森のお家にようこそ


 


 ムーレット導師に案内されたのは暗くておどろおどろしいふんの森で、周りからは常にガサゴソと音がし、そのたびにダーシャン様が様子をうかがうことになるような場所だった。

 実際に生き物がたくさんいて、うさぎのような小さなものから熊のように大きなものまで見られたが、奥に行くにつれて黒い生き物が目立つようになった気がした。

「気味が悪いんでずけど」

 つぶやく私に、ムーレット導師はクスクスと笑った。

「仕方がないのですよ。ここにはずいぶん長らく聖女の力がかいにゅうしていないので魔素がまる一方なのです」

「魔素?」

 私が首をかしげると、ムーレット導師はサッと前を向き、チッと舌打ちをしたように見えた。

「今、舌打ちしました?」



「気のせいでは? そんなことより、エリザベートじょうは魔素についての話はいっさいしていないのですか?」

「はい。初めて聞きました」

 エリザベートさんは、『私の言う通りにやればいい』しか言わなかったから、魔素と言う言葉すらはじめましてである。

 私がはっきりとうなずくと、また舌打ちのような音がした。

「舌打ちしてますよね?」

「気のせいですよ。では、何故なぜ聖女がこの世界に必要かも聞いていないのですね」

「はい」

 元気よく返事をすれば、後ろを歩いていたダーシャン様がため息をついた。

「そりゃ、げるわな」

 ムーレット導師はしばらく遠くを見つめてから、やさしいこわで説明をしてくれた。

「この世界にはりょくというものが至るところに存在しています。魔力は人や動物などが使うことによって常に消費されます」

ほうにするってことですか?」

 私が聞けば、ムーレット導師はパチパチとはくしゅをしてくれた。

「正解です。魔法として消費するのです。ですが、だれにでも魔法が使えるかと言ったら違います。ちょっとした魔法を使える人はいますが、魔力は常にき出しているため、使いきることは不可能と言って過言ではないのです」

 私はサッと右手を高く上げた。

「ハイ。では、使いきれなかった魔力はどうなるんですか?」

い質問ですね。使いきれなかった魔力が魔素になるのです」

 魔素が溜まったからおどろおどろしい森になるってこと?

「魔素になってしまった魔力は使えないのですか?」

「そうです。その上、魔素に長く当たっているとものになってしまうこともあります」

「大変じゃないですか」

「そう。大変なのです。そこで、聖女様の出番になります」

 聖女は歌とおどりでじょうをするってことだけは聞いていた。

「歌って踊ると魔素が魔力になるのですか?」

しいですね。正解は、聖女様の歌と踊りで魔力も魔素も空に持っていくのだと言われています」

 空に持っていく? 日本の伝統的なじゅもんの『痛いの痛いの飛んでいけ~』みたいに、魔力も魔素も空に飛んで行け~ってするのを、ふと考えてしまった。

「だから、聖女様は月の神ルルーチェフの加護を持ってやって来るのだと言われているんですよ」

 ああ、しょうかんされた時に言っていた神様が月の神なら、空と言うより月に魔力や魔素を送るのが正解なんじゃないだろうか?

