第69話 夜の駄菓子屋
昨日は駄菓子屋のアルバイトは夕方だけだったが、
今日は夕方から夜にかけて駄菓子屋を橘と2人で切り盛りすることに。
橘が店の前で昨日の男の子たちと遊んでいる。
「どうやるの!?ムズすぎ!」
駄菓子屋で売っている紐付きのコマを持った橘がコマを回そうと地面に投げるが、
全然回らず、コロコロとコマが地面に転がっていく。
「違うよ!もっと水平に!」
男の子たちが橘にコマを教えている。
俺はそれを店の中で頬杖をつきながら眺めている。
店内は心地いい温度で、眠たくなるぐらいだ。
目をつぶれば橘と子供達の心地いい声が聞こえてくる。
なんて平和なんだ。
あー、もうここで一生働きたいわ。
「ねぇ一馬くん!できないんだけど!」
橘がドカドカと大きな足音を立てて店の中に男の子たちと入ってくる。
「お姉ちゃん下手くそすぎ!」
「黙ってなさい!一馬くんやって!」
橘が乱暴にコマと紐を渡してくる。
「橘、紐の巻き方が変だったぞ?」
紐を持ってコマにくるくると巻きつけていく。
店の中で男の子たちと一緒に紐の巻き方を橘に教えていると、
「京子!来たよ!」
「一馬、頑張ってるかー」
聞き慣れた声とともに店の中に誰か入ってきた。
蓮と梅澤だ。
「里奈!来てくれてありがとう!」
橘は声を聞いてすぐに駆け寄っていった。
「うん!めっちゃいい駄菓子屋じゃん!」
「でしょ?」
「うわ!これ懐かし!」
蓮が駄菓子を指差す。
「ほんとだ!」
梅澤もつられて反応する。
ふと横を見ると男の子たちが昨日みたいにひそひそ話をしている。
「変態女が増えた!」
「しかも今度は金髪だよ!」
「横にいるの彼氏かな?」
「変態女2号だ!」
梅澤が男の子たちをギロッと睨む。
「ちょっと京子、なんなのこのガキは」
「まあまあ里奈、大事なお客さんだから」
「あんたたち、私に興味あるの?」
梅澤が立ったまま男の子たちに話しかける。
「べ、別に?俺ら大人だしお前になんて興味ないし!」
小学生ながらに強がっているのがわかった。
まあいきなりこんな金髪女が目の前に現れたら驚くだろ。
「へー、大人なんだ。じゃあ・・・」
梅澤が男の子たちのすぐそばまで近づく。
何をするのかと思ったら、
男の子たちの目の前で、バッ!と勢いよくスカートをたくし上げた。
「う、うわぁ!」
男の子たちは驚いて顔を背ける。
しかし梅澤は中に体操着のズボンをはいていた。
「残念でした〜。こんなんで驚いてたらまだまだ子供だね〜」
「お、驚いてないし!」
いや、俺がめちゃくちゃ驚いたわ。
俺もまだまだ子供ってことか。
「ちょっと里奈ー、あんまりからかわないでよー」
「はーい」
子供たちは日が暮れてくると家に帰り、
梅澤と蓮たちもそれから少しして帰った。
店の中は俺と橘だけに。
さっきの賑やかさが嘘みたいだ。
時間は19時頃。
外は暗く、目の前の公園は静まり返っている。
「夜まで開いてる駄菓子屋なんて珍しいね」
「だな」
本当に珍しい。
あんまり聞いたことないよな。
山内さんの話によると、
駅が近いから仕事帰りの人が寄ったりするらしい。
「あれ?おばちゃんは?」
そう言いながらスーツを着たサラリーマンが入ってきた。
年齢は50代前半ぐらいだろうか。
スーツは何年も着てるのかくたびれている。
「僕たち、新しくアルバイトで入ったんですよ」
「へー、そっか。高校生?」
「そうです」
そんなうわべの会話をしながら、スーツの男性は駄菓子を選んでいる。
今日はどれにしよっかなー、と独り言が聞こえる。
「この店にはよく来られるんですか?」
橘が話しかける。
「仕事帰りによく来るよ。駄菓子をつまみに酒を飲むのがいいんだよ」
スーツの男性は駄菓子を数個購入し、帰っていった。
「やっぱり仕事帰りの人とかも来るんだな」
「そうだねー」
すると裏から山内さんが出てきた。
「お疲れ様、2人とも。ここからは仕事帰りの方が多くなるからね」
「さっきも仕事帰りの方が来てました!」
「あらそう」
話していると、またスーツ姿の男性が3人、店に入ってきた。
「おばちゃん来たよー・・・あれ?」
「いらっしゃーい。新しいアルバイトの子なのよ」
「あ、そうなんだ。よろしくね!」
そう言うとスーツ姿の男性たちは駄菓子を買って畳のスペースに座った。
「2人は高校生?」
「はい高校生です」
そこからはずっとスーツ姿の3人と話していた。
普段なかなかない大人の男性との会話は楽しく、
面白い話をたくさんしてくれた。
「大変だよー。中間管理職だから、上からも下からも板挟みで」
「大変そうですね」
「だからたまにこうして仕事帰りにおばちゃんに愚痴を聞いてもらったりするんだよー」
食べているのは駄菓子で飲んでいるのはコーラのはずなのに、居酒屋にいるような気分だった。
「じゃあねー!また来るから!」
スーツ姿の3人は若者と話せて気分良く帰っていった。
「ごめんね2人とも。会話に付き合わせちゃって」
「いえいえ!楽しかったので大丈夫です!」
「ならよかったわ。じゃあ今日は終わりにしましょうか。どうだった?二日間」
そうか、もうすっかり駄菓子屋でアルバイトしているつもりだったが、これはまだ体験だったんだ。
「すっごい楽しかったです!」
「それはよかった。それでどうする?駄菓子屋のアルバイト続ける?」
「もちろん!」
俺が答えようとする前に橘が先に答えた。
まあ、俺も同意見だからいいか。
「ありがとね、じゃあシフトは・・・」
駄菓子屋を出て、駅まで歩く。
「なあ、橘?」
「んー?」
「駄菓子屋でのバイト、決まってよかったな」
「本当にそう!楽しいしおばあちゃんもいい人だし!」
「だな。・・・駄菓子食べ過ぎて太るんじゃないか?」
「太らないし!駄菓子は何個食べても大丈夫だし!」
橘が俺の腹を肘で突きながら反抗する。
でも本当にあの駄菓子屋でよかった。
あのアットホームな感じ、最高だ。
俺はすでに駄菓子屋に行きたくなっていた。
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