死から始まる物語

稲荷 鈴

第1話 まだ始まらない物語  1

「クソッ、また今月もギリギリだ!」

一人の男は、荷台へと運んでいる穀物や貨幣を見ながら、そう吐き出し忌々しげに舌打ちをした。

「まったくあの領主はどれだけ調子に乗れば気が済むんだ!」

「このままじゃあ本当に生活ができなくなってしまいそうだ!」

「昔は、近づき易い良い奴だったのになあ!」

同じく荷物をもって歩いて居る男たちも不機嫌そうに声を荒げる。

それから後も荷台の近くでは絶えず大きな声が響いていた。


かなりの時間が経過したが、口ばかりが動いて、肝心の作業の方は全くと言っていいほど進捗がないことからも、彼らがこの荷物運びを快く思っていないということが伺える。

「うるさいぞー。まあ、あいつの愚痴を言いたくなるその気持ちはわかるがな。」

突如聞こえた声に彼らは一斉に振り向く。この辺りは砂利が敷き詰められており、誰かが近づいてくれば音で分かるような場所なのだが、彼らがその存在に気づいたのは声が聞こえたその後だった。荒げた声は誰かが来た合図をも欠き消すほどであったようだ。

「なんだ。手伝いにでも来てくれたのかあ!」

「めずらしいこともあるもんだなあ!」

「いやいや、そんなわけないだろ!今まで一度も手伝おうとすることすらなかったんだぞ!」

「はははっ、それもそうだな!」

話の話題は変わっても、その前までの興奮は冷め止まないようで、荒々しい声が空気を震わせる。

後からやって来た男は、あきれた表情でしばしそんな彼らを見ていたが、それらの言葉には反応しないまま、やがて口端を釣り上げてこう言った。

「朗報だ!俺らの依頼は奴に届いたようだぜ。」




土地の半分以上を緑が埋め尽くすラデラン。その地唯一の街に一つの影が降り立った。その人物は黒のローブに身を包みフードで顔を隠している。

「あれが彼岸花か。」

「彼岸花が来たって本当!」

ザワザワと人が集まっては、口々に彼岸花という単語を発していく。

彼岸花とはラデランも属するくにエテルカーマでは有名で、3年前に現れた一人の殺し屋の呼び名だ。

この殺し屋は任務遂行後、血痕のみを残して去っていく。抜け殻さえも残さない。

誰が言い出したのか、残った赤い斑点を、怪しく咲き誇る死の花に例えたのがこの呼び名の始まりだ。

名の知れた殺し屋であり、依頼数が多いからというのもあるが、彼岸花が採る依頼の受諾方法は一風変わったものであり、依頼が届くかも怪しいものであるため、その姿を見ることはなかなかできない。

ラデランを囲む城壁を超え街に足を踏み入れたのはほんの数分前。

手がかりを頼りに依頼主を見つけたまではよかった。

時を見計らって近づき、詳細を話し合おうと自分の身分を明かした瞬間、その依頼主はこともあろうか大声を出して人を集めたのだ。

老若男女関係なく、街の者たちが次々に集まっていき、先ほどまでがらんとしていたこの場所は真逆の状態に変わってしまった。

「ご心配なく。この街に住む者全員がこの件の依頼人です。私はただ代表して依頼させていただいただけですので。」

依頼主もとい依頼の代表者はそう言ったが、多くの者に注目されるのは殺し屋としては好ましくない。

その代表者は、できるだけすべての依頼人を集めたいらしく、他の者たちを呼びに向かってしまった。

黒いローブの人物、彼岸花は、背丈が短いためこれだけの人に囲まれれば、外側からはただ人が丸く並んでいるようにしか見えない。

「お待たせしました。」

「やっとか。」

そのためだろう。代表者が引き連れてきたうち一人は、彼岸花が見える位置まで人込みをかき分けていくと目を丸くしていた。さらに、聞こえた声はトーンが高い。

「なんだ、姿も声もガキじゃないか。本当にこいつに任せるのか?」

なんとも失礼なことを言う奴だ。

その男はそのまま、彼岸花の方へと近づいていく。殺し屋に気安く近づいてくるとはどうもなめられている感が否めない。

見世物のように人に見られるのも気に食わないしちょうどいい機会だ。

男が彼岸花の目の前へとたどり着いた瞬間だった。

男の背中側に回り込み跳躍する。

半回転ののちに左肩へとくり出した蹴りはそのまま直撃し、男を後ろに張り倒した。

喉元へと突き出された小刀の黒い半透明の刃が太陽の光を反射して鈍く光る。

「他人(ひと)を見た目で判断するものじゃない。こんななりでも、今お前たちの目の前にいるのは紛れもない一人の殺し屋であることを忘れるな。」

先ほどまで、ザワザワとうるさかった声はどこに行ったのだろうか。

周囲が静まり返ったことに満足しつつ、武器を仕舞って立ち上がる。

「そろそろ依頼について話したい。依頼人はこの街の住民全員、標的はラデラン領主であってるか?」

「は、はいっ。領主の名前はユーゴ・ラ・オリヴィエ。こ、この地の中央にそびえたつ山の上に屋敷を構え暮らしています。」

説明するのはやはり例の代表者だ。

しかし、先ほどの行動が効いたのか、少々びくびくしているように見える。

領主は、街から使用人を何人か雇ってはいるが、夜になると屋敷から追い出して街に帰らせるそうだ。

まあ、その使用人たちも共犯者であるらしいが。

その使用人からの情報により、領主の部屋とその妹であるエレーヌの部屋の位置や、大まかな1日の過ごし方なども仕入れることができた。

依頼理由だが、かれら曰(いわ)く、2年ほど前から、税を不当に多く徴収を行っており、そのせいでギリギリな暮らしをしいられ、いつ生活できなくなるかわからないからだそうだ。

「それから、どうか気を付けてください。あの領主はどうも不思議な力を使ってくるのです。過去に、税の不当徴収をやめるように屋敷に押し掛けたことがあるのですが、何やら火の玉や強い風を飛ばしてきまして、力で追い返されてしまいました。教会の者は不思議な力を扱うといいますが、彼は幼いころからこの地にいますので、それとは関係ないように思いますし……。」

依頼人側からの詳細はあらかた聞き終えた。ならば次はこちらの番だ。

「情報収集はここまでとして、次は報酬について話したい。」

「おいくらくらいご所望でしょうか?」

彼岸花は、身に纏うローブの内側から、紙とペンを取り出す。

「そうだな。今回の標的は正体不明の力を使ってきて厄介そうだ。そうなると、こちらも危険を覚悟していく必要がある。それも考えてこれくらいは必要だな。」

差し出した紙には数字の羅列が書かれている。

「わかりました。」

この住民たちにとってはかなり苦しいであろうその額を見て、驚いた顔をしていたが、ほぼ即時に承知したのは、それだけこの依頼を大事にしているのか、はたまた何かあてがあるのか。

「こちらでも下調べはする必要がある。だから、実行はもう少し後になる。任務を終えたらまた来る。じゃあ、くれぐれも変な行動はしないように。」

人でできた円を飛び越えて離れていく間、人々は動かずにただその場に立っていた。

人の密集地帯を抜け出した彼岸花はというと、ようやく人の視線から解放されたことに安堵の息をこぼし、この任務をこなすべく気を引き締めるのであった。

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