「魔素がまっていたから、何も生えていなかった新緑のしん殿でん植物が魔素がなくなって本来の長さまで成長した。って感じですか?」

「セイラン聖女は一を聞いて十を知る才女でらっしゃいますね」

「私が住んでいた世界には異世界に飛ばされた人の本がたくさんあって、似たような話を読んだことがあるだけです」

「そんなぶんけんがあるのですか。らしい」

 うん。ラノベという名の文献です。

「なので、私が才女ってわけではないですから」

「ごけんそんを」

 全然信じていないムーレット導師に私は苦笑いをかべることしかできなかった。

 その後、どんなに才女じゃないと言っても謙遜だと思っているらしいがおを向けられるだけだった。

 しかも、だいに道のりは険しくなり、口数も明らかに減った。

 主に私だけが。



「さあ、あと少しですよ」

 ムーレット導師はずっと同じことを言っている気がしてならない。

 もう、無理。

 そう思ったしゅんかんとつぜん開けた場所に出た。

 空気もんでいる気がするその場所は、がけしたにあって小さな畑とまるでじょの家のようにつたのからまった小さな家。

 その近くに岩を積んだような場所があり、そこから水があふしている。

「さあ、着きましたよ」

 ムーレット導師は家のドアを開いてくれ、私はおっかなびっくり中をのぞき込んだ。

 中は私が想像していたはいきょでも、見た目通りの魔女の家のようでもなく、カントリー風でれいな家だった。

「ふあ。だんがある!」

 都会のけんそうの中であこがれていたスローライフが、ここでなら簡単にできそうな予感にテンションが上がる。

「暖炉はどんな家にでもあるだろ?」

 ダーシャン様が不思議そうにしている。

「聖女の世界ではとかいうものがあると聞いたことがあります」


ムーレット導師の言葉に苦笑いしてしまった。

「昔はそうだったみたいですけど、うちはなかったですよ」

「いろりとはどんなものか想像もできないのだが?」

 私は、昔祖父と見ていた時代劇を思い出しながら説明をした。

「えっと、家のリビングあたりに穴をって砂か何かを入れてその上でをするみたいなイメージですかね? くしきの魚とかを砂にして焼くのを見たことがあるようなないような」

 囲炉裏なんて、今や観光地の見せ物だったり、高級な旅館のアトラクションのようなあつかいでは?

「火事にならないのか?」

「不思議ですよね。建物が全て木製なのに火事にならないんですよ」

 ダーシャン様はかなりおどろいた顔をした。

「火のようせいに愛される民族なのでしょうね」

 ムーレット導師は何やら、コクコクと頷いていた。

 そんな話をしながら部屋を見て回るうちに、私はあることに気づいた。

ほこり一つないですが、ムーレット導師がおそうしてくださったのですか?」

「いいえ。この辺は妖精がたくさんいるので、綺麗好きなやつが勝手に掃除していくのですよ」

 くつを作る妖精の絵本を昔読んだおくがあるが、あんな感じだろうか?

「ああ、ほら部屋のすみに」

 ムーレット導師が指差した先には、フワフワと毛玉のようなものが浮いていた。

 毛玉は全部で三つ、ピンクと水色と黄緑色でふわふわとてんじょうに近いところを飛んでいた。

「ファンシー」

 思わず呟いてしまった。

「あの子らが、掃除をしてくれてたみたいです」

 ムーレット導師はピョンと飛び上がると、ピンクの毛玉をわしづかみにした。

 乱暴すぎるんじゃないだろうか?

「はい、どうぞ」

 ムーレット導師は私にその毛玉を差し出した。

「あ、どうも」

 反射的に手を出すとその上に毛玉がぽとりと落とされた。

 てのひらに落とされた毛玉はポロポロとなみだを流していた。

 毛玉は今気がついたが、ひとみの色は赤でねこみたいな耳と細長いしっがある。


 なぐさめたい気持ちで、目の前の頭だと思う場所を人差し指ででると、キョトンとした目線を送ってきて可愛かわいい。

「お掃除してくれてありがとう」

 よく見ると所々黒ずんでいる。

 よごれなんて気にしていないとわかるように毛玉に笑顔を向けると、毛玉は掌の上でぴょんぴょんとねた。

 可愛い動きに何だかうれしくなってしまった。

「大して力の強い妖精ではないのに、我が主人様に気に入られるとは生意気な」

 ムーレット導師が何かを呟いていたが、私にはよく聞こえなかった。

「ここまで護衛に来るのは、やはり遠いな」

 ダーシャン様の呟いた言葉はまったくもってその通りであった。

「護衛なら私がしますよ。ダーシャン殿下」

「いや、そう言うわけにはいかない」

 私は前々から思っていたことを、今聞くことにした。

「そう言えば、何で王太子様が聖女の護衛をするんですか? 王太子様ならむしろ護衛対象では?」

 その瞬間、空気がピーンとり詰めた気がした。


 聞いてはいけないことだったのだろうか?

