はじめましてでいいですか?
エルマさんがプロポーズされたのを見て、当事者でもないのに感動して泣いてしまった。
エルマさんも泣いていたけど、
でも、
泣いてしまったことはとりあえず忘れよう。
そんなふうに思っていたのだが、話は私の想定外の形で広まっていった。
それというのも、エルマさんのされたプロポーズを
聖女の力が祝福なんじゃないか? という噂も広まっている。
しかも、
だからなのか、その日エルマさんとお茶をしながらくつろいでいると、
ノックもしないで入って来たのは遠くから何度か見たことのある第一王子だった。
突然の訪問に
「そう言えば、そんな見た目だとヒメカが言ってましたね」
何とも言えない見下したオーラが鼻につく。
それでも相手はこの国の王子様だ。
王太子ではないと言え、身分はかなり高い。
私はエルマさんに教わった
「お初にお目にかかります。セイランと申します。ナルーラ
第一王子はしばらく私を見つめると言った。
「最近、
「何の話でしょうか?」
私の返した言葉に、第一王子は、はーっと息を
「
何一つ身に覚えがないのだが、この人頭の中大丈夫だろうか?
「他人の
何だかニヤニヤとした
「ナルーラ殿下、どこの
「何だって?」
私は元ブラック
「
必勝法は最初にきっちりと謝ることだ。
これで先方が『謝れ』とは言えなくなる。
先に謝っているからだ。
「噂とは日を追うごとに、人を
ここでは、その場にいなかったくせに見ていたかのように
実際、第一王子はぐうの音も出ないようだ。
「実際は婚約などしていない方に、私の侍女をしてくれている彼女が選ばれたというだけの話なのです」
かなりバツの悪そうな顔をし始めた第一王子に私は、困ったように
「あの、こちらからも一つナルーラ殿下のお耳に入れておいてほしいお話をしてもよろしいでしょうか?」
私はゆっくり、この前
「私が
「手荒な真似とは? まさか暴れたとでも言うのかい?」
モンスターペアレントのように、うちの子に限ってそんなことするはずがない! とでも言いたそうな顔をされた。
「暴れただなんて、ただ、ヒメカ聖女様の手が私の頰に当たってしまっただけなのです。かなり
さも、まだ頰が痛いですよ、と言わんばかりに頰を
「ですので、ナルーラ殿下が、ヒメカ聖女が洗脳されないように見守ってさしあげてほしいのです。ナルーラ殿下にしか
「そ、そうですね。言われずともヒメカには勝手なことをしないように言っておきましょう」
私はわざとらしくならないように笑顔を作った。
「本当ですか! よかった。あのままではヒメカ聖女様だけでなくナルーラ殿下の品位まで疑われてしまいそうでしたから。本当に安心いたしました」
本当は書面にしてもらいたいぐらいだが、今回は
「私達の
そう言いながら、第一王子殿下を出口までお見送りし、ドアを閉めた。
しばらくドアに耳を当て、外の様子をうかがい、第一王子がその場を
「づがれだー」
前にダーシャン様が言っていた
クレーム処理って本当に疲れる。
そう思いながら長いため息をつく。
すると、エルマさんが
「セイラン様、本当に
エルマさんは興奮したようにそう言って
私は出されたお茶をゆっくり飲み、また長いため息をついた。
第一王子が頑張って、ヒメカ聖女とエリザベートさんが二度と新緑の
◇◆◇
あの日から、平和な日々が
なんてことは
ヒメカ聖女は度々新緑の神殿に来ては文句を言って帰るようになった。
それというのも、エリザベートさんが
まあ、婚約していないのに婚約者だと言うストーカー
「私はずっと信じていて、だからあんなふうにしちゃって。ダーシャンなら分かってくれるよね?」
私とムーレット導師はそんな二人を見ながらお茶を
「セイラン聖女、ダーシャン殿下を助けてあげないのですか?」
「いや、だって、助けてって言われてませんし」
そんな私達にお茶菓子を出しながらエルマさんが
「目が助けてほしそうですが?」
言われて見れば、
しかも、たまにチラチラとこっちに顔を向けているようだ。
私は気づかなかったフリをしながら言った。
「うわ〜今日のお茶菓子も
今日のお茶菓子はクリームのたくさん乗ったシフォンケーキで、テンションが上がる。
「聖女の羽っていうケーキです」
