新生活を始めます

 



【画像】


 あの後、護衛に残ると言うダーシャン様を送り返そうとするムーレット様をどうにか説得して城に帰ってもらった。

 もちろん、あの森の中を歩いて帰るのは可哀想かわいそうだから、白いとびらから帰ってもらった。

 あの扉があるなら、あのきょを歩く必要はなかったのでは? と思った。

 ムーレット導師にそのことを言えばもし万が一、扉を使えなくなった時に迷子にならずにしん殿でんにたどり着けるようにしたかったのだと教えてくれた。

 ごめん。道なんて覚えてない。とは口がけても言えない。

 二人が帰る前に、三人で街に行き買い物をした。

 この世界のお金を初めて見た。

 物価はかなり安いと思う。

 すいは、就職する前からやっていたから心配はないはずだ。

 街に出てみて一番おどろいたのは人々のかみの色がとてもカラフルだったことだ。

 派手な色もパステルカラーの人もいたが、黒や茶色といった日本にみのある色合いは一人も見当たらなかった。

 ひとみの色もいっしょだ。あの中でコスプレしていなかったら悪目立ちすることこの上ないだろう。

 普段はできるだけセイランのコスプレをして、街に馴染むためには、別のアニメのコスプレにし直すのもいいかもしれないと思った。

 その日はつかれが一気に出て、夕飯も食べずにようせいびきねむりについたのは仕方がなかったと思う。

 次の日、ムーレット導師が朝やって来て不自由はないかと聞いてくれたが、不自由なんてないし楽しくてしょうがない。

 何せあこがれのスローライフを始めたばかりなのだ。

 しかも。ムーレット導師は毎朝様子を見に来てくれるという。

 心配だからそれだけは許してほしいとお願いされた。

 ダーシャン様はどうしているか聞くと、ムーレット導師が作った私のだま人形を護衛するフリをしながら神殿で書類仕事をしているのだという。

 時間を有意義に使っているようで安心した。

 たまに、白い扉をくぐって差し入れするのもいいかもしれない。

 さびしさも、妖精達と一緒に過ごしているせいかあまり感じられない。

 私はスローライフをまんきつしていたのだった。

「あ! ルルハちゃん今日もしんせんなフルーツ入ってるよ」

「お兄さん、どんなフルーツ? 見せて見せて」

 街に行く時の私はフリルのたくさんついたガーリーな服装の『マジカル少女、ルルハル♡ルルハ』の主人公のルルハのコスプレをしている。

 髪色はパステルピンクでポニーテール、瞳も両方ピンクのカラーコンタクトを入れている。

 明るい元気っ子でだれとでもぐに仲良くなってしまうキャラクターのおかげで私も人見知りせずに街に馴染めた気がする。

「ほら、味見してみな。『いちご』っていうめずらしいフルーツだ」

 この世界の野菜や果物は地球と同じめいしょうのものもたくさんある。

 昔から聖女をしょうかんしているからなのか『聖女様の名付けた…』と言われるものもたくさんあって、知ってる名称のものが多いようだ。

美味おいしそうですね。でもいいんですか? 珍しいフルーツなのに味見して」

「ルルハちゃんが美味しそうに食べてくれたら、みんな食べたくなっちゃうからね! ほら一つどうぞ」

 果物屋さんのお兄さんから、いちごをひとつぶもらって口に入れた。

 ほどよい酸味とあまほおに手を当てうなる。

「う〜〜ん。美味しい〜。ジャムにしてもいいかも……どうしよう。買おうかな?」

 しんけんなやんでいる横で何人かがいちごを買って行く。

 もたもたしているうちにいちごは売り切れてしまった。

 残念である。

 まあ、慣れたもののように言っているが、森で暮らすようになってから一週間しかたっていない。

 街の人達はみんなフレンドリーで治安も悪くないように感じる。

 勿論、悪い人がいないわけではないが、からまれたりとかはしないし、絡まれている人も見たことがない。

 何とも平和に見えるが、街の人達に聞けばあまりいい顔はしない。

「街はへいに囲まれているし、だんじゅんかいもあるからねぇ」

 調味料屋のおばあさんがまゆを下げながら説明してくれた。

「街の中はかくてき平和に見えるが、外は別だよ。野菜や果物も魔素にやられて育たなかったりれたりくさったりするし、動物もじゅうしたりで肉の供給もあまりよろしくない。加えて新しい聖女様の力はたるものなのか、手をいてるのか分からないけどもっとがんってしきをしてもらわないといつまでたっても平和にならないねぇ」

