第25話 お父さん



お母さんから停学の連絡。




「本当に停学だって?」




信じたくなくて聞き返してしまう。


「うん、とにかく明日の朝、学校に息子さんと来てくださいって。

それより今どこにいるの?とにかく家に帰ってきて!」



そう言って電話を切られる。






 まさか停学になるなんて。

俺が飛び出した後、蓮たちはどうなったんだろう。

もしかして先生に見つかってこんなことになったのか?

それならまずいな。

蓮なら全員ボコボコにしているだろうし、蓮が悪いみたいに見られる。

流石に梅澤たちにまで手は出してないと思うが。

それとも蓮だけでなく梅澤たちも停学になったのだろうか。




 停学なんて当然だけど初めてだ。

わからないけど退学とかにはならないよな?

次々と頭の中に疑問が浮かぶ。

不安が募り、焦燥が押し寄せてくる。



 橘が戻ってきた。



「救急箱持ってきたから!」


心配そうに俺に駆け寄ってくる。


「今電話があったんだけど、実は・・・停学だって」


「停学!?本当に?」


「うん、もしかしたら梅澤とか蓮も停学になってるのかも」


心なしか声に元気がなくなってきた。


「そんなに大ごとになってるの?」


「うん・・・そうみたい」


 橘の部屋が静かに感じる。

空気が重い。

橘が口を開いた。




「・・・停学取り消してってお父さんに言う」




「お父さんに言ってなんとかなるの?」


「私が頼めば大丈夫だと思う」


 確かに橘のお父さんならなんとかできるかも。

橘のお父さんは英翔高校にお金の繋がりがあるとかないとかで、先生たちや校長先生も橘に頭が上がらない。

でも本当に大丈夫だろうか。


 娘の彼氏が喧嘩して停学になってそれを取り消してほしいなんて、

いくらなんでもめちゃくちゃじゃないか?

絶対無理だろ。

それに橘のお父さんに悪い印象を与えそうだ。






「お父さんに電話してみる」






 そう言って橘が電話をかける。

電話の呼び出し音が部屋に響く。

なかなか出ない。

時間がとても長く感じる。


「もしもし?今どこ?うん、うん」


 何か話してるようだ。

橘のお父さんはなんて言うだろうか。


「そっか、わかった、じゃあ待ってるね」


 橘がそう言って電話を切る。

待ってる?どういうことだ?


「えっと、もうすぐ帰ってくるらしい」


 まじか。

ということは。


「よかったら一緒にいてほしいかも」







 1階のリビングでソファーに座りながら橘のお父さんの帰りを待つ。

その間、橘が俺の傷を消毒してくれている。


停学になったので取り消せますか?


 なんて図々しくて失礼なやつだ。

前会った時は「娘をよろしく」って優しかったけど、今回はそうはいかないだろうな。


近くで車のエンジン音が聞こえる。


「帰ってきた!」


 橘がそれに反応する。

使用人さんが玄関に立って出迎えようとしている。

玄関の向こうから微かに聞こえる足音が迫ってくる。

その足音が消えた瞬間、ガチャ、玄関の扉が開いた。



「おかえりなさいませ」


「おかえり!」


橘がソファーから立ち上がって呼びかける。



 橘のお父さんだ。

アップバングの茶髪にメガネ。

グレーのスーツを着ていて、腕には高そうな時計が光っている。

それにしても橘のお父さんやっぱ若いな。

全然お父さんっぽくない。

20代に見える。


「実はちょっと話があるの・・・」


俺も立ち上がって橘のお父さんに会釈する。


「君は京子の・・・」


覚えててくれたみたいだ。


 っていうか娘が彼氏を連れてちょっと話があるのって、俺だったら妊娠?

