友人のプロポーズ (ダーシャン目線)



 目の前でこの世の終わりだと言いたげな顔をしてひざをついているのは、俺のおさなじみであるアーデンベルグ・リグラグトこうしゃく子息だ。

だいじょうか? アーグ」

「終わりだ……きらわれた……」

 ぶつぶつと独り言をつぶやく彼は、だんりんとした強さを持ったインテリのはずなのに、今は見るかげもない。

「おい、アーグ! エリザベートじょうとのこんやくに心当たりはないのか?」

 くうを見つめる彼に、言葉は届いていないようだ。

「彼がエリザベート嬢と婚約するというのはあり得ないけど、エリザベート嬢は彼を好きだよね」

 とつぜんそう言ったのは文官長だった。

「何か知ってるんですか?」

 文官長は苦笑いをかべた。

「いや、何度も休みはいつか聞かれたり、好きな食べ物を教えろと言ってきたりしてたんだよ。私にだけど」

 理由が分からず首をかしげる俺に、ムーレット導師が俺のかたをポンポンと軽くたたきながらあきれた顔をした。

「それってさ、休日にぐうぜんよそおってばったり会って、お茶や食事にさそって好みがいっしょですね〜って親交を深める作戦に決まっているでしょ」

 そんな高等テクニックを使ってまで仲良くなりたいなんて、すごく好きってことじゃないか?

「でも、アーデンベルグ君はエルマ嬢しか見てないからねぇ。ほら、最近筋肉つけ始めたのもエルマ嬢に気に入ってもらうためだって知ってた?」

 小さいころから友人として育ったアーグが最近体をきたえ始めたのを不思議に思っていた俺はおどろいた。

「えっ? どういうことなんだ?」

「あ、知らない? ほら、エルマ嬢のお姉さんがだんの子とけっこんしただろ。あの時に『たよれる男性と結婚なんて、あこがれちゃいます』って言ってたのを聞いて、騎士並みの筋肉をつけたいってぶんけんあさって筋トレ毎日してるんですよ! 可愛かわいいですよね」

 文官長の小さな子どもを見るような温かな視線がかえってアーグを可哀想かわいそうに見せるのは、きっと気のせいであってほしい。

しん殿でんでもエリザベート嬢がアーデンベルグ殿どの婿むこようにするって言ってだけど、あれは婿養子にしいのちがいだったんだね」

 ムーレット導師が理解したとばかりにコクコクとうなずいていた。

「さっき、アーグがセイランに言っていたように、アーグは俺をえんするばつの筆頭の家系なのに、エリザベート嬢の家が許可するのか?」

 派閥とは複雑なものだし、そう簡単に許されるとは思えない。

「ダーシャン殿下、何を言っているんです。アーデンベルグ殿が第一王子の筆頭の家に婿養子に入ったら、リグラグト侯爵は第一王子の派閥に入ったと思われる。リグラグト侯爵家は第二王太子の派閥の筆頭なのに第一王子にがえったということになるでしょ」

