#4―①
さて。
話は
イザーク・ナジェドはその日、朝早くから王宮にいた。
しかし、その宮殿に毎日のように顔を出す身でありつつ、あいにくとイザークはエーメの出ではない。
ヴィンランデシア西大陸
要するにイザークの遊学は
うなじまで
──というのは見せかけの話で。
実際の彼は、割と理性の人であった。
代々ハイダラ帝国は、皇子同士が
故郷にも遊学先にも敵が多い身の上だったイザークだが、少年の
外見も性格も正反対だが、お
テオバルトが命よりも妹を大事にし、何においても妹優先であることは、イザークも承知している話だ。その彼女が毒を盛られて
その矢先──生死の境をさまよっていたクレハ・メイベルが一命を
テオバルトから、そんな
なんでもクレハ
(まさか。だって……あのクレハ嬢が?)
イザークは
兄の方とは親しいものの、病弱すぎるクレハとは、見舞いで顔を合わせた時に話をするのがせいぜいだ。もちろん「助かったなら良かった」とは思うのだが。それにしても、あんなに
あまつさえテオバルトは、「現在の妹はかつてないほど生気に
(テオのやつが話を盛っている可能性もあるが、そんなことをする利点も特にない。持ち直したならめでたいことですむ話なんだが。……
(……まあいい。命があったならそれで。……そもそもクレハ嬢が毒を盛られたのだって、俺の故郷の問題が
思いを
「イザーク、イザーク! 大変だ! 助けてくれ」
まさに考えごとの中心であった当のテオバルトが、息せききって
「……テオ?」
見るからに
勇ましい眉根を寄せて「どうしたよ」と
「く、クレハが、……クレハが
「え」
その
「はあ……? 散歩にでも出たってことか? バカ言うなよ兄弟。だってクレハ嬢、この間目覚めたばかりじゃないか。いくら元気になったっても、そこまでじゃないだろ?」
「そのはずだが……、いつもかけている水の
「なるほどね……ってかテオ。お前、
「だがあの子に何かあったらどうする! いいや現に今、どうにかなってる! ああ、どうしよう。どうしたら。万が一にもまた妹が命の危険に
「特大のとばっちり来たな!? じゃなくて落ち着け! ほら深呼吸」
「息の仕方を忘れた!」
「吸って吐け!」
「スーハー! はぁああ……おおぉん……!」
とうとう両手で顔を
この友はいつもそうだ。
(……しょうがない)
「事態が
「では、……僕は
「それはもちろんそうだろうとも。けど先に一つ
「まさか! 言うはずがなかろう。
「……で、お前の言葉どおりクレハ嬢が信じられないくらい健康的になってたとして。その元気いっぱいのところに、理由も
「いやそんなわけでは……そうと言えばそうかもしれないし、実際そのとおりだな……?」
「……」
イザークはとうとう額を覆った。
「まあ俺も気持ちはわかるよ。わざわざ出るなと伝えなくても、以前のクレハ嬢ならそもそもベッドに
「ううっ。手間を取らせてすまない、イザーク。お前の
「任しとけって。さすがに街までは出てないと思うけど、念のため、ってことな。クレハ嬢はきっと、邸の庭でうたた寝でもしているはずだよ。しっかりしろって。あのクレハ嬢だぞ? お前の邸をぐるっと囲むバカ高い
「そうだな、そうだとも……だといいが……だといいんだが……」
そこでふと、テオバルトはさらに顔を青ざめさせた。
「ああそうだ、大事なことを言い忘れていた。あの子は今、毒の
「……記憶を?」
「ああ。覚えているのは自分と僕の名前だけ。家のこともお前のことも、それどころか女王陛下の
「そりゃまた
イザークは顔をしかめた。まさかそんなことになっていようとは。
「だったら
ショックのあまり足取りもおぼつかない親友の背を叩き、あえて明るい声で「
(さてと)
自らも市街地に向かうため馬を取りに駆けつつ、イザークは手のひらを上に向け、強く
テオバルトとの
彼もまた、クレハやテオバルト同様、大きな魔力の持ち主だった。それも、
「クレハ嬢を捜してくれ」
