女性の憧れ?


 一ヵ月も過ぎれば、森での暮らしも慣れたものだ。

 楽しいスローライフをまんきつしていたそんなある日、ムーレット導師が申し訳なさそうにやって来た。

 毎日のように家にお茶をしに来るムーレット導師だが、こんな顔は初めてだ。

「セイラン聖女、お願いがあるのですが」

 言いにくそうに切り出した話は至ってシンプルだった。

「一度城にもどっていただけないでしょうか?」

 ムーレット導師の話によると、だんであればムーレット導師が作り上げた私のげんえいが私のフリをしてくれているのだが、別の導師が疑いを持ち始めてしまったのだという。

つうの導師なら私の幻影に気づくこともないのですが、導師の中でも私の次に力があると言われているダビダラ導師に疑われていまして……ダビダラ導師は幻影についての研究もしている導師のため、いずれ幻影だとバレてしまうと思うのです」

 ムーレット導師のふんから言って、ダビダラ導師とは仲が良くないのだろう。

 ああ、ばつ争いのもう一人の導師がダビダラ導師なのかもしれない。

 ムーレット導師にはいつもお世話になっているし、街の様子を知れば知るほど聖女の仕事の重要性をかくにんできた。

 街の治安はいいのだが、街の外はものも多く出るし食べ物は全て街の外で育てているようで、日によって作物が取れたり取れなかったり、最悪れてしまうのだとなげいていた。

 私も作物が良く育つようにおいのりしたりもするが、じょうされるのは家の周りだけだ。

 国を守るために必要なのがしん殿でんらしい、と調味料屋のおばあさんが教えてくれた。

 神殿は聖女様の力を最大限にぞうふくさせる力がある場所に建てられていて、そこで歌ったりおどったりすれば国を守ることができるらしい。

 一番効果が大きいのが月の神殿だとも教えてもらった。

 新緑の神殿はほうじょうの力が強いとも教えてくれた。

 エリザベートさんに教えてもらうよりも、もっと大事なことを調味料屋のお婆さんが教えてくれるのが不思議だ。

「こちらのわがままに付き合ってもらうのはしのびないのですが」

だいじょうですよ。戻ります。それに、街の人達と話してみて思ったんです」

「?」

 首をかしげるムーレット導師に思わずがおを向ける。

「この街の人達に幸せに暮らしてほしいって。だから、私にできることはなるべくやってみたいと思い始めていたんです」

 みなの暮らしが私のちょっとした決意で少しでも豊かになってくれたら、私も幸せになれると確信したから、神殿に戻ろうと思えるし、めんどうになったらヒメカ聖女をたたえて、全てヒメカ聖女がしてくれたことだと言い張ればいい。

 それに、ムーレット導師にはいつもお世話になっているから。

「本当ですか? 助かります」

 ムーレット導師は、ホッとした顔をかくすことなく見せてくれた。

 こうしてその日からしばらくの間、新緑の神殿に行くことになった。

 あの場所に戻るなら、かくを決めよう。

 ブラックぎょうに立ち向かうのだと、私は心に決めたのだった。


◇◆◇


 ムーレット導師に聞いた話では、身代わりの私は体調不良を言い訳に寝たきり状態だったようで、身代わりも着たことのない聖女の服を今日初めて着ることになった。

 赤いウィッグにピンクとスカイブルーのカラーコンタクトをし、神聖なる月をイメージしたという白地に金のしゅうほどこされた聖女の服を着せられ、私は神殿の中の自室の鏡の前に立っていた。

 はっきり言って似合わない。

 芋ジャージでなくなった時点で、セイランのコスプレとは違うものになってしまったし、眼鏡は似合わないから外すとしても、ビビットなかみ色とひとみの色は変えられないし、白い服との相性は最悪だと思う。

 まだルルハのパステルピンクの髪とピンクの瞳の方がこの服には合いそうだ。

「この服じゃなくちゃダメですか?」

「ダメです」

 私にこの服を着るように持って来たじょさんが無表情のままかぶるぐらいの勢いで否定された。

「ヒメカ聖女は似合いそうですよね」

 彼女は白が似合いそうだ。

「似合っても……いえ、何でもありません」

 何だかふくみのある言い方の侍女さんに私は笑顔を向けた。

「ヒメカ聖女が苦手ですか?」

「……」

 さらに顔色の悪くなる侍女さん。

 何だか悪いことを言ってしまったようだ。

「何か変なこと聞いてしまってごめんなさい。ほら、何故なぜわからないけどこの人苦手だなぁって思うこともあると思っただけなんです。私がエリザベートさんを苦手だと思うのといっしょかな? って」

