第2話 まだ始まらない物語 2

幾度となく考える。

これは最適解だったのか?

自分がやっていることが正しいことだとは思っていない。

間違っていても、これで家族を守ることはできるはずだ。


広い屋敷には家族ふたり。

静まり返った建物内の二階のとある一室だけが、淡く光を放っている。

室内にはソファーに腰かけている男一人。

彼の名はユーゴ・ラ・オリヴィエ。

ラデランの領主であるが、その地位しては若く、20にいくかどうかくらいの年齢に見える。

金髪のショートヘアーにエメラルド色の瞳。

どこか優し気で親しみ易そうな雰囲気を漂わせているが、それでいて平民たちから不当に税を徴収しているというのだから驚きだ。


自分のやっていることは、処罰の対象になりうることだ。

もし、そうなってしまったら、妹はその先どう生きていかなければいけないのだろうか。

「いや、あの時政府は動かなかったんだ。それなのに、今回は動くなんて、あるわけがない。」

ここまではいつも通り。いつも通り自分に言い聞かせて、終わりなはずだった。

「確かに、政府は動かないかもしれない。だけど、報酬次第で動く殺し屋なら?」

突如響き渡った声に、ユーゴは驚き顔を上げる。

キョロキョロと辺りを見回して、その視界に映ったのは、バルコニーに立っている黒ずくめの小さな人影だった。

声と姿から子供だろうかと思うが、そんなことは関係ない。

静かなこの場所で、気付かれずに侵入したのだから、ただ者ではない。

さらに、先ほどの言動から、この人物は殺し屋であると予想できる。

気を引き締めて対処しなければならない。

ユーゴは懐探り何かをとりだす。不審な影に見えないように手の甲で隠し、握り締めているものは手のひらサイズの宝石だ。

影は、もともと開いていたバールコニーへとつながる窓を通って室内へと足を踏み入れる。


もっと近づいてからだ。


また一歩近づいてくる。


もっと近くに。


次に、黒い影は、態勢を低くし、地面を蹴って勢いよく近づいてくる。


今だ。


思ったよりも速い動きに驚きながらも、このチャンスを逃すまいとユーゴは宝石を持つ手を前に突き出し広げる。

その瞬間だった。

例の宝石が手から離れ宙に浮き、ぼんやりと光を宿したかと思うと、その前方に円や三角を組み合わせたような記号が光で描かれる。


一つの大きな二重円のなかに小さな二重円。前者の方にはさらに小さな円とそれに接する何本もの線が描かれている。後者の方に描かれているのは中点に頂点を重ねる三つの三角形。そして、それぞれの二重円を形作る線の間には記号の羅列が記されている。


石に異変が起こったのと光の線が形作ったのはほぼ同時だ。

さらに、それらとほぼ同じ瞬間に起こったことがあり、それは火の玉の出現だ。

そのメラメラと輝く紅は、人影に向かって一直線に突進していく。

当たったら一溜まりもないだろう。

避けるしかないが、できるはずがない。

そうされないためにギリギリまで待っていたのだから。

進んだ先にぶつかった火の玉は、ボンと音を立てて爆発した。






一気に距離を詰めるような動きをした瞬間に、ソファーに座る男は動いた。

火の玉がどんどん迫ってくる。

その時、彼岸花はローブに隠していた左手を露わにした。

そこに握られていたのは黒の結晶。

その結晶もまた、宙に浮き、光が記号を形作る。


ユーゴのものとどことなく似ているが、二重円の大きな方には五芒星、小さな方には6つの正三角形を組み合わせた六角形と一回り小さい辺が僅かにはみ出た六角形が描かれている。記号の羅列も異なっている。


迫ってくる火の玉は、光るそれの前で何か見えないものにあたって爆発した。

二つの結晶が再び重力に従い始める。

彼岸花は自分のそれが落ちきる前にまた左手に収め、一つだけが地面に転がった。

「やはり、お前は転力印を使っていたのか。確かに、普通の人なら手も足もでないかもしれない。でも、お前にとっては残念なことに、俺も転力印をよく使っている。」

彼岸花は、ローブの下に戻した左手をごそごそとさせながら、目を丸くしているユーゴにそう言った。

転力印とは、簡単に説明すると、魔力を宿していても、それを自らの意志で活用することのできない人間が、力を使うためのものである。

床を蹴って今度こそ標的との距離を詰める。

右手で黒い小刀を首に突きつける。

そして、再び姿を見せた左手上空には、また光る結晶と転力印が浮いている。


今回は二重円が三つ。うち二つは先に出たものと同じ位置関係で、そこに小さなものが大きな二重円からはみ出している形だ。大きなものには五芒星とずらして重ねた二つの五角形、小さな方には二つとも中心を通って花のように並ぶ6つの円が描かれている。記号の羅列は言わずもがなすべての二重円に描いてあり、さらに今回は、小さな二つを太いラインがつないでいるのだが、そこにも記されていた。


「これで、お前の声は外には聞こえない。だから、お前にできることはない。」






翌日。

オリヴィエ家の屋敷には誰もいない。

ただ、二つの部屋に赤い彼岸花が咲き誇っているだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る