 調味料屋のお婆さんは困った困ったと言いながら去って行った。

「ルルハちゃん、こんにちは」

 街の人達と世間話をしながら買い物を続けていると、とつぜん声をかけられた。

 躊躇ためらいもなくかえったことを強くこうかいした。

 そこにいたのはよく声をかけてくれる騎士様とダーシャン様だった。

「あっ、騎士様! こんにちは」

 そして、さよなら〜と言いたいのをまんしてがおを向けた。

 ちょっとごしだったのは、仕方がないと思う。

「ルルハちゃんこの街には慣れた? 困ったこととかない?」

 騎士様がやさしく聞いてくれるが、私はダーシャン様が気になって気が気じゃない。

「え〜と、みなさん優しくしてくれて助かってます。困ったことなんてありません」

 騎士様に話しかけられたのが一番困っている。

「騎士様はお仕事ですよね。頑張ってください」

 ニコニコしながら逃げるタイミングをはかっていると、ダーシャン様が騎士様のかたつかんだ。

「おいラグナス、そろそろ行くぞ」

 こちらをチラッとも見ないダーシャン様ってらしいと思う。

 そのおかげでバレないようで、そのままこっちを向くな〜っと強く念じた。

「国民を気にかけるのも騎士の仕事じゃないですか!」

「お前の場合は下心がけて見える。ひかえろ」

 不満そうな騎士様をにダーシャン様は歩いて行ってしまった。

「あいつ、無愛想なんだよ。許してあげて」

「許すだなんて。おこってませんよ」

「後で文句言われたくないから、行くよ。今日は森にもの退治に行くんだ。明日聖女が森に行くから魔物を先にたおしておくんだって」

 はーっと深いため息をつく騎士様に私は苦笑いをかべた。

「それ、機密情報なんじゃないですか?」

「あっ……ルルハちゃんはそんな情報悪用しないでしょ! 信じてるもん」

 私はニコッと笑って騎士様の手を取ると言った。

「とにかく、しないように頑張ってくださいね」

「う、うん。じゃあ」

 私は手を振って騎士様を送り出した。

 しばらく騎士様達の背中を見送っていた私は背後からうでを摑まれた。

「いやー、この街にこんな可愛かわいい子がいるなんて知らなかったな」

 絵にいたようなチンピラといったふんの男三人が、私を見下ろしていた。

「あの、手を放してもらえませんか?」

 私の手を摑んでいる男がた笑いを浮かべた。

「ええ〜どうしようかな〜?」

 こんなあからさまなチンピラはアニメや映画でしか見たことがない。

「俺達と一緒に来てくれるんなら放してもいいよ」

 手を放してもらったらダッシュで逃げようと思いながらうなずこうとした時、私の腕を摑んでいた男の首元にけんきつけられた。

「何をしている?」

 低くドスのきいた声に、男から小さな悲鳴が聞こえた。

「手を放してやれ」

 男の後ろには、立っているだけで存在感のあるオーラを放つ男。

 ダーシャン様だ。

 見れば調味料屋のお婆さんが、後ろの方で肩を上下させながらゼーハーとあらく息をしながら私にいい笑顔を向けていた。

 わざわざ私を助けてもらうために、ダーシャン様を呼びに行ってくれたのだとわかる。

「この辺は比較的治安がいいと思っていたんだがな、早く手を放せ」

 男はしぶしぶ私の手を放した。

「クソッ」

 私の腕を摑んでいた男とは別の男が、ダーシャン様をねらってたんけんを取り出し投げてきた。

 ダーシャン様はそれを動じることなくたたとし、短剣を投げてきた男にばやく近づき首の後ろを剣のなぐった。

 短剣を投げてきた男は簡単に意識を失い倒れた。

 そんな素早い動きで簡単に武器を持った人を制圧できるなんて、ダーシャン様はやっぱり顔面へんも高いが強さもはんない。

 これは、つうに胸が高鳴る。

だいじょうか?」

 固まる私を心配して、ダーシャン様が私の顔をのぞき込んだ。

「セイラン?」

 バレた!

 私は上手うまい言い訳をしないといけないと思って内心パニックになった。

「あ、いや、ひとちがいだ。何だか雰囲気が似てる気がしたんだが」

 動物的かんなのか? それともしょうだけでは顔は大して変わらないのか? ダーシャン様ならどんな自分になっても気づいてくれるんじゃないかとさっかくしてしまいそうになる。

「とにかく、こいつらは騎士団に任せろ」

 そう言って、ダーシャン様は私に背を向けた。

 これ幸いと、不自然にならないようにダーシャン様にお礼を言ってから家路を急いだ。


◇◆◇


 青い扉をくぐれば、目の前にムーレット導師が立っていた。

「お帰りなさいませセイラン様、それは……変化のほうですか?」

 ルルハのコスプレ姿を見ても驚いた様子のないムーレット導師にこっちが驚いてしまう。

何故なぜ私だと分かったのですか?」

 ムーレット導師はゆう微笑ほほえんだ。

「私はセイラン聖女とけいやくしていますから、それにたましいの色までは変えられないですよ」

 ムーレット導師は妖精だから、魂の色が見えるようだ。

「そんなことより、この家に結界を張った方がいいのではないかと思ってまいりました」

 結界?