とか思っちゃうな。

大丈夫かな。そんな風に思われてなかったらいいけど。

何かを察した橘のお父さんが使用人さんに持っていたカバンを預けてすぐにリビングに上がってきた。




「話があるって?・・・ただ事ではなさそうだね」








 3人でリビングのソファーに座っている。

俺と橘、向かいには橘のお父さん。

使用人さんは俺たちの少し後ろに立って静かに事の行く末を見守っている。



「実は・・・」


そういって橘が話し始める。


 俺が喧嘩で停学になったこと。

俺がいじめられていたこと。



そして橘がそれに加担していたこと。



 橘のお父さんはそれを静かに、時に頷きながら聞いていた。

橘が話し終わると、橘のお父さんが口を開いた。



「・・・わかった。話を聞いて全て理解した上で、加藤くんの停学を取り消すように動いてみる」


「ありがとうございます!」


「あともう一つ・・・」




なんだ?




「京子が加藤くんをいじめていたのは私の教育不足だ。君に大きな苦痛を与えてしまっただろう。本当にすまなかった」


橘のお父さんが頭を下げる。


「私が謝って君の辛い経験が消えるわけではないが、京子も反省しているようだし、よければこれからも京子と一緒にいてあげてほしい」



自分の娘がいじめをしていたのはショックだろうな。



「停学の件は私から学校の方に連絡しておこう」


「もうこんな時間だ。加藤くんの親御さんも心配しているんじゃないか?」


 確かに、早く帰ってこいって言われてた。

使用人さんが


「私が家までお送りします」


「いや、私が送るよ。君ともっと話してみたいしね」


 橘のお父さんが車で送ってくれるみたいだ。

俺ともっと話をしたいって。

玄関を出る前に橘に小さく手を振る。

橘も振りかえしてくる。

一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうだ。



 橘のお父さんにガレージに案内される。

玄関を出て、はじめのエントランスのような入り口に着く。

ドアを開けると階段があった。

ここがガレージにつながっているのか。


 階段を下り切ると、広くて何台もの車が置いてあるガレージに着く。

車に詳しくないからわからないが、多分高そうな高級車が何台もある。

中には橘と学校の夜のプールに行った時に乗せてもらった車もあった。


 その中の1つ、明らかに高そうなグレーでメタリックな色の車。

これに乗るみたいだ。


「これは私のお気に入りの車でね」


 なんだっけこのオリンピックみたいに輪が重なってるのがシンボルのメーカー。

普段乗らない高級車にぎこちなく乗り込む。

二人乗りの車なんて初めてだ。


 橘のお父さんがボタンを押すと、低いエンジン音がガレージ中に響き渡る。

さっきの低いエンジン音の正体はこれかな。


 中はレザー感がかっこいい。

車が滑らかに動き出す。

夜の街を颯爽と走る。


「改めてすまなかった。色々と迷惑をかけてしまったみたいで」


「大丈夫ですよ。もう気にしてません。今では京子さんに出会って良かったと思ってます」


 それは本音だった。

本当に橘に出会って良かったって思ってる。


「それは本当に良かった。京子は君と出会った影響からか、前よりよく話すようになってね。性格も明るくなった気がするよ」


 そうだったのか。

それは知らなかった。


「私も妻も仕事で忙しくて家にいる時間が少なくてね。あまり京子にかまってあげられなかった。」


「いつしか京子はあまり家で話さない子になってしまってね。思春期だからと思っていたが、違った。口には出してないけど寂しかったのだろうね」


ビュン、と反対車線の車が通り過ぎる音が聞こえる。


「京子にとって君は大切な存在みたいだ。これからも京子のことをよろしく頼むね」


「はい」


それぞれの立場、それぞれの思いがあるんだな。





いつのまにか家の近くの駅まできていた。


「ここらへんで大丈夫です」


車が止まる。


「送ってもらってありがとうございました」


「いえいえ、君と話もできたし良かったよ。また明日学校で呼び出されるかもしれないけど、私から連絡しておくから安心して」


「それに、何か困ったことがあったらいつでも頼ってほしい。私のできることなら力になるから」


車から降りる。


「またね」


車があっというまに闇に消えていった。



 家に向かって歩く。

今日は濃い1日だったな。

明日もまた今日みたいな濃い1日になるだろうな。

停学、いじめ、橘との関係。

俺が入学してから今まで起こったこと。

全ての問題が明日解決する、そんな気がした。

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