第24話 誤解


 着いた。

久しぶりだ、橘の家に来るのは。

もう日も沈んで暗くなってきている。


 エントランスのような入り口にあるピンポンを押す。

ベルが鳴っている。

バスケ部のキャプテンに殴られた頬がジンジンと痛む。


 橘は大丈夫だろうか。

梅澤が橘に、俺が一緒にいるのを嫌がっていると言ったらしい。

大丈夫だとは思うが、それを聞いて橘は落ち込んでいると梅澤は言っていた。

それが少し気になる。


 突然、入り口の自動ドアが開く。

カメラか何かで確認して開けてくれたのだろうか。

・・・入っていいのか?。

恐る恐る進んでいく。


 それにしても広い。

ドアの先の広いスペースを通って前にある屋根が平らな2階建ての家を目指す。

玄関の前にいつぞやの運転手さんが待っており、玄関を開けてくれた。

この人は使用人でもあるみたいだな。

家の中は開放感があって広く、正面に庭があり、プールもある。

モデルルームのように綺麗。

見るのは2回目だがやっぱすごいな。


「お久しぶりでございます。お嬢様に会いに来られたのですか?」


「はい、そうです」


「お怪我をなされていようですが」


「すいません、色々とあって・・・」


「すぐに消毒いたしましょう」


そういって使用人さんが家の奥へ行こうとする。


「いや、大丈夫です。京子さんに会わせてください」


その後ろ姿に呼びかけた。


「・・・かしこまりました、どうぞ2階へ」





 2階にある橘の部屋に向かうために階段を登る。

橘が変な誤解をしてなければいいけど。


 部屋の前に着く。

使用人さんは着いてきてないみたいだ。


 部屋の外から橘に声をかけようと思うが、うまく声が出せず喉につまる。

・・・怖がってるのか?

大丈夫だ。俺がここにきた理由を思い出せ。

意を決して声をかける。


「橘?ごめん急に、加藤だけど。今日学校休んでたみたいだけど大丈夫?」


 ・・・返事はない。

本当にこの壁の向こうに橘はいるのだろうか。

もしかして梅澤に言われたことを信じてしまったのだろうか。


「橘?入ってもいい?」


 もう一度声をかけるが、またも返事はない。

ここで帰る訳にもいかない。


「入るよ?」


許可は取っていないが、部屋に入ることにする。

ドアノブに手を掛けてゆっくり回す。


 部屋は暗い。

豆電球も点いてない。

ほぼ何も見えないが、ベッドの方からすすり泣く声が聞こえる。


「電気点けるよ?」


 そういって手探りで壁を伝って電気をつけるスイッチを探す。

それらしいものを見つけたので押してみる。

電気がついた。


 ベッドの方を見ると、橘がベッドの上で三角座りをして膝を抱え込んでいた。

顔は見えないが、泣いているのはわかる。


ベッドに近づいていく。


「なんできたの?」


泣いている橘が少し怒りっぽく言う。


「心配だったから」


ベッドで泣いている橘の横に腰掛ける。


「梅澤からなにか連絡きた?」


「・・・来た。一馬が私と一緒にいるのが嫌だって。

里奈たちに嫌われたと思ったら今度は一馬くんに嫌われた・・・」


すすり泣きから本格的に泣き始めている。


「俺そんなこと思ってないから大丈夫だよ。全部梅澤の嘘だから」


「一緒に海とか花火大会行ったの思い出して?俺がそんなこと思うわけないじゃん」


「ほら、これ」


 日帰り旅行で買ったペアブレスレットを見せる。

橘が隙間からブレスレットを見ている。

レザーでプレートがついており、合わせるとハート型になる。

橘はブラウンで俺は黒のものを買った。

橘も今、腕に付けている。


「俺、めっちゃ大事にしてるんだよ?」


ペアのブレスレットが2人の手首についている。


「これ買った時に橘、ずっと一緒って言ってたじゃん」


橘の手に近づけてブレスレットを合わせ、ハート形にする。


「ほら、このブレスレットは2つで1つなんだよ。だから俺の言うこと信じてくれる?」


橘が三角座りで顔を隠したまま頷く。


「・・・顔見せてよ、橘の顔見たいな」


すると橘が三角座りをした腕の隙間から顔をのぞかせる。


「どうしたのその怪我!?」


俺の顔を見て驚いている。


「色々あってね・・・」


「色々って!?」


心配そうに俺の怪我を見つめてくる。


「・・・実は」


 そう言って、事の経緯を説明した。

梅澤に脅された事、バスケ部のキャプテンが橘をまだ好きでいる事。


「・・・許せない。いくら友達でもそんなこと許すわけにはいかない」


 橘が怒っているのがひしひしと伝わってくる。

感情を爆発させるのではなく、静かに怒っている。


「でも聞いてほしい。あいつらの味方をするわけじゃないけど、

梅澤も橘が大切だから俺を脅迫なんてしたんだと思う」


 本心だった。

あの時は怖かったけど、梅澤からは橘を大切にしていることが伝わってきた。


「・・・優しすぎ。殴られてるんだよ?」


「ごめん。でもとにかくもう一度梅澤と話してあげてほしい。それから・・・」



「俺たちが付き合ってるってことも言おう。そうすれば全部がうまくいく気がするんだ」



「・・・そうだね。ごめんね疑ったりして。よく考えれば一馬くんがそんなこと思うわけないよね」


「大丈夫だよ。橘ならわかってくれるって思ってたから」


 橘がいつものように笑う。

やっと橘の笑顔を見ることができた。

やっぱこうでなくっちゃ。


「そうだ!怪我消毒しないと!」


橘がそう言ってベッドから立ち上がり、部屋から出ていく。


 よかった。誤解が解けて。

一時はどうなることかと思ったが、なんとか丸く収まってよかった。

でもまだどうなるかはわからないな。

梅澤は、俺と橘が付き合っていると聞いてどういう反応を示すのだろうか。

ちょっと怖いな。


 プルルルル、スマホに電話がかかってきた。

お母さんだ。


「もしもし?」


「一馬!あんたなにしたの!」


「え?なにが?」


「学校から連絡がきて・・・停学だって」


・・・停学。これはまずいことになったな。

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