ファンシーなネーミングにちょっとたじろいでしまった。
「美味しいですよね。このケーキは前回の聖女様が広めたのですよ。最初は違う名前だったのですが、この名前にしてから急激に広まったケーキです」
口に入れるとフワフワの
「ヒメカ聖女、仕事があるのでお引き取りください」
ダーシャン様がとうとう
「仕事? 私にもお手伝いさせてください」
ダーシャン様はヒメカ聖女の後ろからやって来た人を見て
「では、文官長の
やって来たのはアーデンベルグさんだった。
たくさんの書類を
びっちりと数字で
「あ! 私、もうお
名指しでダーシャン様を連れ出そうとするヒメカ聖女のガッツに、
「申し訳ないですが、ダーシャン様に確認してほしい書類もあって……
アーデンベルグさんがニコニコしながらヒメカ聖女に近づくと、大きな舌打ちをして、ヒメカ聖女は逃げて行った。
「品位のかけらもない」
アーデンベルグさん、小声でも聞こえちゃいましたよ。
見れば、嬉しそうにアーデンベルグさんとダーシャン様用のお茶を
アーデンベルグさんは申し訳なさそうに、抱えていた書類を私に差し出した。
「いつも手伝っていただいて申し訳ございません」
「私、書類仕事得意なんで
「本当に助かります」
最近では、文官一人分の書類を手伝うようになっていた。
私がお手伝いすればお休みをもらえる文官が増えるらしいし、私は暗算でできるからスピードが速い。午前中にパパッと終わらせられる。
「アーデンベルグ様もお茶で一息ついてください」
「エルマ、ありがとう」
幸せオーラ振りまく二人とは対照的なダーシャン様の疲れきった顔に苦笑いしてしまう。
「ヒメカ聖女はダーシャン殿下のことが好きなようですな」
ムーレット導師の言葉に
「そうでしょうか? 彼女の場合、コレクションしたいだけでは?」
アーデンベルグさんの言葉に、私達は首を
「要するに、見た目のいい男をそばに置きたいだけな気がします。あと、自分はモテると思い込んでいる」
「ああ〜」
ダーシャン様が理解したように頷く。
「だから、アーグも『私の専属文官にしてあげてもいいのよ!』とか言われてたのか」
ええ、ダーシャン様の地味に似ているヒメカ聖女のモノマネにムーレット導師が
エルマさんにいたっては、何が起きたのか理解できなかったように固まっている。
「ダーシャン様、前にも言ったけど似てないからね」
「
私の横で呼吸困難になりそうなぐらい笑い転げているムーレット導師が死なないか心配になる。
「お
思わず背中をさすりながら聞いたが、大丈夫そうには見えない。
和むどころか、
「昔は
しみじみと遠くを見つめるアーデンベルグさんを見て、心中お察しする
「そう言えば言われたね。ただでさえ死ぬほど忙しい原因がヒメカ聖女の
ああ、文官が忙しいのってヒメカ聖女のせいだったんだ。
「あの、それで言ったらなのですが……最近ナルーラ殿下がセイラン聖女に会いに来るのも何か意図があるのでしょうか?」
エルマさんの質問に、私は思った。
あの人は
だって、こんな凄いことができるとか、あんな貴重なものを持っているとか、自分のことばかり話して満足して帰って行くのだ。
「それは、いつの話ですか?」
「最近は良くいらっしゃいます」
ムーレット導師とダーシャン様の目つきが変わった気がした。
「昨日もいらしてました」
さっきから思案顔だったアーデンベルグさんが、
「ダーシャン様とムーレット導師が会議などで、絶対に来られない時を
アーデンベルグさんの言葉に、ムーレット導師がニッコリと笑顔を作ったが、目が笑っていない。
「害虫ってやつは本当に
「同意見だ。あの二人が絶対に入ってこられない結界でも張るか? ルリをけしかけて二度と寄ってこないようにするか?」
「素晴らしい。空からヒスイに
いつも言い争って代理戦争までさせようとする二人が、同じ敵を得て仲良くしている様に何だか感動してしまう。
「ヒメカ聖女の評判が悪いからってセイラン聖女を自分のものにしようとしているってこと?」
アーデンベルグさんが聞けば、ムーレット導師の額に青筋が
「うちの聖女があんな頭空っぽの男にちょっかい出されるなんて、
分からなくもないが空っぽまで言わなくてもいいんじゃないかな?