やがて、オレンジ色に輝く炎の鳥が、宙に
◇◆◇
エーメ首都ツォンベルンの上空に数羽の
(残る可能性は、本当に市街に出たってことか。けど、どうやって? 行けるはずもないってのに。それに
すると自分の炎鳥が
昼下がりになっても手がかりはなく。クレハの姿を自分もあちこち駆け回って捜しつつ、さすがにイザークは
これはテオバルトの言うとおり、非常事態と認めざるを得ない。
(くそっ)
これだけ捜して見つからないとすると、あと考えられるのは──
まさか、……
(俺も
毒を盛ってクレハを暗殺しようとした
彼女がさらわれて、あまつさえ危害を加えられていたとしたら。テオバルトの邸に、無理やり押しつけてでも自分の護衛士をもっと貸しておくんだった──などと、イザークがしても仕方のない
王都の中央市場の方に向かわせた炎鳥の一羽に反応があった。どうやら、クレハの姿らしきものを見つけたらしい。
「こっちか!」
運よくちょうど市場近くの
いつもながら、
「お嬢ちゃんが相手してくれるって?」
(! お嬢ちゃん、ってまさか)
慌ててそちらに向かうと、ちょうど
最悪だ。
「クレ……!」
明らかにまずい
「へへ、勇ましくていいねえ。ひとつ覚えときなよ、高貴なお嬢サマのご命令ってのは、こういう所じゃ
思わず声をかけようとしたイザークの前で、ごろつきの一人が、おもむろにぬうっと太い
(危ない!)
彼女たちのいる場所までは、まだ
クレハは、彼にとってまったく予想外の行動に出た。
己に向けて伸ばされたごろつきの腕を、逆に
「へ……?」
きっと、体勢を崩した自覚すらなかっただろう。次の
(……!?)
あっけに取られたのはイザークも同じだ。
今、──何が起きた?
「立ち方からてんで
さらに、そこに
聞き違いでなければ、クレハのものだ。それが、ええっと、……なんだって?
少し
「私、弱い者いじめは好きじゃない。今なら
「んだとぉ? ……ざけんなよメスガキ。ぶっ殺せ!」
あからさまな売り言葉にいきり立ったごろつきたちが、一斉にクレハに飛びかかる。しかしイザークは、やはり
がむしゃらな動きで
「ぎゃあ!」
ボギッ、と
「
(……!)
不覚にも。
あまりに
「クッソ! なんだよ! なんなんだよお前は!! ……これでも
残るは一人。
だが、最後の男は裏返った声で叫ぶと、いきなり片手をクレハに向けて振りかぶった。その中央がパッと明るく輝いたかと思うと、人間の頭ほどはあろうかという火球が宙から生まれ、彼女の顔面を焼かんと飛び出していく。
(……魔法!)
己と同じ炎の使い手か。ヴィンランデシア西大陸において、魔法の才を強く持つ者は血統的に支配者階級に
火球は避けられる距離ではなく、このままでは直撃は
「ヤッ!」
なんと、逃げるどころか瞳を輝かせるなり──
あろうことか気合の一発で、まぎれもなく高温の炎の
「あちち……。なるほど、魔法の攻撃を受けるってこんな感じなのね。ありがと。勉強になったわ」
わずかに
「ヒッ……ば、ばけ……もの……」
魔力の急激な消費と、目の前の現実がよほど
「
果たして、
(すげえ……)
なんと美しい。
ぞわり、と背筋を震えが駆け抜け、強い酒でも
どれほどの
一方のクレハは、ごろつきたちが全員気を失っているのを確認すると、背後で
「ねえ、あなた大丈夫だった?」
「あ、ありがとうございます……! 本当に助かりました。あの、……高貴なお嬢様。あたし、なんとお礼を言えば」
「気にしないでいいよ。ほら行って。帰り道、また変なのに絡まれないようにね」
「はー、私もそろそろ帰んなきゃ……」
わずかに乱れた金糸の
「!」
足音と気配に
そのスミレ色の瞳や、気品に満ちた
──あふれる生命力と
彼女までの距離は、残り数歩。
そこで足を止め。呆然として、イザークは問うた。
「お前は、……
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