女性の憧れ?
一ヵ月も過ぎれば、森での暮らしも慣れたものだ。
楽しいスローライフを
毎日のように家にお茶をしに来るムーレット導師だが、こんな顔は初めてだ。
「セイラン聖女、お願いがあるのですが」
言いにくそうに切り出した話は至ってシンプルだった。
「一度城に
ムーレット導師の話によると、
「
ムーレット導師の
ああ、
ムーレット導師にはいつもお世話になっているし、街の様子を知れば知るほど聖女の仕事の重要性を
街の治安はいいのだが、街の外は
私も作物が良く育つようにお
国を守るために必要なのが
神殿は聖女様の力を最大限に
一番効果が大きいのが月の神殿だとも教えてもらった。
新緑の神殿は
エリザベートさんに教えてもらうよりも、もっと大事なことを調味料屋のお婆さんが教えてくれるのが不思議だ。
「こちらの
「
「?」
首を
「この街の人達に幸せに暮らしてほしいって。だから、私にできることはなるべくやってみたいと思い始めていたんです」
それに、ムーレット導師にはいつもお世話になっているから。
「本当ですか? 助かります」
ムーレット導師は、ホッとした顔を
こうしてその日からしばらくの間、新緑の神殿に行くことになった。
あの場所に戻るなら、
ブラック
◇◆◇
ムーレット導師に聞いた話では、身代わりの私は体調不良を言い訳に寝たきり状態だったようで、身代わりも着たことのない聖女の服を今日初めて着ることになった。
赤いウィッグにピンクとスカイブルーのカラーコンタクトをし、神聖なる月をイメージしたという白地に金の
はっきり言って似合わない。
芋ジャージでなくなった時点で、セイランのコスプレとは違うものになってしまったし、眼鏡は似合わないから外すとしても、ビビットな
まだルルハのパステルピンクの髪とピンクの瞳の方がこの服には合いそうだ。
「この服じゃなくちゃダメですか?」
「ダメです」
私にこの服を着るように持って来た
「ヒメカ聖女は似合いそうですよね」
彼女は白が似合いそうだ。
「似合っても……いえ、何でもありません」
何だか
「ヒメカ聖女が苦手ですか?」
「……」
何だか悪いことを言ってしまったようだ。
「何か変なこと聞いてしまってごめんなさい。ほら、
私の苦笑いを見た侍女さんはおずおずと口を開いた。
「エリザベートさんを苦手じゃない人なんて普通いませんよ」
どうやら、エリザベートさんは前の会社の上司のような存在らしい。
「いますよね。組織には一人ぐらいそういう人」
侍女さんは私が共感したのが
「お名前聞いてもいいですか?」
「エルマと申します」
エルマさんは
「
「私は、大したことのできる立場では」
「立場とか関係ないです」
私はエルマさんの手をギュッと
「仕事中で
オロオロするエルマさんを
前の会社でお茶
それに、歴代の聖女様の
日本人なら緑茶でしょ!
「さあ、どうぞ」
エルマさんはしばらく緑茶を見つめていたが、ゆっくりとした仕草で飲み始めた。
「侍女って大変なお仕事ですよね。尊敬しちゃうな」
「そんな」
「今は私達二人きりですし、
そんな私の言葉に、エルマさんはクスクスと笑った。
「私、愚痴り出したら止まらないので、聖女様も覚悟してくださいね」
こうして私はエルマさんと仲良くなることに成功した。
◇◆◇
エルマさんは色々な愚痴と共に様々な情報をくれた。
エリザベートさんがダビダラ導師の
エルマさんのお姉さんもその一人だったらしく、聖女に配属されると聞いてだいぶ
「私の配属先がセイラン様で本当に良かったです」
「ありがとうございます。あの、お姉さんは大丈夫なんですか?」
私の質問に、エルマさんは苦笑いを
「姉は
「へ?」
「ヒメカ聖女の侍女を
お姉さんの話を愚痴っぽく話しているエルマさんの表情は、決して
「エルマさんだって美人じゃないですか」
「いえ、そんな。私、目元がキツくて意地悪そうな顔に見えるんです。姉と並ぶと更にキツく見えるみたいで」
目元が少し上がっているから気が強そうに見えてしまうのは解る。
「そんなのメイクでどうにでもできますよ」
私は手持ちのメイク道具を取り出してエルマさんにメイク講座を始めた。