「逃がさないためですよ」

 ムーレット導師がにこやかにぶっそうなことを口にした。

「へ?」

「聖女をおうにしてしまえば、聖女は国からはなれられなくなる。だから、王太子が聖女の護衛につき聖女の心をつかむ必要があるのです」

 ドン引きする私と何故かニコニコしながら説明するムーレット導師を、ダーシャン様はオロオロしながら口をパクパクと動かしていた。

 あれは、言い訳を探しているのかもしれない。

 そう思った瞬間、ダーシャン様はうなれた。

 良い言い訳が思いつかなかったのだろう。

 そんなダーシャン様を慰めるように水色の毛玉が、ダーシャン様の頭の上でポンポンと跳ねていた。

 水色の毛玉は良く見れば犬? みたいな耳とふさふさの尻尾が生えていた。

 もしかしたら、黄緑色の毛玉も動物のような見た目をしているのかもと思い、黄緑色を探すとムーレット導師のかたの上にいた。

 毛玉にしか見えないと思ったら、小さな羽を広げだしたので、鳥のようだ。

 毛玉に気を取られているうちに、ムーレット導師が私の肩をきながらダーシャン様に笑顔を向けた。

「ダーシャン殿下は、王宮におもどりいただいてだいじょうですよ」

 ダーシャン様はグッと息を詰めた後、しんけんな顔をした。

「そういった意味合いがあるのは認めるが、護衛を導師だけに任せるわけにもいかない。王妃とかそういったことを除いてもセイランは良き同士で妹のような……いや、年上だし、姉のような存在だ。責任もあるし俺が守る」

 真剣なまなしで格好良く見えなくもないセリフを言っているのに、頭の上の水色の毛玉が青い瞳を三角にして犬がかくするように尻尾と耳を逆立ているのが可愛くて可愛くて、話に集中できない。

 ムーレット導師の肩にいる毛玉も何故か緑の瞳を細めて胸をそらした感じが見下しているように見える。

 えっ、なんなの? むっちゃ可愛いんだけど。

 思わずニヤニヤしてしまう。

「セイラン、何を笑っている」

「えっ……あ、すみません。妖精さんが可愛くて聞いてませんでした」

 はーっとごうかいにため息をつかれてしまったが、妖精達は嬉しそうに私に飛びついてきた。

 可愛い!!

 両方のほおを水色と黄緑色の毛玉にスリスリされた。

 幸せだと思ってしまった。

「ひゃぁぁぁぁぁモフモフ~~~~」

 ええ、ダーシャン様とムーレット導師にドン引きした顔をされましたよ。

「セイラン聖女はモフモフしたものがお好きなのですか?」

きらいな人います? 仕事につかれた人間はモフモフにやされるでしょ? 私も家ではモフモフの動画とキャンプ動画に癒やされていました」

 まあ、アニメを見る時間以外で、ではあるが。

「モフモフドウガとは?」

 不思議そうなダーシャン様を無視して妖精とたわむれたのは決して説明がめんどうだったわけじゃない。

「キャンプとは何ですか?」

 ムーレット導師の質問に、私は笑顔で答えた。

「野営のことです」

「遠くへ旅に出るのですか?」

 この世界での野営は旅とイコールなのかもしれない。


「庭先にテントを張って焚き火で料理をして夜をあかすだけでもキャンプですよ。らく

としての野営がキャンプです」

 ダーシャン様もムーレット導師も理解できないと言いたそうな顔をしていた。

 私は気にせず毛玉達と戯れ、いいことを思いついた。

 この毛玉達に名前を付けてあげよう。

 ピンクの子の頭を撫でながら、私はぽつり呟いた。

「君達は瞳の色が宝石みたいに綺麗だね」

 私は毛玉達を両手に乗せた。

「君はサンゴで君がルリで君がヒスイって呼んでいいかな?」

 私がピンク水色黄緑の順に頭を指で撫でると、毛玉達はあわく光ったように見えた。

「あー! セイラン聖女何をしてるんですか!!」

 ムーレット導師があわてて私のうでを摑んだ。

 何かダメだっただろうか?