 首をかしげる私にムーレット導師は本を差し出した。

 本をパラパラとめくると、どうやらおどりの振り付けの本であることが分かった。

「この踊りでこの辺一体をにんしきできないようにできますよ」

「明日聖女が森に行くと聞いたのですが、そのせいですか?」

 ムーレット導師は困った顔をした。

「ご存知でしたか。ここまでヒメカ聖女が来るなんてことはないでしょうが、護衛の騎士が来ないとも限りませんから、念には念を入れましょう」

 私はムーレット導師の肩をバシバシ叩いた。

「そんな心配そうな顔しないでください。ちゃんと結界張りますから。ただ、街を見て歩いていても平和そうに見えますけど、聖女を森に連れて行くのですか?」

 私の疑問にムーレット導師は答えようとした時、緑のふくろうもといヒスイがムーレット導師の肩に乗った。

 ヒスイはムーレット導師がお気に入りのようで、ムーレット導師の顔にっていた。

「この森の家以外は結構な数の魔物がうろうろしているんですよ。セイラン聖女の聖女の力が強いからか、何故か魔物達はセイラン聖女をけているみたいですけど……心当たりはございませんか?」

 心当たりなんて全くない。

 私がうーんうーん唸りながら考えていると、ヒスイがホーっと一鳴きした。

「なんだって? そう言うことか」

 ムーレット導師はなっとくしたように頷いた。

「ヒスイが何を言っているのか解るんですか?」

「私も妖精ですから。どうやらルリが頑張っているみたいですね」

 朝勝手にお散歩に行って夕方帰って来る水色のおおかみを思い出す。

「近くに寄って来る魔物はルリがっているようです」

 な、なんてゆうしゅうなボディーガードなんだ。

 私が驚いている中、ヒスイがさらにホーホーと鳴いた。

「夜は、ヒスイが警護していると言っています」

 心なしかヒスイが胸を張っているように見える。

「いつもありがとう」

 私が口に出してお礼を言うとヒスイは私の肩に移動してきて私の顔にモフモフのもうを擦りつけてきた。

 可愛いかよ。

「サンゴは……癒やしを与えると言ってます」

「存在するだけで癒やしですよね。分かります!」

 ムーレット導師は納得できないような顔をしていたが、気づかなかったことにした。

 まあ、気を取り直して振り付けの本を読む。

 本自体には三曲分の振り付けが書いてあるようで、棒人間のような絵で分かりやすく書いてある。

 ただ一つ問題があるとすれば、曲が分からないのだ。

「ムーレット導師」

「はい」

 いい笑顔でいい返事をされた。

「曲は?」

「?」

 あからさまに首を傾げられた。

 曲はないのかもしれない。

 私は本を見ながら軽くステップをむことにした。

 頭の中でワン、ツー、スリーとカウントしながらリズムを取る。

 決して難しい振り付けではない。

 あらかたステップをかくにんしてから、私はムーレット導師に笑顔を向けた。

「ちょっとやってみるので、ちがってたら教えてください」

 ムーレット導師に本を預けて、少し距離を取ってかべや家具にぶつからないように気をつけながら意識を集中する。

 また、頭の中でカウントをしながら手の振りも合わせる。

 おくりょくはいい方だから合っているはずだ。

 気持ちよくステップを踏む足元が何だかうっすら光っているような気がしたが、振りを忘れそうなのでやりきった。

 私がゆっくりとおまでして顔を上げると、ムーレット導師の目からなみだあふれて落ちた。

「ムーレット導師?」

「すみません。あまりにも……」

 ポロポロと涙を流すムーレット導師はあまりにも美しくて近寄りがたい雰囲気を出していて、肩に乗ったままだったヒスイが心配そうにムーレット導師の顔を覗き込み、そのくちばしを涙に向かって突きした。

 えも言われぬ悲鳴がひびいたのは言うまでもない。

 ヒスイは目を押さえて転がるムーレット導師から離れて私の肩に乗った。

 気持ち申し訳なさそうにしているから、なぐさめようとしたにちがいない……そうだと信じたい。

 しまいには、目を押さえたまま動かなくなったムーレット様を死んでいないか、確認するはめになった。

「だ、大丈夫ですか?」

「ダメです」

 キッパリとした返事に、怒っていることだけが伝わってきた。

 私は仕方なく目を押さえたままのその手の上に手を置き、いのるような気持ちでつぶやいた。

「え〜と、痛いの痛いの飛んで行け〜」

 すると、明らかに指先が温かくなった。

 もしかして、ただのおまじないが効いてる?

