第31話 体育祭 〜当日②〜


 午後になって体育祭もいよいよ終盤に。

次は1年生のクラス対抗の綱引きだ。

グラウンドに1本の長い綱が置いてある。

簡単だ。真ん中には赤い布がくくられていて、これを自分のところに引き込めば勝利。


 一応腰をかがめてリズムよく綱を引くという作戦をクラスでは考えたが、

まあそんな作戦あまり意味ないだろう。

ただの力勝負。

俺はそう考えてる。


 相手は青色のクラス。

部活やってる奴が多くてゴリゴリの体育系ばっかり。

そして梅澤たちがいるクラスだ。


一回戦からハードな勝負だな。





 先に違うクラス同士が綱引きをする。

綱の横に生徒が並ぶ。

始まっていないのに既に綱をちょこちょこ引いている生徒がいる。

やるよなそれ。

でもすぐに審判役の先生に綱を元の位置に戻されている。


 このクラスは両方とも、力の強そうなやつを後ろに集める作戦みたいだ。

後ろには体操服を着ていてもわかるぐらいの筋肉を持つ生徒ばかり。

どちらのクラスもやる気に満ち溢れている。




 よーい、の合図で両クラスが綱を軽く持つ。

パン!と、スターターピストルが鳴り響くと同時に綱がビン!と両方から引っ張られる。

歓声や応援がグラウンドを包み込む。


 どちらも押されて引いての良い勝負だ。

クラスの生徒が応援しあってそれぞれを鼓舞している。

みんな楽しそうだ。


 しかし一方のクラスの体力がなくなり、どんどんと赤い布が片方に寄っていく。

パンパン!という音が2回鳴って勝負は決着した。





 綱引きはやっぱり盛り上がるな。

いよいよ俺たちの番だ。

さっきのクラスと同じように綱の横に並ぶ。



「橘も一馬もちゃんと引っ張れよ」


「あんたこそね」



 俺の前には橘、その前に蓮がいる。

2人とも楽しそうだ。

顔を見て、これから始まることにワクワクしているのがわかる。


 相手のクラスも力がありそうな奴ばかりだ。

向こうの梅澤と目が合ってしまう。

一瞬で逸らしたが、睨まれていたような気がした。

怖いな。


 よーい、という声が聞こえる。

さあ、始まるぞ。


パン!


