#2―②



◇◆◇


 さて。せきてきに息を吹き返したということで、まずは体調がしっかり回復しているかを確かめねばと、さっきゅうにかかりつけ医師が呼ばれた。

 が、呉葉入りのクレハは「健康そのものです!」というしんだんを受けた。

「おおお……いやはや、いやはや、これはこれは……」

 だんからやしきめてお世話をしてくれているという公爵家専属のは、気のさそうなおじいさんで、脈を取ったり熱を測ったりもんしんしたりとひと通りをて目を丸くした。

「テオバルトかっ、奇跡です。にわかに信じがたいことが起こっておりますぞ。この老いぼれも、こんな経験は初めてですが……クレハお嬢様は、今までにないほどお元気でいらっしゃるようです。お嬢様といえば生来、測りながら脈がえ、顔色は常に白をとおして青ざめ、呼吸すればみ、果ては血を吐くようなご状態でしたのに……」

(そんなに!?)

たましいもよくりょくんでおいでです。おくそうしつというのは気がかりですが、毒のこうしょうがそれだけですんだとすれば、むしろ不幸中の幸いだったやもしれませぬな……。お身体からだは実に健康そのもの。いやはやめでたい。わしが保証いたしましょう!」

 一度は死をかくしたほどのかんじゃの病状が、おどろくほどかいほうに向かっているのでげんをよくしたのか、ジイな侍医はそのまましゅくはいでもげそうなふんで部屋を去っていった。

 晴れて医師のおすみきをもらったところで。

 呉葉はやっとテオバルトに、『クレハ』についてやらこの国のことやらなど、あれこれと尋ねることができるようになった。


(……で)

 テオバルトの話によれば。

 この世は、天空の国に住まういくひゃくの神々がつくりたもうたもの。

 そしてクレハやテオバルトの血筋、メイベル公爵家が属するエーメ王国というのは、神々に愛されたとりわけ豊かなヴィンランデシア西大陸の中でも、二番目に大きな国なのだそうだ。

 現在は、先王が去年ほうぎょされたところなので、なかぎとしてきゅうきょそのせいであったベルナデッタ・ジスカルド・エーメ女王陛下がそくしたところらしい。

 ──というじょだんを聞いた時点で、早々に呉葉は結論づけた。

(つまり、ここって異世界なんだ!?)

 ちなみに地味に気になっていた「身分のこうしゃくって、どんなエラさのこうしゃくですか」問題についても自動的に解決する。メイベル公爵家というのは、その崩御した先王の妃で現女王であるベルナデッタ陛下の生家で、彼女はテオバルトとクレハ兄妹のにあたるとのことだ。そのベルナデッタのみならず、代々王后を何度も輩出しているらしい。思ったよりもすごかった。

(クレハちゃんって、本当に大変ないいところのご令嬢だったんだ……!)

 さらに驚いたことに、この世界には、ほうというものが普通に存在しているらしい。

 これがゲームや映画なら「ガッチガチに中二病設定ですね、そういうの私も好きですよ」ですむところだが、残念ながら今ガチなのは現実の方である。

 人間は、誰しも魔力を魂に宿して生まれる。というより、魂が素質そのままにじゅにくする、といった方が正しいらしい。例のジイ侍医が「魂によく魔力も馴染んで……」などとのたまっていた時点でうすうすいやな予感はしていたが、異世界なばかりか魔法まであるとは。

(いくらなんでもさすがにファンタジーがすぎる……)

「肉体は魂のげん、魂は魔力のうつわなのだ」

 思わず気が遠くなりかける呉葉に、しんぼうづよくテオバルトは説明してくれた。

 魂が強ければ、肉体も比例して、自動的に健康健全マッチョになる。受け皿がマッチョなら、あふれるほど強い魔力があっても受け留められる。そうして大体の人間は、たけに合った魂と、魂に見合った魔力のバランスが取れた状態で生まれてくるものだという。

 だが、たまに不運な人もいるらしい。

 魂は強いが魔力ゼロというケースなら、まだ「しょうがないな、魔法が使えなくて不便だけど……」ですむが、魂が弱くて魔力が強いとさんなことになる。

 魔力のボリュームは他の要素に合わせて自己調節ができない。そのため、強い魔力をするのに足りないエネルギーを、魂が際限なく肉体から吸い上げるのだそうだ。しかし、魂が弱いと自動的に肉体も弱い。つまりは、エネルギーはあっという間にかつする。そんな状態で、長く身体からだつはずもなく、──果ては生命力がすっからかんになって早死にしてしまう。

「お前は特に魔力が強くてね……受け皿になる魂や身体の方が、それに見合うだけの強さがとうていたもてないほどで、ずっとベッドから起き上がれないくらいに病弱だったのだよ。魔法の属性からして、致し方なくはあるのだが……」

「属性?」

「一口に魔法といっても、もちろんなんでもできるわけではなくてな、それぞれ生まれ持った特質がある。僕の場合は水だ」

 サイドテーブルに置いてあった水差しから、しょうしゃな絵付けグラスに水を注ぐと、テオバルトはその上に指をかざした。

「!」

 呉葉の見ている前で、くるんと球形になって宙にかびがった水は、ふわふわとテオバルトの手の上をただようと、シュワッと蒸発して消えてしまう。

(すごい。手品じゃなくて、魔法なんだこれ……!)