 私は何度もおまじないの言葉を呟きながら目の上にある手をでた。

「どうですか? まだ痛いですか?」

 しばらくおまじないを続けた後に聞けば、ムーレット導師の目はだいぶ良くなったようだった。

 このおまじないも、リズムがあるから歌判定なのかもしれない。

「セイラン聖女、私は数百年生きてきて初めて、こんなに感動しました」

 ムーレット導師がしみじみと語る言葉に、いっしゅん何のことを言っているのか分からなくて首を傾げそうになってしまったが、きっとダンスをめてくれているのだろう。

「ダメなところはありませんでしたか?」

「素晴らしいとしか……言葉が出ません」

 褒め言葉がおおだが、うれしいからその気持ちはありがたく受け取ろう。

「で、本番はどこでやればいいですか?」

「本番?」

 しばらくのちんもくが広がった。

「いや、結界を張る本番」

「もう、張れていますよ?」

 私はあわてて家の外に出た。

 すると、家から百メートルぐらいのはんに薄いピンク色のドーム型のまくがかかっていた。

 あんな音のないダンスでこんなのが張れるなんて。

 信じられない気持ちで頭をかかえてしまう。

「えっ? じゃあ、鼻歌とか歌ったらどうなるの?」

「それはどういった歌でしょう?」

 背後からムーレット導師の声がして、そこで自分が考えていたことを口に出してしまっていたことに気がついた。

「鼻歌とは? 初めて聞く歌です」

 瞳をキラキラとさせたムーレット導師に歌いたくない! は通用するはずもなく、軽く少しだけと約束をして私は鼻歌をろうすることになった。

 かと言って、鼻歌は別に鼻歌という曲なわけではない。

 鼻歌とはハミングである。

 ってことは、何かしらの曲が必要だ。

 私はハミングに適している曲を考えた。

 簡単なもので言えば、CMソングだろう。

 だが、その曲によっては頭から離れなくなり勝手に鼻歌として無意識に歌ってしまう可能性がある。

 私の聖女の力が強いのは何となく理解したつもりだが、無意識の鼻歌なんてどんな効果をおよぼすのか? できることなら鼻歌禁止がとうなはずだ。

 なら、何がいいのか?

 私は悩んだ末にぼう国民的横スクロールゲームのステージソングをハミングすることにした。

 簡単な割に最後まで歌える自信のない雰囲気に丁度良さを感じたからだ。

 最後は穴に落ちた時の効果音的なものにして、短縮もできそうだ。

「じゃあ、少しだけですからね」

 そう前置きをして私はハミングを始めた。

 思い出せるところをとりあえず考えながらハミングしているともっと歌いたいしょうどうられたが、たまれない。

 ムーレット導師が私の目の前にじんり、彼の頭にはヒスイがハミングに合わせて体を左右に振っている。

 ずかしさも相まって、十秒ほどでやめてしまったが、何だか空気が変わった気がした。

 私がムーレット導師の方を見ると、彼の周りに色とりどりの光の玉が飛んでいて、それを気にした様子もなくムーレット導師が音をおさえたはくしゅをしていた。

 拍手は嬉しいが、光の玉の説明がしい。

 光の玉はムーレット導師から離れると私の周りをクルクルとひとしきり飛び、外に向かって消えていった。

「軽快な音楽に低級妖精達が一気に集まってきましたな」

 少し興奮した様子のムーレット導師にじゃっかん引いたのは仕方がないと思う。

「さっきの光の玉が低級妖精なんですか?」

 私が首を傾げると、ムーレット導師がクスクスと笑った。

 わけも分からず笑われるのは気分が悪い。

「何がおかしいのですか?」

 ムーレット導師がコホンとせきばらいをした。

「妖精達はセイラン聖女をかなり気に入って飛び回っていたのにむくわれないものだと思いまして」

 ムーレット導師は気を取り直そうと、深呼吸をした。

 そして、今気づいたと言いたそうな顔をした。

「空気が清められたのがお分かりですか? 軽い病気であれば直ぐに治ってしまいそうですぞ」

 ムーレット導師の言葉から読み取るに、私の鼻歌は空気せいじょう機の機能があるようだ。


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