 私の苦笑いを見た侍女さんはおずおずと口を開いた。

「エリザベートさんを苦手じゃない人なんて普通いませんよ」

 どうやら、エリザベートさんは前の会社の上司のような存在らしい。

「いますよね。組織には一人ぐらいそういう人」

 侍女さんは私が共感したのがうれしかったのか、安心したような笑顔になった。

「お名前聞いてもいいですか?」

「エルマと申します」

 エルマさんはれいな姿勢で頭を下げた。

かしこまらなくて大丈夫ですよ! それにこれからお願いをしようとしている下心のある私に頭なんて下げないでください」

 おどろいた顔をするエルマさんに私はニヤリと笑ってみせた。

「私は、大したことのできる立場では」

「立場とか関係ないです」

 私はエルマさんの手をギュッとにぎり、引っ張るとソファーに座らせた。

「仕事中でいそがしい貴女あなたを無理矢理お茶にさそう作戦なんですから」

 オロオロするエルマさんをに、私は彼女の前にお茶を用意した。

 前の会社でお茶みをよくさせられていたから、味には自信がある。

 それに、歴代の聖女様のだれかのえいきょうなのか、この世界には緑茶が存在している。

 日本人なら緑茶でしょ!

 おおかもしれないが、私だけってことはないはずだ。

「さあ、どうぞ」

 エルマさんはしばらく緑茶を見つめていたが、ゆっくりとした仕草で飲み始めた。

「侍女って大変なお仕事ですよね。尊敬しちゃうな」

「そんな」

「今は私達二人きりですし、とかあったら聞きたいな〜私もエリザベートさんの愚痴が言いたいし」

 そんな私の言葉に、エルマさんはクスクスと笑った。

「私、愚痴り出したら止まらないので、聖女様も覚悟してくださいね」

 こうして私はエルマさんと仲良くなることに成功した。


◇◆◇


 エルマさんは色々な愚痴と共に様々な情報をくれた。

 エリザベートさんがダビダラ導師のむすめだということや、ヒメカ聖女が自分をチヤホヤしてくれない侍女を次々とかいしているとか。

 エルマさんのお姉さんもその一人だったらしく、聖女に配属されると聞いてだいぶけいかいしていたらしい。

「私の配属先がセイラン様で本当に良かったです」

「ありがとうございます。あの、お姉さんは大丈夫なんですか?」

 私の質問に、エルマさんは苦笑いをかべた。

「姉はけっこんしました」

「へ?」

「ヒメカ聖女の侍女をめさせられる日に、ずっと好きだっただんの方に告白してトントンびょうに結婚してしまいました。妹の私が言うのも何ですが、要領のいい人なんです。それに、美人だし」

 お姉さんの話を愚痴っぽく話しているエルマさんの表情は、決してうらやんだりうとましく思ったりしているものではなく、愛があるから言える雰囲気のある、はにかんだ笑顔だった。

「エルマさんだって美人じゃないですか」

「いえ、そんな。私、目元がキツくて意地悪そうな顔に見えるんです。姉と並ぶと更にキツく見えるみたいで」

 目元が少し上がっているから気が強そうに見えてしまうのは解る。

「そんなのメイクでどうにでもできますよ」

 私は手持ちのメイク道具を取り出してエルマさんにメイク講座を始めた。

 コスプレする者が本気を出したら、ティッシュ一枚で傷口だってちょちょいのちょいで作れてしまえるぐらいなのだから、目元をやわらかな印象にするなんてもっと簡単である。

「さあ、どうですか?」

 クールビューティーな印象のエルマさんの目元にタレ目がちの愛されメイクをほどこせば、可愛かわいい雰囲気を出せた。

 あまり変わりすぎて、しょうを落とした時にだと言われない程度におさえている。

 もちろんとくしゅメイクばりのメイクだってがんればできるが、今はその時ではない。

「す、凄いです」

 喜ぶエルマさんにメイクのコツを話して、次から自分でもできるようにレクチャーしてあげた。

 自分でするコスプレも勿論大好きだが、他人にメイクをしてあげて喜ばれるのも本当に楽しいし、喜んでもらえたら幸せになれてしまう。

 その日以来、セイラン聖女の侍女になると美人になれるといううわさがまことしやかにささやかれるようになったことを、その時の私は知るよしもなかった。


◇◆◇


 エルマさんにメイク指導をしてから、新緑の神殿で働く人達が私にやさしくしてくれるようになった。

 今まで、姿すら確認できていなかった人達がそうに来てくれたり、あいさつをしてくれるようになったのだ。

「それはきっと、ヒメカ聖女のせいだな」

 その日は、新緑の神殿に戻って来たことで、久しぶりにダーシャン様と月夜の庭で酒盛りしながらきんきょう報告会をしていた。

「何故ヒメカ聖女のせい?」

 ダーシャン様はおつまみのチーズを口に入れ、それが口からなくなるとうなずきながら続けた。

「確か、『一流の使用人は主人に気配をさとられてはダメなの知らないの〜』って言ったことで、神殿に使えるものは気配を消さなくてはならない! みたいなおれが出たって聞いた気がする」

 ダーシャン様がりでヒメカ聖女のモノマネをしてくれて、話が上手うまく入ってこなかったが、理解した。

 理解はしたけど、まず、笑っていいだろうか?

