妖精って本当ですか?


  ダーシャン様とのり飲み会の翌日の朝、しん殿でんおおさわぎになっていた。

 新緑の神殿の中に小さな森ができていたのだからそりゃ、騒ぎにもなる。

「昨日ヒメカ聖女様がこちらの神殿をおとずれ、神歌を歌ってくださったおかげですわ」

 エリザベートさんがこわだかにそう言ってくれたお陰で、私がやったとは思われずに済んだ。

 私以外にダーシャン様も安心したにちがいない。

 森出現のせいもあり、エリザベートさんが私の出来が悪いから指導役をしたくないとをこねているようで、その日、私を訪ねて来る予定の人はいなくなった。

 そのおかげでひまになり、少ない荷物をまとめていると、ダーシャン様がやって来た。

「昨晩はどうも」

 私の言葉にダーシャン様は勢いよく頭を下げた。

「昨夜は兄へのイラつきもあり、愚痴や弱音をいてしまい申し訳ない」

「気にしてませんよ」

 ダーシャン様は何だかおもめた顔をしていた。


「どうかしましたか?」

げるのか?」

 どうやら私がぐに逃げ出すのかかくにんしに来たようだ。

「ええ。今直ぐにってわけではないですけど、その感じだとダーシャン様はいっしょに行くのはやめるみたいですね」

 ダーシャン様はしばらく思い詰めた顔でだまり込み、ゆっくりと口を開いた。

「逃げ出したいのはやまやまだ。これで貴女あなたについて行ったら、国民を導く役目をいずれ兄がすることになる……自分が簡単に投げ出せる話ではない」

 私はクスクスと笑い、ダーシャン様のかたをバシバシたたいた。

「それが分かっているなら、ダーシャン様はいい国王になれます」

 私が叩いたぐらいじゃ痛くも何ともないだろうが、ダーシャン様は私の叩いた肩を軽くでると笑ってくれた。

「でも、私はいずれ逃げますよ。ぼちぼちいっぱん常識も身についてきたし、タイミングもこうりょしてこれから計画を立てて絶対に逃げ出します!」

 そう宣言したしゅんかんとつぜん部屋のドアが勢いよく開いた。

 そこにはムーレット導師がニコニコと笑いながら立っていた。

「逃げる?」



 あつ感があったのと、私の前にダーシャン様がかばうように立ってくれたのは同時だった。

「セイラン聖女、貴女は今逃げるとおっしゃいましたか?」

 ここでひるんでしまっては、逃げ出すことは一生できない気がする。

「はい。私は聖女にはなりません」

「聖女になれば王侯貴族とも対等な地位を得て、衣食住の心配をすることもなく、むしろ何もせずともみつものが送られ、人々のせんぼうの的となれるのですよ」

「魅力的なお話なのでしょうがいっさい興味がありません。できればひっそりと地味に暮らしたいです」

 ムーレット導師はツカツカと私に近づくと、ダーシャン様を押しのけて私の手を両手でしっかりとにぎった。

「やはり、貴女ほど力のある聖女は権力にはおぼれないのか」

 ムーレット導師はキラキラとしたひとみで私を見つめた。

「な、何のことかさっぱりなのですが?」

 私がまどう中、ムーレット導師は私の手をはなすと、ひとまずソファーに座るようにうながしてきた。

「長い話になるので、お茶でも飲みながら話しましょう」

 ムーレット導師はほうを使って、ぎわ良くお茶の準備を始めた。


 空中をティーポットとカップがうかびおちゃのクッキーもどこからともなく現れテーブルの上のお皿に品良く並べられていく。

「セイラン聖女は逃げるとおっしゃっていましたが、行き先はお決まりですかな?」

「いいえ。ひとまずこの場から逃げようかと」

「それはよかった。では、私の家に行きませんか?」

 突然の申し出に私は戸惑った。

「ムーレット導師はどういった場所にお住まいで?」

 私の問いに答えたのはダーシャン様だった。

「導師は城に部屋があるだろ? 家とは?」

 ダーシャン様も何だか戸惑っているように見えた。

「私の家はこの新緑の神殿のさらに奥にあるのです。小さな泉もありますし街に買い物に行くのも苦労しません」

 森の奥なのに街にも近いとは?