コスプレする者が本気を出したら、ティッシュ一枚で傷口だってちょちょいのちょいで作れてしまえるぐらいなのだから、目元を
「さあ、どうですか?」
クールビューティーな印象のエルマさんの目元にタレ目がちの愛されメイクを
あまり変わりすぎて、
「す、凄いです」
喜ぶエルマさんにメイクのコツを話して、次から自分でもできるようにレクチャーしてあげた。
自分でするコスプレも勿論大好きだが、他人にメイクをしてあげて喜ばれるのも本当に楽しいし、喜んでもらえたら幸せになれてしまう。
その日以来、セイラン聖女の侍女になると美人になれるという
◇◆◇
エルマさんにメイク指導をしてから、新緑の神殿で働く人達が私に
今まで、姿すら確認できていなかった人達が
「それはきっと、ヒメカ聖女のせいだな」
その日は、新緑の神殿に戻って来たことで、久しぶりにダーシャン様と月夜の庭で酒盛りしながら
「何故ヒメカ聖女のせい?」
ダーシャン様はおつまみのチーズを口に入れ、それが口からなくなると
「確か、『一流の使用人は主人に気配を
ダーシャン様が
理解はしたけど、まず、笑っていいだろうか?
「
ダーシャン様の
「笑いすぎだ」
「だって、ダーシャン様のモノマネが上手すぎて、あー無理、おかしい」
「似てただろ」
「似てたから笑っちゃうんですよ」
一国の王太子がこんなコミカルだとは、ダーシャン様が国王になったらきっと楽しい国になるだろう。
「話を戻すが、そんな理由から使用人達ができるだけ人目につかないように働くようになったようだが、最近セイランに気に入られると美しくなれるって噂になってるからな」
「は?」
私に気に入られると何だって?
「知らないのか? 侍女副長を美しくしたと有名だろ?」
「えっ? 侍女副長って誰ですか?」
ダーシャン様は首を傾げた。
「ほら、エルマ・ガードリスタだ」
エルマさんって思った以上に
私は複雑な気持ちを、遠くを見つめることで落ち着かせようとした。
「実際、侍女副長は騎士団の中でも人気が高かったのだが、
私はテーブルにヒジとため息をついた。
「エルマさんとせっかく仲良くなれたのに
「退社はしないんじゃないか? 侍女副長はセイランの
ラグナスさんは誰にでもフレンドリーだから、美人のエルマさんにも
「ラグナスさんって直ぐプロポーズしてきますけど、エルマさんにも言ってるんですかね?」
ダーシャン様が思いっきり口に含んだお酒を吹き出していた。
「大丈夫ですか?」
「プロポーズ?」
えっ? そこ?
私が苦笑いを浮かべると、ダーシャン様はガバッと私の肩を
「何て返したんだ?」
「えっ? 普通に返しましたよ」
「ふ、普通?」
何だか複雑な顔をするダーシャン様の背中をバシバシ
「普通にプロポーズに憧れているので、ふざけて言うものではないって
ダーシャン様は目をパチパチと
「そういうものか?」
「ダーシャン様、私だけではないですよ! 女性というのはプロポーズが
私の力の入った物言いにダーシャン様は
「自分には
私には憧れがある。
プロポーズどうこうも勿論だが、『幸せな家庭』ってものに対しての。
幸せのお
その従姉妹の家庭はいつも幸せそうで、憧れだった。
プロポーズは、その『幸せな家庭』の第一歩のようなものだと思っている。
相手をどれだけ幸せにしたいか? 結婚することで自分がどれだけ幸せになれるかを形にするのがプロポーズなんじゃないか?
「勿論、派手なプロポーズに憧れているとかじゃなくて、気持ちを感じられるようなプロポーズに憧れるんです。これ、テストに出ますよ」
茶目っ気を出しながらそう言えば、ダーシャン様はカクカクとした動きで頷いてくれた。
「そういうものなんだな」
「女性って人の幸せの話を聞くだけでも、嬉しい気分になれるんですよ。だから、ダーシャン様も来るべき時が来たら頑張ってくださいね!」
私はダーシャン様のグラスにお酒を注ぎながらそう言った。
「勉強になる」
そんな他愛のない話をしながら、私達は酒盛りをするのだった。
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