かたがプルプルしてるぞ」

 ダーシャン様のてきに私はせいだいし笑ってしまった。

「笑いすぎだ」

「だって、ダーシャン様のモノマネが上手すぎて、あー無理、おかしい」

「似てただろ」

 くされた顔で口をとがらせるダーシャン様が可愛くて、更に笑ってしまう。

「似てたから笑っちゃうんですよ」

 一国の王太子がこんなコミカルだとは、ダーシャン様が国王になったらきっと楽しい国になるだろう。

「話を戻すが、そんな理由から使用人達ができるだけ人目につかないように働くようになったようだが、最近セイランに気に入られると美しくなれるって噂になってるからな」

「は?」

 私に気に入られると何だって?

「知らないのか? 侍女副長を美しくしたと有名だろ?」

「えっ? 侍女副長って誰ですか?」

 ダーシャン様は首を傾げた。

「ほら、エルマ・ガードリスタだ」

 エルマさんって思った以上にえらい人だったんだ……。

 私は複雑な気持ちを、遠くを見つめることで落ち着かせようとした。

「実際、侍女副長は騎士団の中でも人気が高かったのだが、たかの花というか話しかける勇気のある者はいなかったんだ。それが、とつぜん柔らかな雰囲気になって、元々好きだったやつがあせってるみたいだ」

 私はテーブルにヒジとため息をついた。

「エルマさんとせっかく仲良くなれたのに寿ことぶき退社されたら困るな〜」

「退社はしないんじゃないか? 侍女副長はセイランのらしさを布教してまわっているみたいだし、侍女を大事にしてもらって嬉しいと言っていたそうだぞ。ラグナスに聞いた」

 ラグナスさんは誰にでもフレンドリーだから、美人のエルマさんにもおくれせずに話しかけている姿が想像できる。

「ラグナスさんって直ぐプロポーズしてきますけど、エルマさんにも言ってるんですかね?」

 ダーシャン様が思いっきり口に含んだお酒を吹き出していた。

「大丈夫ですか?」

 あわてて背中をさすってあげる。

「プロポーズ?」

 えっ? そこ?

 私が苦笑いを浮かべると、ダーシャン様はガバッと私の肩をつかんだ。

「何て返したんだ?」

「えっ? 普通に返しましたよ」

「ふ、普通?」

 何だか複雑な顔をするダーシャン様の背中をバシバシたたいた。

「普通にプロポーズに憧れているので、ふざけて言うものではないってしかりましたよ」

 ダーシャン様は目をパチパチとしばたたいた。

「そういうものか?」

「ダーシャン様、私だけではないですよ! 女性というのはプロポーズがてきだと本当に嬉しいんですから、ダーシャン様も好きな人ができたら素敵なプロポーズをしてあげてくださいよ」

 私の力の入った物言いにダーシャン様はぜんとしていた。

「自分にはとうてい考えられないようなプロポーズをしてもらえたら、きっとそのことを思い出すたびに幸せな気分になれると思うんですよ」

 私には憧れがある。

 プロポーズどうこうも勿論だが、『幸せな家庭』ってものに対しての。

 しんせきの集まりでとしはなれた従姉妹いとこがプロポーズされた話を聞いた時に、周りまでみんな笑顔になってその話を聞いた。

 幸せのおすそけをもらった気分だった。

 その従姉妹の家庭はいつも幸せそうで、憧れだった。

 プロポーズは、その『幸せな家庭』の第一歩のようなものだと思っている。

 相手をどれだけ幸せにしたいか? 結婚することで自分がどれだけ幸せになれるかを形にするのがプロポーズなんじゃないか?

「勿論、派手なプロポーズに憧れているとかじゃなくて、気持ちを感じられるようなプロポーズに憧れるんです。これ、テストに出ますよ」

 茶目っ気を出しながらそう言えば、ダーシャン様はカクカクとした動きで頷いてくれた。

「そういうものなんだな」

 めるようにつぶやくダーシャン様に私はクスクス笑った。

「女性って人の幸せの話を聞くだけでも、嬉しい気分になれるんですよ。だから、ダーシャン様も来るべき時が来たら頑張ってくださいね!」

 私はダーシャン様のグラスにお酒を注ぎながらそう言った。

「勉強になる」

 そんな他愛のない話をしながら、私達は酒盛りをするのだった。


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