 腕を摑まれた反動で、毛玉達がゆかに落ちてしまい、あせってしまう。

 毛玉達は床に落ちるちゅうで、それぞれピンク色の猫と水色のおおかみと黄緑色のふくろうに姿を変えた。

「変身までできるなんて、妖精って可愛い」


 はしゃぐ私の手を摑んだままのムーレット導師が深いため息をついた。

「違います。セイラン聖女がこの者達に名をあたえたせいで、妖精が力を持ってしまったの

です」

 あきがおのムーレット導師をに、猫になった妖精は私の足にり、狼になった妖精は私の手を鼻で押して撫でてほしそうにしていて、梟になったせいれいは私の肩にとまり、顔にもうを押しつける。

 りょくを全て失うほどに可愛い。

「妖精は名をもらうと、姿を変えるのか」

 ダーシャン様が優しく狼の頭を撫でると、狼はダーシャン様の回りをくるくると回って擦り寄る。

 ダーシャン様も嬉しそうに狼の頭を撫で回していて仲良しだ。

「ルリだったか? お前、ひとなつっこくていい子だ」

 完全に犬扱いするダーシャン様をいやがらずに、せいだいに尻尾をるルリが可愛い。

「ダーシャン殿下、ルリはけものではなく妖精だということをお忘れではないですか?」

 ムーレット導師と同調するように梟のヒスイが頷いている。

 私は猫のサンゴを腕に抱きかかえた。

「あっで、話は戻るのですが、ダーシャン様も王太子の仕事があるし、ムーレット導師も導師の仕事があるでしょ。だから、護衛はいりませんよ。ただ、一人ぼっちはさびしいので、たまに遊びに来てくれたら嬉しいですけど」

 ダーシャン様は何と言ったらいいのか分からないようで口を引き結んだ。

「セイラン聖女、こちらに来ていただけますか?」

 そんな中、ムーレット導師がやわらかに私をうながしたのは家の奥だった。

 連れて行かれたのは色とりどりのとびらのある部屋だった。

「こちらの白い扉を、開いてみていただけますか?」

 私はおそる恐る、言われた白い扉を開いた。

 そこは、新緑の神殿の私の部屋だった。

 訳がわからず扉を閉めるとムーレット導師がクスクスと笑った。

「これで、神殿のセイラン聖女の部屋とこの扉がつながりました。白い扉が神殿です。こちらの青い扉は先に私が開きます」

 そう言ってムーレット導師が開いたドアを通るとそこはどこかの路地裏のような場所で、一本先の道でザワザワとせわしなく人がうのが見えた。

「街?」

 私はぐさま青い扉に戻りムーレット導師の顔を見た。

「これでこの扉は街に繫がりました。他に行きたいところはありますか?」

「こんな便利なものがあるのですか?」

 アニメでしか見たことのない『あったらいいな~』が目の前にある気がしてビックリする私。

 それを、慈愛に満ちた顔で見つめるムーレット導師。

「この扉は初代聖女様が作った魔法の扉です。神聖力の高い者にしか使えない扉で、初代聖女様以外では初めて、使える聖女様を見ましたよ」

 そうやって言われると、私って結構すごい力を持っているのかもしれない。

「再度聞きますが、他に行きたいところはありますか?」

 ムーレット導師に聞かれた言葉に最初に思い浮かんだのは、元いた世界の私の部屋だっ

た。

 でも、もうあの部屋すら私の部屋ではないし、行きたい場所など思い浮かばない。

「……行きたい場所……一個も思い浮かばないです」

 たんに自分がつまらない人間に思えて何だか泣きたくなる。

「セイランはここに来て、まだ日が浅いんだ。行きたいと思える場所なんて知らないだろ?」

 ダーシャン様の言葉はぶっきらぼうだったが、私をづかってくれているのが明白だった。

「何だか気を使わせちゃいましたね」

「当たり前のことだろ」

 ダーシャン様はニカッと笑った。

 そんな気遣いに嬉しくなってしまう。

「ダーシャン様は憧れのお兄ちゃんって感じです」

 実際の兄なんかより、よっぽどてきなお兄ちゃんだ。

「兄に対して良いイメージがないから喜んでいいのか困るな」

 苦笑いするダーシャン様もダメ兄を持つ人だったと笑ってしまった。



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