第32話 体育祭 〜打ち上げ〜


 体育祭の打ち上げは隣の街の居酒屋で行われた。

1クラス入れるぐらいの大きな宴会会場。

学校近くの居酒屋はもう他のクラスの打ち上げで一杯で無理だったらしい。


 打ち上げでは橘と蓮以外のクラスの人とたくさん話した。

友達は橘と蓮だけでいいと思ってたけど、

やっぱり友達は多い方がいいな。

うちのクラスの人はみんな優しい人が多いことにも気づいた。



「いじめられてたのになんで付き合ってるの?」

「いつから付き合ってるの?」



 とか、橘とのこともたくさん聞かれたけど答えられるところは全部答えた。

クラスのみんなも悪気があって聞いてるわけじゃない。

それにこれから文化祭もある。

これを機会にクラスのみんなと仲良くなっておかないとな。


 橘は向こうの方でクラスの女子と話している。

よかった。

仲良くやれてるみたいだ。

橘も見た目はクールだけど話せば普通の女の子だからな。





 居酒屋での打ち上げは終わり、

帰る人や2次会に行く人などで別れていた。

時間はもう21時ぐらいだったが、

明日は学校も休みだし、みんな羽目を外しているんだろう。

蓮はクラスの人と仲良くなったらしく、一緒にカラオケに行くらしい。

すげーな、体育祭で疲れてないのか?



 俺と橘は2次会などには行かず、帰ることにした。

でもなんだか帰りたくない気分だ。

もう少し橘と話していたい。



「私は迎えに来てもらうけど、一馬くん乗ってく?」


「迎えってもう呼んだの?」 


「ううん?今からだけど」


「じゃあさ、ちょっと歩かない?」


「え?」


「あれ、嫌?」


「ううん全然、私はいいけど。でもなんで?」


「・・・今日はあんま2人で話せなかったからな」



それを聞いて橘がクスクス笑っている。



「なんだよ」


「寂しがり屋なんだね」



そうかもな。



「はいはい、そうですよ。俺は寂しがり屋ですよ」






 居酒屋からあてもなく歩き出す。

これも2次会って言うのかな。


 大通りから外れた、周りが畑に囲まれた道を歩く。

街灯はポツポツと一定間隔で並んでいる。

人通りも少なく、ゆったり会話するのにぴったりの場所だ。

秋の虫の音が夜の闇に響いている。

それをかき消すように遠くの方で車が通る音が聞こえる。


 橘の手を握った。

橘も握り返してきた。

手の温度が高くなるのがわかる。

ジンジンと伝わってくる。


 俺よりも小さい橘の手。

指だって細くて折れてしまいそうだ。

そんな小さな手で俺の手を離さないようにしっかり握っている。


 歩くスピードも普段よりゆっくりになる。

もっと一緒にいたいからかな。



「ねぇ、体育祭楽しかったね」



聞き慣れた橘の声が耳に入ってくる。



「うん、楽しかった」


「なんだかさみしいなー、終わっちゃって」



 やっぱり橘も寂しいのか。

楽しい思い出の後は寂しくなるよな。



「また楽しいこといっぱいあるよ、文化祭とか」


「ハロウィンもあるしクリスマスもあるね」



まだまだイベントごとはたくさん待ち構えている。



「楽しみだね」



無垢な笑顔で言ってくる。



「うん、いっぱいだな」



 今までハロウィンもクリスマスも、楽しみにしてたことなんて一回もなかった。

なのに隣に橘がいるだけでこんなにも待ちきれなくなってしまう。

俺にとって橘の存在は大きくなっていた。

こんなこと考えたくないが、もし橘と別れたら俺は生きていけなさそうだな。



「あれ見て!」



橘の指した方を見てみると、なにやら遠くで提灯らしきものが一定間隔で並んでいた。

暗闇をポツポツと照らしている。



「行ってみようよ!」


「うん」



橘に手を引かれてる。







「わぁ、すごい綺麗」



橘がそう呟いた。



 そこは神社で、

長い参道があり、それに沿って提灯が綺麗に並べられていた。

それが綺麗すぎて、まるで映画の世界に入ったような感覚に陥る。

ここだけ時間がゆっくり動いているみたいだ。



手を繋いで幻想的な参道を歩く。

時間が遅いからか周りに人の気配はない。



「こんな場所あったんだね」


「私も初めて知った」



もし一人でこの光景を見てもなんとも思わなかっただろうな。



「ねぇ、来年も一緒に来てくれるよね?」



 橘の方を向く。

そっぽを向いていて顔が見れない。

俺の見間違いか頰が赤く染まっているように感じた。

いや、提灯の灯りかな。



「もちろん、来年も再来年も一緒に行くよ」


「おじいちゃんとおばあちゃんになっても?」


「うん。ヨボヨボの体でさ、またこうやって手を繋いで歩こうよ」


「じゃあさ、ここを私たちの思い出の場所にしようよ」



橘がそう提案した。



「うん、ずっと忘れない2人の思い出の場所だな」



 こっちを笑顔で見た橘は綺麗だった。

提灯に照らされた橙色の顔が俺の目を離さない。

美人は3日で飽きると言うが、あれは嘘だな。

俺は今だにずっと惚れ続けているから。


 高校の時の彼女とずっと別れずにいる人って少ないんだろうな。

必ずどこかで別れて、別の人と付き合ったり、結婚する。

そして過去の存在になるんだろうな。

思い出としてしか残らない存在。


 嫌だな。

橘とはそんな風になりたくない。




 自然と2人の距離が近くなる。

どうせ誰も見てないだろう。



とても甘い、橙色に包まれてキスをした。



 唇が離れ、2人とも何も言わない時間が流れる。

ゆっくりで愛おしい時間。




下を向いて照れ笑いする目の前の人をこの上なく愛おしく感じた。

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