 感動する呉葉の前で、「やはりこれも覚えてはいないか」とテオバルトはしょうした。

「お前の生まれ持った魔力は特別強く、魔法を使わずにただ息をするだけでも命をけずられるほどだった。おまけに、僕のような水の魔力持ちはそうめずらしくもないが、お前の持つ特性はあまりに希少で、対処法も編み出されていなかったのだ」

「……そうなんですか? けど……その、魔力の量に見合うだけ頑張って身体をきたえたら、元気になれるのでは?」

「残念ながら難しいのだよ。誰しも魂が弱ければ、いくらやみくもに肉体を鍛えたところで、決して健康にはなれぬのだ」

 だから、普通の魂に驚くほど高すぎる魔力を宿していたクレハは、じんじょうではなくきょじゃくたいしつだったらしい。ちなみにテオバルトも大きな魔力を持っているが、やはり魂と肉体の強度はさほどでもないため、武術のたぐいは苦手だという。

(そうなの……!?)

 魂からマッチョでなければ肉体をいくら鍛えても限界があると聞き、「筋トレに裏切られる世界観なのか!」とつい呉葉はどうようした。自分の知っている筋肉とは、みがけば磨くほどついてきてくれるものだから、いついかなる時も味方のはずなのに。

「あの! テオ……おに、お兄さま」

「どうした妹よ」

「さっきおっしゃってた、イザークというのは……」

 この際だから気になっていることはできるだけ尋ねておきたい。慣れない「お兄さま」呼びにはっしつつの質問に「ああ!」とテオバルトは表情を明るくした。

「イザーク・ナジェドと言ってな、ハイダラていこくからここエーメに遊学中の、僕たちにとって最も気心の知れた相手だ。まあ、単なる長年の友というにはちょっと複雑な立場だが……気のいい親しみやすいやつだから、すぐに仲良くなれるだろう」

「はあ……」

「あいつもお前をかなり心配していて、命を救うためにほうぼう調べてくれていたのだぞ。また時間ができた時に呼んでくるから、元気な姿を見せてやっておくれ」

 くったくなく『イザーク』のことを話す様子からして、きっと彼にとって親友のような相手なのだろうと予想がつく。そのうち顔を合わせるかもしれないと名前を記憶に刻んだ。

 あとは、もう一つ。呉葉は、目覚めてから地味に気になっていたことを尋ねてみる。

「ええと、それからテオお兄さま。わたくしに毒を盛ったという相手は……?」

「大丈夫だ」

 この質問にだけは、みなまで言わせないうちにテオバルトは首を振った。

「お前が心配することは何もない。身体をいたわり、ようじょうすることだけを考えなさい」

「は、……はあ……」

(犯人はつかまったってことで……いいのかな?)

 それにしてはなんとなく引っかかるものがありつつ、突っ込んでける空気でもない。今日はここまでと見切りをつけた呉葉は、習った内容のおさらいをしてみた。

(あの女の子……というかこの身体の持ち主は、クレハ・メイベル。エーメ王国の名門、メイベル公爵家の長女。生まれつき魔力が強すぎて、ずっと家から出られもしなかった。病弱で、はっこうな貴族令嬢……)

 今の自分はどうだろうか。

 とりあえず、テオバルトの言うような「夜ねむったら翌朝にはくなっているのではないかと心配になる」レベルの不調はない。それどころか、目覚めはスッキリそうかいだし、今すぐ鼻歌まじりに走り込みやトレーニングにでも出たいくらい快調なのだ。誰ぞ私と組み手をしてくれまいか。

(どういうこと?)

 ヒントがあるとすれば、「そのきょうじんな魂、わたくしにくださいませ」というクレハの言葉だが──。

(よくわかんないけど、肉体と魂が連動するとか言ってたよね? もし魂ごと私とわっちゃったんなら、あの子はこの身体に戻ってこられないんじゃ……)

 もぞもぞと心配な気持ちで落ち着けずにいると、そんな妹の様子を、テオバルトは別な具合にかんちがいしてくれたようだ。

「おっと。すまなかったな、いくら回復しているとはいっても、調子に乗りすぎてしまった。さすがにつかれただろう」

「あ、……いえ……」

 しどろもどろになる呉葉のかみくようにさらりとで、「ここで気をいてぶり返しては元も子もない! さあ、もう少していなさい」とやさしく語りかけると、テオバルトは名残なごりしそうに部屋を後にした。

 妹が一命を取り留めたことがよほどうれしかったのだろう。スキップでもせんばかりのその背からも、ウキウキとはずんだここが伝わってくる。

(やるせない。私、本物のクレハちゃんじゃないんです……すみません……)

 申し訳なさが、ちくりと胸をした。

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