#3―①


 どうしてなるかねくれは、クレハ・メイベルとわることになったのか。

 そもそも、どうしてクレハとかいこうし、話すことができたのか。あの青い空間はなんだったのか。そして、この「世界」は一体「何」なのか……。

 周りを見回しても、わからないことだらけ。

(なんて言ってもしょうがないし、少しずつ情報収集をしていけばいいか)

 ひとしきり混乱した呉葉だが、結局割り切って生活しようと決めるまで、そう時間はかからなかった。これでも適応力はそこそこある方だとしている。

 ただ、この身体からだが借り物だということだけは、常にきもめいじておかなくてはならない。

(いつ本物のクレハちゃんがもどってくるかわからないんだし。それまですこやかに過ごせるように大事に使わなくちゃ)

 とりあえず、へんきゃくげんが未定のレンタル人生だと考えるほかない。レンタルですむのかリースになるのかさえ、今のところは不明だが──それよりも。

(テオバルトお兄さん……仲がいいとは言ってたけど、こんなにおそろしく過保護ってのは聞いてない……!)

 がりだから余計にかもしれないが、呉葉がベッドから出ようとするたび、テオバルトときたら、この世の終わりのごときそうな顔をして止めにかかるのだ。さらには、すんしんでまくらで何くれと世話を焼いてくれた。

 あまにがい薬湯をせんじたり、頭を冷やすための氷水をほうで作ったり、「病人食代表です」という感じのミルクがゆしくスプーンで口元に運んでくれたり、リンゴらしき果物をナイフでこうとして、ちがえて指を切っておおさわぎになったり。

 なお、例のおじいさん──ちなみに名前を確かめたら『ジイーン』ということだったので、今後は張り切ってジイさんと呼ぼうと思う──いわく、は順調らしい。

「あのー、テオお兄さま? お医者様の見立てどおりわたくしとっても元気ですし、外の空気を吸いたいのです。そろそろとこげしてもよろしいのでは……」

「いや、そう言って外に出て風にかれては七日七晩むのが、お定まりになっているではないか。悪いことは言わない、休んでおきなさい」

「……はい」

 本を読みたいと言えば「夢中になってしんしょくを忘れそうだ」、ベッドの上でストレッチするのも「骨折しかねない」で禁止。窓を開閉するのさえ「指をはさむからダメ」ときた。

(そのうち『呼吸する時は気管に空気をまらせぬよう』とか心配されたりして)

 ならばテオバルトの目をぬすんでこっそり外出を……とこころみても、なぜか絶対にひゃっぱつひゃくちゅうでバレる。呉葉が部屋のドアをくぐるだけで、彼がそくに飛んできて、ひざづめでこんこんと説教された。かなり広そうなおやしきなのに、どうやって察しているのか、はなはかいだ。

(メイドさんたちとも最小限の話しかできないし。これじゃ情報収集しようがない……)

 心配してくれているところ、きょうしゅくごくだし申し訳ないが。

 正直、呉葉はげっそりした。「意図的に外界からかくしているのか?」とすら感じる。

(テオバルトお兄さんに、中身の入れ替わりをさとられるわけにはいかない。ここは大人しく病弱なふりをしていないと……なんだけど。コレ、きっついわ……)

 ただベッドの上でヤキモキするばかりで、なんのしゅうかくもないまま一日ち、二日経ち。

 三日経った。


◇◆◇


 そんなこんなで、フラストレーションを限界近くまでめてむかえた、四日目の朝。

 今日も今日とて、テオバルトは呉葉のベッドのそばに置いたひかえ、あやうげな手つきでまたリンゴ的なもの──めいしょうが気になってたずねたら、こちらでもつうに『リンゴ』というらしい──をショリショリ剝いていた。「お兄さまのゆう姿をごらん。今度こそうまくやってみせるからな」などと宣言していた彼だが、あんじょう、皮に果実がほとんどくっついて、中身がひと回り小さくなっているようなありさまである。しかし、せっかくのやる気に水を差したくはないので、手を出しあぐねた呉葉はハラハラと見守っていた。

(これはまた一日ベッドにけかなあ……とほほ)

 ──と、呉葉が内心でけんを押さえていた時だ。

 不意にテオバルトは暗いおもちになり、皮が剝かれた──というよりしんに残りの身がくっついたと表すべき──リンゴと果物ナイフとをテーブルに置く。

 そして呉葉の手をぎゅっとにぎると、深くため息をついた。

「クレハ、ひとつあやまらなければ。僕は今日、王宮にしゅっせねばならない……」

「え」

「いちおう僕も官職をたまわっている身だからな。お前のようだいじゅうとくだということで、今までしばし看護のためのきゅうをお許しいただいていたのだが。病状が安定したならとっとと出てきてさんせきしている仕事を片付けよと、ベルナデッタうえ、……いや女王陛下じきじきに、さいそくをされているのだ」

