進める。
その度に、髪も彼女に倣っているように、ゆらゆらと揺れている。
椅子へと腰掛け、再度辺りを見回す。
見渡す限り真っ白な空間だ。
それは先ほどから分かっていた。
しかし、彼には今気づいたことがあった。
それは、壁がないということだ。
四方八方、どこを見ても永遠と先がある。
自分はずっと冷静であったと思っていたが、状況の分からないこの現状に動揺してしまっていたようだ。
他にも見落としがないか、もう一度確認をする。
……。
夜月は一度深呼吸をして、前に向き直った。
こちらを向いたのを確認して、シュリエルは話し始める。
「まず、始めに一つ言っておきますと、あなたが考えている通り、あなたはすでに死んでいます。」
自分が呼吸をしていないこと、それから、心臓の鼓動が感じられないこと。それはその発言の直前に気づいたことだが、二つの現象が、自分の考えと告げられた真実を実感させる。
「生きとし生けるものは皆、魂を宿しています。そして、それは死んだときに肉体から分離します。つまり、あなたは今、魂だけの状態なのです。魂は、記憶します。経験した出来事や出会った者の名前だけではなく、魂の宿る体に関しても。魂だけの状態のあなたに実態があるのは、魂が記憶をもとに、生前の姿を保とうとしているからです。ただ、魂だけでは外側までが限界なので、心臓などの構造までは再現できませんが。」
魂が記憶している姿を保っている。
夜月は、自分の姿を改めて確認する。
着ている服は、見覚えのない白いものだが、衣服とは対照的に真っ黒な髪、手足の長さ、あらゆるものがなじみのある自分の者だ。
自分では見えないが、顔も生前と同じなのだろう。
「通常死んだ者の魂は、死後の世界へと辿り着き、新しい自分として次の生を受けるための準備に入ります。しかし、例外があります。魂が死後の世界に辿り着くための通り道のようなものの途中には、もう一つ別の空間があります。その空間も体を離れた魂の行き着く先ではありますが、先ほど言った死後の世界とはまた区別されます。その場所を試練の間(ま)、ヘラクレースと言います。」
「……ヘラクレース?……試練?」
「あっ、ヘラクレースの間といっても12個も試練があるわけではありませんので。」
聞いたことのない単語が聞こえたことと、試練とは何のためのものなのかということに疑問を感じて呟いたのだが、どうやら勘違いしたらしい。
彼女はまた、よく分からないことを言い出したので、夜月はさらに首を傾げる。
その様子に気づいたからなのか、彼女は顔を赤らめてこう言った。
「ヘラクレス様のことをご存知なわけではではなかったのですね。あの、その、今のは忘れていただけませんか?」
暫(しばら)く、目を伏せ黙り込んでいたが、すぐにまた、真っ直ぐ前を向いて話を始める。
「失礼しました。話を再開します。……特定の基準を満たした魂だけが、本来進むはずの道をそれて、ヘラクレースへと辿り着くことができます。私たちは、ここに辿り着けるかどうかのことを第一審査、そして、ヘラクレースに辿り着いた魂を通過者と呼んだりします。……えっと、ここまでの話についてこれているでしょうか?」
夜月は首を縦に振り、理解していることを伝える。
「それでは、このまま話を続けさせていただきます。……通過者のうち、望む者には試練に挑んでもらうことになります。その前に、もう一つ審査は受けていただきますが……。そして、その試練を突破した者は、今の記憶を持ったまま転生することができます。あなたたちから見たら、生き返るみたいなものかもしれませんね。」
生き返らせる。
それは、突拍子もないことだ。
そんなことを、何の意味もなくするわけがない。
夜月はそう思った。
その予想通り、シュリエルは生き返るための試練に通過する以外の条件を提示してきた。
「ただし、その資格を得て、生を得たものには戦い続けるという使命が与えられます。主に人の住む世界を跋扈する魔物たちですね。……戦うことができるように、転生する際にある程度の力は与えられますが、それでも、過酷なものになるでしょう。死ぬときは死にます。終わりの見えない戦いに身を投じ、仲間も倒れていく中で、心が壊れそうになるかもしれません。」
このことを話すとき、彼女はそれまでずっと顔に貼り付けていた笑みが崩れていた。
ここでシュリエルは一度話を区切る。
そして、表情を険しいものに変え、また口を開いた。
「ここからは第二の審査です。私は、その審査官としてあなたに問います。あなたはどうしたいですか?試練に受けることを選択するのでしたら、この先、使命を背負ってまで生きたいと思うその理由をあなたの口で説明してください。……試練を受けないことを選択しても罰はありません。本来進むはずだった道に戻るだけです。」
シュリエルは、また少しの間をおいて、今まで穏やかだった口調をさらに柔らかくして言う。
「……時間はあります。どうしたいのかをじっくり考えてみてください。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます