事件は突然に

 


 その日も私は、街に遊びに来ていた。

 いつもと変わらないけんそうけ、調味料を買いに来ていた。

 うれしいことにこの国には、しょうがある。

 昔、聖女様がもたらしてくれた調味料なのだと言う。

 このことに関しては、聖女様様だと思う。

 日本人としては和食が食べられないってだけで死活問題だからだ。

「おや、ルルハちゃんいらっしゃい。今日は何がしいんだい?」

 味噌と醬油をこうに見ていたら、店主のおばあさんが話しかけてきた。

「どうしようかな〜ってなやんでます」

「ゆっくり見ていきな」

 私はえんりょなく店内をウロウロした。

 卵食べたいとか込みうどんが食べたいとか色々迷ってしまう。

 うどんなら見よう見まねでできそうな気がすると思いながら味噌を買うことを決めた。

 そんな時、店の外がさわがしくなったことに気づいた。

「どうしたんだろうね?」

 お婆さんは外を気にして窓から外をのぞいた。

「広場に人が集まっているね」

 街の中心にある広場で何かをやっているようだ。

「ちょっと見てきますよ」

 私はお婆さんにそう言って広場に向かった。

 広場には、ヒメカ聖女と第一王子率いる真っ白いかっちゅうを身にまとったが十人ほどと、ダーシャン様とラグナスさんが口論していた。

 周りは野次馬であふれている。

「あの、何をめているんですか?」

 近くにいた野次馬の一人に聞いてみれば、第一王子達が広場で何かするので見に来いと白い甲冑の人達に呼ばれて来てみたら、第二王子があわててやって来て馬鹿なことをするなと口論を始めたらしい。

「ナルーラもダーシャンも私のために争わないで!」

 ヒメカ聖女のさけびが広場にひびく。

「ヒメカ聖女のためにではなく、街の住民の安全のために言っているのです」

 ダーシャン様の冷えきった冷静な返しに彼の心労がかいえた気がした。

「心配する必要はないと言ったはずだ、何せこれから真の聖女がじきじきじょうの力を国民に見せつけるのですから」

 ヒメカ聖女達の後ろにひかえている甲冑の男の一人が電子レンジほどの大きさのかごのようなものをかかえているのに気がついた。

 人がたくさんいて良く見えないが、何だか黒々としているということは何となく分かる。

「さあ、みなの者! 聖女が今より神秘の力をろうしてくれる。心して見るがいい」

 第一王子の声に今まで彼のうでにしがみついていたヒメカ聖女が集まった人達の中心で歌っておどり出した。

 同じ日本人のならどこかで聞いたことのある人気のアイドル曲をけを完コピして歌うヒメカ聖女はちがいなく可愛かわいい。

 あのアイドルの振り付けってそうなってたんだ。

 少し感動しながら彼女の踊りを見ていたら、さっきの籠に入っていた黒いかたまりが耳をつんくような悲鳴を上げて籠の中から姿を消した。

 すると、周りで一部始終を見ていた人々からかんせいが上がった。

「これで安心して暮らせる」

「さすが聖女様だ」

ものおびえずに暮らせる」

 人々の声にあんの色が見える。

 だが、私からしたら何だかに落ちない。

 ルリがじゅうした時のことを思い出してしまい、もしさっきしょうめつしてしまった黒い物体が元ようせいだったら? とか考えるとない気持ちになった。

 それに、あの黒いものが本当にじゃあくなものだったのだろうか?

「今回の聖女はばんだよ」

 気がつけば、さきほどの調味料屋のお婆さんが私の横に立ってそうつぶやいていた。

「というか、あれは本当に魔物だったのかね?」

 周りはかんふるえていたが、お婆さんは一人いきどおりを感じているようだった。

「ルルハちゃん。あんなのほっといてお店にもどろう」

 やさしい顔で私の腕をつかむと、お婆さんは店までエスコートしてくれた。

 店に入っても聞こえる街の人達の歓声にお婆さんは深いため息をついた。

「あの中でまともだったのは第二王子と副団長とルルハちゃんだけだなんて、本当に情けない話だね」

 お婆さんは私にお茶を出しながら文句が止まらない。

「私はね、小さいころから味噌や醬油をあつかう店のむすめだったから、前聖女様ともかおみだったんだよ」

 おちゃけに胡瓜きゅうりしおみしたものも出してくれた。

「前聖女様はこれが好きでね」

 昔をなつかしむお婆さんに、私はがおを向けた。

「私は胡瓜に味噌を付けて食べるのが好きです」

 お婆さんはキョトンとした顔をした。

「それはやったことがないね」

美味おいしいですよ」

 そんな世間話にお婆さんはクスクス笑ってくれた。

「ルルハちゃんみたいな子が聖女なら何も問題ないんだけどね」

 私が首をかしげると、お婆さんは困ったような顔した。

「この街はね、二代前の聖女様が張った結界の中にある街なんだよ。それがどういうことか分かるかい?」

 私は腕を組んでしばらく考えた。

「魔物は入れないんじゃないんですか?」

 お婆さんはフンっと鼻で笑った。

「その通り、ということは、さっきのは魔物でないか、結界がなくなってしまったかのどっちかということだ」

 えっ、それって一大事じゃないか?

「結界」

 森の家に張った結界を思い出してみても、あのダンスをどれだけ踊れば街全体をおおうほどの結界が作れるのか、見当もつかない。

「お婆さん、前の聖女様のお話もっと聞かせて」

 私がたのむと、お婆さんは優しく微笑ほほえんだ。

「前の聖女様は今の国王の母親だ。優しくてそれでいてしんの強い人で、元はさいしょう様といいふんだったんだよ」

 そ、それは王宮スキャンダル的な話では?

「宰相様はエルフの血筋だったから美しいし話は上手うまいし寄ってくる女は星の数ほどいてね、聖女様は宰相様を思い続ける気がなくなってしまったんだよ」

 何ともゴシップ誌に書かれていそうな展開に私は胡瓜とお茶を口にしながら聞き入った。

「そんな聖女様の側にいつもってくれたのが、前国王様でね。好きな女のためなら身を引くつもりだったが、君が悲しむなら話は別だ。俺に君を幸せにする権利をもらえないだろうか? ってプロポーズしたんだってさ」

「なにそれてき!!」

 私にはえんの展開だが、まんや映画やゲームで出てくるような胸キュン展開なんてつうあこがれる。

「宰相様は前聖女様が死ぬまで、やり直してほしいとこんがんしていたようだけど前聖女様はいまさら都合のいいことばかり言ってないで国のために仕事をしろとせっつくだけだった。前国王様はだれよりも前聖女様を愛していたからね」

 はー、いい話を聞けた。

 聖女とは国に利用されるためにしょうかんされた都合のいい存在として扱われるのではなく、幸せにしてもらえている人がちゃんといる。

 少し安心した。

「さっきの広場にいた聖女様は前聖女様と似たようなかみの色に目の色だったから前聖女様の生まれ変わりのように思っていたけど、ちょっと思い込みの激しいタイプみたいだね」

 あきがおのお婆さんに私は思わず笑ってしまった。

「まあ、世間話はこれくらいにして、さっきの黒いのが何だったのか、ちゃんと調査してほしいものだよ」

 私は先程ヒメカ聖女が歌って踊っていたのを思い出していた。

 決して下手ではない。

 いや、歌は踊りながらだったし、ちょっと下手かもしれないが、踊りはかんぺきだったと思う。

 あれが本当に浄化の踊りだったのかはよく分からないが、効果はあるのだろう。

 実際、黒いものは彼女の歌と踊りで消えたのだから。

「……私、そろそろ帰りますね。あ、それと、いやでなかったらまた前聖女様のお話を聞かせてください」

「ああ、いいよ」

 お婆さんは私に醬油と味噌をわたしてくれた。

「あ、お金」

「それは味見用だよ。次はどっちを買うか決めておいで」

 私はお婆さんの優しさに感激してしまい、かんきわまってお婆さんをきしめたのだった。


◇◆◇


 青いとびらをくぐり家に帰ると、ムーレット導師がむかえてくれた。

「仕事はちゃんと終わらせてから来ましたよ」

 そう言って笑うムーレット導師にさっき見たことを事細かに説明することにした。

 私の話を終始笑顔で聞いていたムーレット導師はゆらりと白い扉に歩いて行ってしまった。

 しばらくすると、首根っこを摑まれてプラーンとしているラグナスさんを連れて戻ってきた。

「ダーシャン殿下は何かといそがしそうだったので、事情を知っていそうな側にいたコレをってまいりました」

 忙しくなさそうだったら、ダーシャン様をこうやって連れてくるつもりだったのか?

「俺、副団長なのに老人に……」

 両手で顔を覆ってしまったラグナスさんがびんでならない。

 私とダーシャン様には本来の姿が見えるようにしているようだが、ラグナスさんはいまだに老人に見えているらしく、軽々と運ばれたショックも倍増しているようだ。

「あー、うん。可哀想かわいそうなので放してあげてください」

 私のお願いに、ムーレット導師はふーっと息をつくと、ぽいっとラグナスさんを投げて捨てた。

「さあ、広場であったことを洗いざらい話しなさい」

 ムーレット導師のはくりょくに負けたラグナスさんは正座をした状態で事情を話し始めた。

「ことの始まりは、第一王子が突然の思いつきで森に行くと言い出したことでした。俺とダーシャン様に報告が上がってきたのは門を出た後で、慌てて追いかけたのですが、思ったよりも早くお帰りになり安心したのもつか、籠に入れた魔物なのかじゅうなのかわからない黒いものを門の中に持って入らせてしまった後でした。ダーシャン様が言うには弱っているとはいえ消滅せずに籠に入れられているということは強い魔物だと、もし万が一街にしてしまっては住民の安全を確保できないからと必死にお止めしたのですが、広場で見せつけるように聖女の力で籠の中の黒いものを浄化して消してしまった」

 言われた内容にムーレット導師は腕を組んでしばらく悩むと、口を開いた。

「それは魔物でも魔獣でもないでしょうね。門をくぐれたということは」

「そうなの?」

 ムーレット導師はニッコリと笑った。

もちろんです。前聖女様もセイラン聖女ほどではないとはいえ強い力を持っていて、それはそれはらしい浄化の力で結界を張ってくださったのですから」

 私だって家にかけた結界を一度もかけ直していないのに持続しているのだから結界って長持ちするものなのかも。

「普通でしたら聖女様がせいきょされたら解けてしまうでしょうが、しん殿でんの力も多少あるとはいえ、未だに浄化の力が持続しているのですからそれだけ前聖女様の力の強さが分かりますな」

 ダーシャン様の言葉に私はスッと手を上げた。

「じゃあ、この家にかけた結界はどれぐらいもつんですか?」

 ダーシャン様は不思議そうに私を見つめて言った。

「最短で五百年とかですかね?」

 私には自分では計り知れない力があるのだと、その時初めて理解した気がした。

「あれが、魔物でも魔獣でもないとなると何だったのでしょうか?」

 ラグナスさんが不安そうにムーレット導師に聞く。

「さあ、ですが、ヒメカ聖女の力はたるものですから消滅させることはどんなものでも無理でしょう。げんえいか何かでしょうね」

 ムーレット導師の言葉に、ラグナスさんはあからさまにうなれた。

「俺もダーシャン様も必死に止めに行ったのに」

 ラグナスさん、街でたまに会う時はちょっとチャラそうだけどモテ男子だと思ってたのに、不憫な人の印象が強くなってしまった気がする。

「ラグナスさん、とりあえずリラックスできるお茶でも飲みませんか? ガトーショコラもありますよ」

 私がお茶をれガトーショコラを切り分けて出すと、ラグナスさんは私の手をギュッとにぎってきた。

「ルルハちゃん、マジ天使! けっこんしよう」

 軽いノリの悪ふざけに私は苦笑いをかべた。

「女の子はプロポーズに憧れがあるんです。だから軽々しく言っちゃダメですよ」

 私が軽く注意すると、ラグナスさんはまた項垂れてしまった。

 そして、ゆっくりとお茶とガトーショコラを食べた。

「もっとがんらないといけないってことだけ、解った。リベンジしていい?」

 ラグナスさんはかえぎわにそう言ってきた。

 行きと変わらずムーレット導師に首根っこを摑まれてぷら〜んとしていることが気になって話の半分も頭に入ってこないけど、とりあえずうなずいておいた。

 ラグナスさんを返しに行ったムーレット導師は、次にダーシャン様を連れて帰って来た。

 連れて来たとはいえ、さっきのラグナスさんのような雑さがあるわけではなく、ダーシャン様がついて来てしまったという印象だ。

「おつかさまです」

 私はばやく、ダーシャン様にお茶とガトーショコラを差し出した。

 お疲れなのは分かっている。

 ムーレット導師が代わりにラグナスさんを選ぶぐらい忙しそうにしていたのなら、甘いもので疲れをやしてほしい。

 ダーシャン様は家のダイニングのに座ると、テーブルにした。

「づがれだ」

 だくてんの多い本気の『疲れた』がダーシャン様の口からこぼれ落ちた。

 ダーシャン様は顔を上げずに、何があったのかを話して(って)くれた。

「何だか解らない黒い生き物を街に入れないように注意していたはずが、ヒメカ聖女が何を血迷ったのか『私のために争わないで』とか大声で叫んだせいで、兄からヒメカ聖女をねらっているだの色目を使うなだの言いがかりをつけられて、気づいたらラグナスもいないし、仕事している人のじゃをしてはいけないなんて、小さな子どもでも分からないか?」

 じゅごんのように文句を言うダーシャン様が可哀想に見えて来る。

「甘いものでも食べて、落ち着きましょう」

 ダーシャン様はゆっくりと頭を上げて私を見上げた。

 上目づかいとか、顔面へん高い人はやってはいけないと思う。

 心臓になダメージをくらうから本気でやめてほしい。

 思わずフォークでガトーショコラを一口大に切り口元に運んであげたら、まどいながらも口を開けてくれた。

 人様に食事をさせるなんて家族にもしたことがないから何だか楽しくなってきて、全てのガトーショコラを口に運んであげた。

 達成感がすごい。

 満足する私をに、ダーシャン様が顔を赤らめてうつむいてしまったことには、いっさい気がつかなかった。

「ダーシャン殿下、ずいぶんうらやま……じゃなかった。随分とやされたようなのでそろそろ城に帰っては?」

 ムーレット導師の言葉に、ダーシャン様はダイニングテーブルを抱え込むように摑み、一歩も動いてたまるかと言いたげな態度を示した。

 帰る帰らないのこうぼうを二人がしている間に、ルリとヒスイがやって来て二人の攻防に加勢するように参戦しに行った。

 毎度のことながらルリはダーシャン様を守るように横に立ちグルグルとうなり声を上げ、ヒスイはムーレット導師のかたに止まり、見下すようにルリをえている。

 けんするほど仲がいいっていう、アレだろうか?

 私は足元にり寄って来てくれたサンゴを抱っこし、でながらことの行く末を見守るのだった。


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