 その音が聞こえると同時に綱を勢いよく引っ張る。

作戦通りに腰をかがめて生徒のリズムに合わせて綱を引く。

どれだけ引っ張っても綱が全然動かない。



「おい!もっと引っ張れ!」「気合入れろ!」「頑張れー!」



クラスのみんなの声が聞こえる。


 ふと、前にいる橘の横顔が目に入った。

めっちゃ楽しそう。

俺がいつも見ている笑顔とは違う。

キラキラ輝いてる。


 急に向こうに綱が引っ張られる。

だめだもう体力が持たない。

ズルズルと綱が引っ張られる。

踏ん張っても止まらない。


 パンパン!という音が聞こえた。

力及ばず俺たちのクラスは負けてしまった。



「あー負けたー!」「くそー!」「もう一回やりてぇー!」



クラスのみんなが悔しい声をあげる。



「負けちゃったね!」


「うん、でも楽しかったな」



 橘が可愛い顔で笑ってる。




負けたのにテントに戻るクラスのみんなは清々しい顔をしている。


 大人数で1つの目標に向かって努力する。

こういうのを感じると体育系の部活に入ってみたいなって感じる。


 運動できる人ってカッコいいよな、男女問わず。

橘は運動するの似合ってるよな。

バスケ、テニス、サッカー・・・どれもいいな。



「ねぇ、聞いてるの?」



あっ、バレーとかもいいかも。



「ちょっと!」



橘が呼んでるな。



「ああ、ごめん。なんだった?」


「次は部活対抗だよ?」



 そうだ、もうか。

俺にとっての本番、今日のメインだ。



「頑張ってね。ちゃんと見てるからね」


「はいよ」



 先に文化系の部活が走ってから体育系の部活だ。

部活対抗の集合場所に集まる。

美術部の男子は少ないのでリレーの人数はぴったりだった。

危うく美術部の女子が走るとこだ。


 美術部のみんなが応援しに来てくれた。

橘も蓮も美術部のみんなとだいぶ仲良くなったみたい。



「頑張ってよーみんな」



 大園部長だ。

部長は茶髪に三つ編みのおさげで丸メガネは変わらない。



「はいこれ、しっかりアピールしてくれよ?」



 部活対抗リレーは自分たちの部活に関する格好などをする。

例えば体育系ならユニフォームを着て走る。

それは文化系も同じだが、こっちはちょっとお笑い要素が強い。

例えば情報処理部ならキーボードを持って走る。

吹奏楽部なら楽器を持って走る。

そのせいか、文化系で走る人はあまり勝とうという意識はない。

そして美術部は・・・



 大園部長から絵が描かれたパネルを渡される。

パネルには美術部員の作品が描かれている。

そう、美術部はこのパネルを首から掛けて走る。



「みんなの作品だからちゃーんとアピールしてね?できたらリレーにも勝ってね」



 部長、絶対無理です。

まーあ、走りづらい。

別に勝ちたいとは思ってないからいいが。



「私の力作、ちゃんとアピールしてよ!」


「任せろー」



俺は橘の絵が描いてあるパネルを首から掛けて走る。





 俺は第3走目だ。

1走目の部員がスタートラインに並ぶ。

どの部活も個性的だ。

なんか男子生徒がメイドのコスプレしてる部活があるぞ、なんの部活だよこれ。


 よーい、パン!

一斉に部員が走り出す。

まあ予想通り美術部はパネルを首から掛けているから遅い。

情報処理部なんてキーボード持ってるだけだからめっちゃ速い。

でも観客は絵を見てくれてるし、みんな笑ってくれてる。



「あーっと!美術部!パネルのせいか足が回らない!」



なんと放送部は走りながら実況している。




 ついに俺の番。

バトンを受け取って走り出す。

もちろん最下位で今から勝つことは無理だろう。

それにパネルがガンガン足に当たって走りにくい。

もう手でも振って走ってやろうかな。


 笑顔の生徒、保護者、それに、

美術部員と一緒に俺の走りを見守る橘が視界に入る。

・・・楽しいな。


 なんか、この高校に入ってよかったかも。

最初はいじめから始まって最悪の高校生活だったが、

まあ結果的に橘と出会えた。

いじめの影響も悪いことばかりじゃなかったかもな。



 バトンを次の部員に渡す。

部活対抗リレーはもちろん最下位だった。

でも楽しかったな。

来年も走れたらいいな。

その時もみんなと今と同じような関係で。





 競技も全て終了し、いよいよ閉会式に。

優勝は青組だった。

赤組だった俺らは優勝できなかった。


 真剣に、楽しんで取り組んだからこそ悔しかった。

でもいい、今日のことは俺の中で強く思い出に刻まれた。





 名残惜しい気持ちを抱えながら教室を後にする。

こういうイベントごとの後は帰りたくなくなる。

3人で駅までの長い1本道を歩く。



「いやー、楽しかったな!」


「うん、私も久しぶりにこんなにワクワクしたかも」


「一馬、明日は筋肉痛だな」


「そうだね」



 絶対そうだ。

普段運動してないからな。



「なんか今日は帰るの嫌だったなー」



橘も同じこと感じてたか。



「クラスの打ち上げ行くよな?」



 え?そんなのあるの?

聞いてないんですけど。



「行くよね?一馬くん」


「も、もちろん!楽しみにしてたから!」



 おい、なんで誰も教えてくれなかったんだよ。

あっ・・・俺って橘と蓮以外に友達いねーわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る