 ムーレット導師の説明に俺は深いため息をついた。

「元々、ひょろっと背が高く美形で天才のアーデンベルグ殿が好きだったみたいだけど、最近さらに頼りのある男に見えだしてあせっちゃったのかな?」

 文官長はやさしくアーグの頭をでた。

 俺は放心状態のアーグのむなぐらをつかみ立ち上がらせた。

「アーグ、しっかりしろ! このまま誤解されたままエルマ嬢をあきらめるのか?」

「……」

 俺はグッと息をみ、そしてゆっくりと言った。

「エルマ嬢、最近騎士団で人気なんだよな〜副騎士団長のラグナスとも仲がいって聞いてるな〜」

 そのしゅんかん、アーグのひとみから殺気が上がった。

「エルマ嬢がしたっているセイランが言っていたが、プロポーズはたくさんの人がいる場所で派手にした方が、ときめくみたいだぞ」

 自分で言いながら、セイランはそんなこと言ってなかったな〜と思いながらも、アーグの今のじょうきょうなら証人がたくさんいた方いいだろうと思ってきつけた。

 アーグは決意した顔で自分の机の引き出しから小さな箱を取り出して走り出した。

「ダーシャン殿下、いつのまにセイラン聖女とそんな話をしたのですか?」

 ろんな目を向けてくるムーレット導師に視線を向けずに、俺は言った。

「そんなことより、導師も証人の一人になってもらいたいから、アーグを追いかけるぞ」

 たまにセイランと酒盛りしているなんて言ったら、こいつは絶対じゃしに来る。

 だから、絶対にそのことは教えてたまるか。

 俺はムーレット導師の肩をポンッと叩くとアーグを追いかけた。

 きっとセイランのいる新緑の神殿に向かったはずだ。

 だが、新緑の神殿では人が少ない。

だれからものがれができないぐらい人がいる場所でプロポーズさせてやりたい。ムーレット導師、エルマ嬢を人の多い場所に移動させられるか?」

 走りながら、ムーレット導師に聞けば、ムーレット導師はニヤリと口角を上げた。

「私を誰だと思っているのです? 王立庭園のふんすい前集合ですよ」

 そう言ったのと、ムーレット導師の姿が消えたのは一緒だった。

 とにかく、ムーレット導師にたのんだからエルマ嬢は心配ない。

 アーグを上手うまいこと王立庭園の噴水前にゆうどうしなくては。

 王立庭園は貴族以外のいっぱんしょみんにも開放している公共せつで噴水前は格好のデートスポットだから確実に人がいるし、庭園で散歩をしている人の目にも留まる。

 どうか、幼馴染が好きな人にプロポーズできますように。

 どうか、当たってくだってしまいませんように。

 俺は走りながらそんなことを思っていた。


◆◇◆


 アーグにようやく追いついたのは、新緑の神殿の手前の長いろうだった。

 アーグの前にはヒメカ聖女とエリザベート嬢が立ちはだかっていて、前に進めないようだった。

「ちょっと話をしたいだけじゃない!」

「あまりお時間は取らせませんわ。この書類にサインだけしてくださればいいのですから」

 女性二人からられ、どうようするアーグに俺は声をかけた。

「アーグ、何をしている。こっちに来い」

 俺と彼女達をこうに見たアーグが俺の方に歩き出すと、何故なぜか二人がついてくる。

「ダーシャンは今からどこに行くの? 私も着いて行っていい?」

 まばたきをパチパチとしながらうわづかいに見つめてくるヒメカ聖女をうざったく感じながら、俺は速い足取りで歩いた。

「急ぎますので」

 結構な速度で歩いているのについてくるヒメカ聖女に半ば感心しながらも、アーグを見れば暗くうつむきながらも俺について来ている。

 その後ろを遅れてエリザベート嬢が走ってついて来ている。

「ダーシャン様」

 アーグに名を呼ばれた。

「俺を信じてだまって着いて来い」

 俺の言葉に、アーグは何かを察知したのか、顔を上げた。

 そして、何やら話しかけてくるヒメカ聖女を無視して歩き続けた。

 王立庭園にたどり着く頃にはヒメカ聖女もエリザベート嬢も肩で息をしていた。

 アーグですらろうの色が見える。

 噴水の周りには人がたくさんいて、カップルや親子連れが目立つ。

 その中に、赤いかみが見えた。

 俺は、そこに向かって歩く。

 ムーレット導師も近くにいるのがようやく分かるぐらい近づいた瞬間。

「エルマ嬢!」

 真横でアーグがさけんだ。

 頭が痛くなるぐらいでかい声に驚くも、俺の後ろからエルマ嬢に向かって走るアーグの背中に『がんれ』と無言のエールを送る。

「文官になった日、きんちょうたおれそうになった僕を心配してくれたエルマ嬢を、あの日からずっとお慕いしていました。どうか、僕と結婚してください」

 エピソードは情けないが、実直なプロポーズに周りがかたを吞んで見守る。

「えっ?」

 エルマ嬢は真っ赤な顔で、聞き返す声も裏返ってしまっていた。

「フってくださっても構いません。でも、僕は貴女あなた以外と結婚したくない。だから、フラれたら一生独り身でいます」

 そう言いながら、アーグはポケットから箱を取り出して開けた。

 中にはキラキラとかがやくルビーの指輪が入っていた。

「受け取っていただけませんか?」

 たくさんの人に見られながら、エルマ嬢は不安そうにセイランの顔を見た。

 セイランはあいに満ちた顔でゆっくりと頷いた。

 そんなセイランを見て、エルマ嬢はおずおずと指輪の入った箱を受け取った。

 その瞬間、周りでアーグのプロポーズを見ていた人達がいっせいはくしゅと祝福の言葉をかけた。

 アーグもかんきわまったように、エルマ嬢をきしめた。

 幸せな光景に、俺の口元がゆるむ。

 アーグ達の横でセイランが笑い、同時になみだあふれた。

 セイランのうれし涙が、あまりに美しくて俺は目をうばわれたのだった。

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