「セイラン様の見た目がお気に
エルマさん、その話を今する必要あった?
見れば、ダーシャン様からもドス黒い
「セイランはそのままで、
ダーシャン様の突然の言葉に心臓がビクッと
何を言ってるんだこの人と思いながらも、心臓のダメージはでかい。
「おお! さすが王太子だけある。セイラン聖女の真実の姿を知らずとも、可愛いと言えるとは」
ムーレット導師の言葉に、私は
「真実の姿とは何のことだ?」
ダーシャンの疑問にムーレット導師が口を開こうとするのを、私は
「ムーレット導師は何を言っているんだか」
言いながら、かなり無理があると理解できた冷静な頭が
「セイラン、秘密の一つも打ち明けられないほど、俺はそんなに
ダーシャン様の捨て犬のような瞳に、
この人、自分の顔面
質が悪いんじゃないか?
「ダーシャン様、
エルマさんの演説に怯む私。
エルマさんの後ろで苦笑いを浮かべるアーデンベルグさん。
「エルマは、僕と共に歩んでくれなきゃ困るな〜」
もっともなアーデンベルグさんの呟きは、エルマさんによって聞こえなかったフリをされた。
私にも聞こえたのだから、絶対に聞こえていたはずだ。
「ひゃ! ごめんなさい」
「
ムーレット導師は大きく深呼吸をしていた。
「ムーレット導師だけ知っているのは不公平だ!」
「そうです。そうです」
不満そうなダーシャン様とエルマさんに、私は深いため息をついた。
「何でムーレット導師は知ってるんですか?」
「私は
そんな言葉で、片付けられてしまう秘密だったのかと悲しくなる。
「絶対に他言しないでくれますか?」
「ああ、分かった」
「私も
私は、クローゼットにしまっていたトランクを引っ張り出してきて、開いた。
そこには色とりどりの
「こ、これは?」
明らかに異様なトランクに、動揺するダーシャン様。
「人の髪ですか?」
不思議そうにウィッグの一つを手に取るアーデンベルグさんに、私は笑いながら言った。
「これは化学
私の説明を聞きながら、エルマさんがコンタクトレンズの入った
「それはガラスです。目に入れると目の色が変えられます」
「目の色が?」
私は自分の頰の上に人差し指を乗せた。
「これもガラスです」
周りから、不思議そうに見られる。
「ピンクの髪がここにあるということは、街で見かけた姿も作りものだったということだな」
「はい」
「髪がズレたり取れたら大変だから、頭を撫でられたくなかったのか?」
「そうです」
ダーシャン様はふーっと息を吐いた。
言っていなかっただけで、
「本来の色は何色なんだ?」
ダーシャン様の核心をついた質問に、私は苦笑いを浮かべた。
「
私はそう前置きしてから青い方のコンタクトを外した。
ウィッグは外したら付け直すのが大変だからコンタクトにした。
「この色です」
そう言って見せた
「初代聖女様のような
ムーレット導師が泣きそうな顔で呟いた。
「えっ? 知っていたんじゃ」
「瞳の色までは」
騙されたのだろうか?
他の人には見られたくないから、直ぐにコンタクトを付け直す。
「夜空のような漆黒の瞳、私、初めて見ました」
「僕もです」
エルマさんとアーデンベルグさんがウキウキとした雰囲気で言えば、ダーシャン様がゆっくりと深刻そうに言った。
「それは、ここにいる人間以外に知られるのはマズイな。凄く危険だ。この世界の人間ならば、
「だから、隠していたんです」
私のもっともな言葉に、全員が黙った。
知りたいと言ったのはそっちだ。
私は悪くない。
「すまない」
ダーシャン様は申し訳なさそうに頭を下げた。
まだ私には名前という秘密があるのだが、そっちは言う必要もないだろうと口をつぐんだのだった。
ただのコスプレイヤーなので、聖女は辞めてもいいですか? soy/ビーズログ文庫 @bslog
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