「そんな場所があるのですか?」

「はい。妖精の森ですから」

 は? 妖精の森とは?

 私はダーシャン様に視線を移したのだが、ダーシャン様も首をかしげていた。



「妖精のかぎを持った者だけがたどり着ける秘密の森で、その鍵さえあれば街に直通のとびらつなげることができるのです」

 そう言ってムーレット導師は私の手の上にキラキラと光るクリスタルを乗せた。

 水色とむらさきいろからうマーブルカラーでとてもれいだ。

 私がクリスタルに見入っていると、クリスタルは突然ドロリとけて私の手に吸い込ま

れてしまい、あわててムーレット導師の顔を見て更におどろいてしまった。

「ムーレット導師?」

 そこには見知った老人はおらず、モスグリーンの長いかみに金色の瞳をやさしく細める美人がいた。

「これで貴女は私の主人です」

「?」

 言っている意味が分からず首を傾げてしまう。

「私は昔、初代聖女様ともけいやく守護していた妖精です。初代聖女様のように強い力をお持ちのセイラン聖女は妖精と契約をし、その力の一端を分け与えるのが一番制御しやすいはずです」

 ニッコリがおの美人に私は何と答えるのが正解なのだろうか?

もちろん、初代聖女様と契約していた時はまだまだ未熟で、身長も二十センチ程度の小さな妖精でしたが、今は違います。必ず貴女をまもります」

「え〜っと、ムーレット導師はどこに?」

 美人さんはクスクスと声を上げて笑った。

「ここにいるではありませんか」

「え? ムーレット導師なんですか?」

 ムーレット導師のフリをしてやって来た妖精ではないのか?

「何百年も聖女を見てきましたが、貴女は初代聖女様と同じぐらい神聖力が強い上に私と契約したので、私の本来の姿が見えているのでしょう」

 それは私だけ、ムーレット導師が美人に見えているってこと?

「じゃあ、ダーシャン様にはムーレット導師に見えているのですか?」

 不思議そうな顔のダーシャン様にはやはり見えていないようだ。

「あの、ムーレット導師……できることならおじいちゃんの姿に見えてた方が」

「この顔はお気にしませんか?」

 うるうるとした美人のかいりょくに思わず、自分の顔面を両手でおおう。

「いや、美人は目に毒で。その顔面へん高すぎてしんどい」

「美人とは?」

 不思議そうなダーシャン様の声にムーレット導師はまたクスクスと笑った。


「王族の方でも、もう私が妖精族だと知る者は一人も生きていませんからね」

 そう言いながらムーレット導師がパチンっと指を鳴らした。

「うわ!」

 ああ、視覚をいじる魔法か何かをかけたのだろう。

「これは、美人だ」

「あはは、気持ち悪いですよ。こんな見た目でも男ですから」

 ダーシャン様が苦笑いをしている。

「ではそろそろ行きますか」

 ムーレット導師はそう言いながら、ソファーに近づきクッションを一つ手に取ると、何やらモゴモゴとじゅもんを唱えた。

 何が起こるのか、ワクワクする。

 クッションが私そっくりになり、ソファーにポスンと座る。

「しばらくの間騒ぎにならないようにセイラン聖女がいることにしたいですし、万が一人が入って来て怪しまれないよう目を閉じてているようにそうしましょう」

 元クッションの目元をムーレット導師が覆うと目が閉じられた。

 何だか自分の死体を見ているようですごいやだ。

 マジマジと私が見つめると目がカッと開かれた。



 飛び上がるほど驚いた。

 ホラーすぎて本当に嫌だ。

「このヒト動くんですね」

「私がいる時は動かせますよ。ただ、声は出ないですが」

 ムーレット導師はニコニコしていたが、見た感じ気分のいいものではない。

「とりあえず、よろしくお願いします」

 私がその元クッションに軽く頭を下げると、激しくうなずきだしてこわかった。

 おびえる私をに、ムーレット導師が口を開いた。

「これでいい、では行きましょうか」

 こうして私はお城からだっしゅつすることになったのだった。



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