第3話 まだ始まらない物語 3
「おっ、夜(や)月(づき)。依頼完遂お疲れ様。」
窓から入ってきたローブの人物を、部屋にいた男は笑顔で迎え入れる。
「こんばんは、コウキ。そっちもお疲れ様。」
コウキと呼ばれた男は、肩に届くぐらいの茶髪を後ろで結んでいる。
碧眼で、歳は10代後半くらいだろうか。
「とりあえず、そこに座れよ。」
部屋の中央には机を挟んで向き合う2台のソファー。
書斎机に向かっていたコウキは、立ち上がってソファーに座りなおしながら、夜月にもう片方に座るよう示した。
促されるままに、夜月はフードをとって向かい側に腰掛ける。
膝の位置まで届きそうな長い黒髪がはらりとこぼれ落ちた。
露わになったその顔立ちは、なりや声から想像するであろうものを裏切らない幼いものだ。
「それで?今回の依頼を終えての感想は?」
「最後の任務にふさわしいものだったと感じてる。」
「おっ、それはよかったな!」
そう言って、コウキはさらに満面に喜色を湛える。
「ただ…、依頼人たちは面白いやつらだったな。」
夜月はあきれたような表情を顔に貼り付けて続ける。
「次の領主の役は自分たちの誰かがやるしかない、と考えていたらしい。報酬も残った領主の財産から出そうとしていたようだった。依頼の詳細を確認した日に、高額提示して即答したあたりから何かあるだろうとは思っていたけど。」
「あー、ラデランみたいな辺鄙(へんぴ)な場所は情報が外に伝わり難くて、対処が遅れがちだからなー。それに、その領主は外交などの手続きを手紙だけでやり取りをしていたらしいから、やろうと思えば隠し通せるしなー。んで?お前はどうしたんだ。」
「さすがに、貴族の死は国に報告するって言ってやった。」
だから、あの屋敷は手に入らない。
依頼した以上、報酬はお前たちで用意しろよ。
「はははは。そいつらの絶望する顔が目に浮かぶな。俺は顔も知らない奴らなんだけどな。」
夜月、コウキ両方ともしてやったりという表情を浮かべて笑い合う。
「でも、まあ、不当に徴収されていたのは本当みたいだから負けてあげたけど。」
「ほーう、優しいな、殺し屋のくせして。」
コウキは皮肉っぽくそう言った。
「目標金額は、達成できそうだったから……。」
夜月は次は静かに、しかし嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そうか……。お前はそれが目的だもんな……。」
相手を見つめるそのまなざしは、とても優しいものだった。
「もうその金は渡したんだったよな?例の彼らは解放してもらえそうか?」
「俺の師匠は、奴らは約束は破らないって言っていた。だから、多分、大丈夫。」
表情は変わらない。
どうやら、解放されるかどうかはあまり心配していないようだ。
「よし、じゃあゲームでもしようぜ!」
急にそう言って立ち上がったコウキは、書斎机に散らばっていたトランプをかき集めて再び元の席に着く。
「とりあえず、ババ抜きでもするか!」
一枚のカードを抜いて、カードをシャッフルし二つに分けていく。
「前々から言ってるけど、二人でやるならジョーカーと1ペア分の三枚だけでやればいいんじゃないか?そっちの方が時短になる。」
「いやいや、すぐに終わったらつまんないだろ?やっぱり始めからやらないとなー。」
やり方に関する提案は、すぐに突っぱねられたが、夜月は予想していたのか、特にそのあと反応せずに、カードが配られ終わるのを待っていた。
手札のカードから二枚ずつカードが減っていき、痩せたカードの束を広げて構える。
「今日はギリギリまで付き合ってもらうからな!殺し屋としての仕事は終わった。お前は用事がないと俺のところに来ないから、次いつまた、こうやってゲームできるかわからないんだからな。」
お互いに相手のカードを取るたびにほとんど毎回手札が減っていく。
「……わかった。……それより、本当に終わったんだな。始めはこんな方法で依頼を集めることになるとは思ってなかった。」
その依頼方法とは、内容を用紙にしたためてどこか屋外に隠すというものだ。
「まあ、それは俺ぐらいしかできない方法で回収してたしな。もし、俺が協力してなかったら先に他の人に拾われて、結局依頼は集まらないだろうな。ほいっ!」
手札の残りは、2人合わせて3枚。
今はコウキの手番だったが、はずれを引いたようで残念そうな顔で後ろ手に2枚のカードをシャッフルする。
「だけど、依頼の仕方が簡単だからか、依頼しようとする人は多い。だから、回収さえしっかりできれば、どれを受けるか選べるのは俺としてはすごく助かった。」
「ただ、依頼するときに名前も記す必要があったならこうはいかなかっただろうな。まあ、そこは、夜月が転力印を使って書いた奴の居場所を特定できたからどうにかなったが。」
同じカードが何度も2人の手札を交互に行き来している。
「改めて考えてみると、コウキの出してくれた案は本当に俺たちに合ったものだったんだな。……カードを放せ。」
夜月が手をかけたカードは取られたくないというように強く握られていた。
金色の目にじっと見つめられてコウキはようやく手を放す。
手元に残ったジョーカーのカードを見て、彼は悔しそうにこう言った。
「もう、一回だ!」
「あっ、負けた。」
時は数刻後。
机の上で繰り広げられるチェスでの戦いは、夜月にとってはもう積みの盤面だった。
「これで同点だな。よしっ、もう一回やって決着をつけるか!と言いたいところだが……。」
「うん、もうそろそろ行かないと夜が明ける。」
世界を取り巻く夜空の一部が、明るくなってきている。
2人の会合は他の者には秘密であり、夜月はまた窓からこっそり帰る必要があるので、明るくなると都合が悪いのだ。
窓から出ていく黒づくめの人物なんてただの不審者だ。
帰るため、見送るため、それぞれの理由で2人は窓向かって歩いていく。
「今まで、ありがとう。本当に助かった。殺し屋をやり切れたのはコウキのおかげだと思ってる。」
「まったく、水くさいなあ。それにこっちだって助かってたんだ。対等な関係だよ。それに、最後みたいな言い方するな。チェスの決着つけないとだろ?」
「わかった。いつになるか分からないけど、また来っ」
その時、急に首筋に痛みがはしる。
「おいっ、夜月!しっかりしろ。」
崩れ落ちた身体(からだ)。
その首元には一本の矢が深々と突き刺さっている。
前が見えない。
寒い。
寒い。
さむい。
さむい?
もう何も感じない。
自分の意識も遠のいていく。
まるで自分自身が消えていくような。
部屋に1人残されたコウキは、夜月の亡骸を抱えてうずくまっていた。
「すまんな。然るべき方法で弔ってやるのは難しそうだ。
……ここでお前を終わらせたくはないな。」
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