「……は、はい」

 ということは。

「テオお兄さまは、……ひょっとしてひょっとしなくても、今日はずーっとお留守でいらっしゃるのですか?」

 いっぱいの期待をめた呉葉のまなしとは裏腹に、テオバルトはがっくりかたを落とした。

「そういうことになるな。ああ、そう心配せずともいい。夕刻には戻るし、ジイーンや使用人たちが控えてくれているから、えんりょせずなんでもたよるのだぞ。それと、何か困りごとがあったら、……いやなくても、僕に気軽にれんらくをしておくれ」

「はい」

「他に言うことはなかったか、ええと……そうだ、できるだけ呼吸はゆっくりしんちょうにするようにして、くれぐれも空気をのどに詰まらせないように気をつけなさい。病み上がりな上におくまで失ってしまったお前が心配でならないが、こればっかりは王国に仕える者の使命だ。仕方がない……」

 首を力なくってうなだれる兄に、呉葉は満面のがおった。

「お構いなく、テオお兄さま! わたくしのことなどいっさいがっさい気にせず、きっぱり忘れてきっちりお仕事されてきてくださいませね!」

 すべて国民は勤労の権利を有し義務をう、と日本国憲法には定められている。いやもちろんここはエーメ王国なる地で日本ではないのだが、とも心置きなく務めを果たしてきてほしいものである。

(何よりも……お兄さんがいないなら、外に出る絶好のチャンスってことよ)

 喜びが思いっきり顔に出てしまっていたらしい。

「なんだ? 少しの間とはいえ、僕とはなれてしまうというのに、お前ときたらみょううれしそうな顔をするではないか……お兄さまはちょっとねてしまうぞ」

 ニコニコとゆるりょうほおを押さえる呉葉に、テオバルトは子どもっぽくくちびるとがらせていた。


 テオバルトがしぶしぶメイベルていを後にするのを見送ってから、呉葉は部屋をおとずれたメイドたちに、おっかなびっくり「服をえたい」とらいした。

 彼女らはたがいに顔を見合わせていたが、「いつまでもきのままだと、気持ちまでやまいがちになってしまうから」ともっともらしく説明すればなっとくしてくれた。

 なんとなくかくはしていたが、こちらの世界の貴族女性は、やはり基本的にズボンなど穿かないらしく。準備してほしいと言ったら「おじょうさま、乗馬でもなさるおつもりですか!?」と目を剝かれたので、あわてててっかいする運びになった。

 そうして着付けてもらったのは、足首まである若草色のワンピースドレスだ。綿素材ではだざわりがよく、レースでかざられたすそは広い作りで、歩くたびひらりとかろやかにれる。

あしがスースーする……学生時代の制服ですらワンピースじゃなかったのに)

 仕事でもパンツスタイルが基本だった呉葉は、慣れないしょうにたじろいだ。

 そういえば過去、女子力の高い友人に「呉葉っちは高身長イエベだしぃ、ビビッド暖色系のマキシたけとろみ素材のマーメイドとか似合うと思うっ!」とすすめられるまま試着した赤のワンピース姿が、みずげされたニシキゴイにしか見えなかった一幕を思い出す。なお友人の言葉の意味は、今でも助詞以外わかっていない。とろみ素材ってなんぞ。やまいもか?

(今はクレハちゃんの美少女ビジュアルだから半魚人化はまぬがれるとはいえ、もう少し動きやすいものだと嬉しいのだけど)

 念のため、もう少したけが短いものはないかだけメイドの一人にかくにんしてみたが、やはり「とんでもない」という反応が返ってきたのであきらめた。

「ええと。ゆっくりしたいので、声をかけるまでは一人にしてくださいますか?」

 着替えやかみいが終わったのち、「やんごとないお嬢様の態度ってこんな感じ?」と迷いつつもお願いしてみると、彼女らはたりとうなずいて退出してくれた。

(さて)

 ほがらかにメイドたちを見送ったあと、呉葉は表情をめる。

(晴れて自由時間を得たとはいえ。万が一にもテオバルトお兄さんに心配かけちゃ悪いし。夕方までには戻ってこなくっちゃね)

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