第23話 喧嘩
家に帰ってからも泣いている橘から電話が来て、夜遅くまで話を聞いてあげた。
「私、もうダメだ・・・」
「そんなことないって」
「里奈たちに嫌われた」
「話してみないと分からないよ」
「・・・どっちも大切だったから、あんなこと言っちゃったの」
「そっか」
「いじめててごめんね」
「全然気にしてないから大丈夫だよ」
だいぶ落ち込んでいるようだった。
どうしたらいいかわからなくなっていて、精神が不安定になってるみたいだ。
何か言葉をかけてあげようと思っても、上手くでてこない。
俺をいじめてたことも、あの時は本当に橘が憎くてたまらなかったけど、
今はそう思ってない。
それにあの時はいじめっ子といじめられっ子だったけど、今は恋人同士だ。
今更いじめられてた時のことを掘り返して何か言うつもりはない。
前にちゃんと謝ってくれたし、俺をいじめてたことについてはそれでおしまいだと思ってた。
だが当の本人はまだ気にしているようだ。
でも俺がもう気にしてない、と言っているからいいと思うんだけどな。
・・・確かに橘からすれば恋人同士になったとはいえ、いじめていたことを謝っただけで全て解決したというわけにもいかないか。
これはすぐには解決しない問題かもな。
翌日、橘は学校を休んだ。
俺に事前に連絡などもなく、少し心配だ。
学校が終わったら家まで行って様子を見に行ってあげよう。
授業中、隣の席の橘はいない。
綺麗な机と椅子が寂しそうに並んでいる。
橘がいないまま授業を受けるなんて初めてかもな。
いつもは隣に見えるはずの綺麗な黒髪ロング、甘い香水の香り、俺の方をニコッと笑顔で見てくれる橘がいない。
なんか寂しいな。
授業が退屈に感じる。
何度も教卓の上にある時計を見てしまう。
時計の針は全く進んでいない。
休み時間もいつもより長いな。
普段はこんなこと思わないのに。
橘によって彩られていた俺の世界が白黒に戻っていく。
学校ってこんなにつまらないものだったのか。
放課後、長かった授業が終わり、橘の家に向かう。
今日は部活も休んでやる。
昇降口に向かうと、俺の下駄箱の前で梅澤たちが待っていた。
周りには見たことない、いかつい男子生徒が数人いる。
上級生っぽい。
「・・・おせーよ、こっちこい」
下駄箱を開けさせないと言うように俺の下駄箱の前に立っている。
恐る恐る梅澤たちのところへ向かう。
するといきなり上級生に制服の襟を掴まれて下駄箱に叩きつけられる。
背中にドンッ、と衝撃が走る。
続いて梅澤がガンッ、と片足を下駄箱にかけて俺を逃げられないようにする。
周りを完全に囲まれた。
「ちょっとついてこい」
完全に断れない状況だ。
断ったらどうなるかわかってるよなって上級生たちが目で訴えている。
連れてこられた場所は人目につかない体育館裏だ。
俺は体育館の壁を背に梅澤含め、上級生たちに取り囲まれている。
梅澤たちは4人、男子生徒の上級生たちは5人といったところだ。
これは逃げられないな。
「昨日、京子が私たちと喧嘩したこと覚えてるよな?」
「・・・お前といるようになってから京子はおかしくなったんだよ」
「っていうか京子にいじめられてるくせになんであんなに仲がいいんだよ」
梅澤にすごい気迫で問い詰められる。
やはり教室などで橘と仲がいいのを見られていたか。
金髪がより威圧感を増加させている。
周りの取り巻きたちも俺に圧をかけてくる。
突然、上級生の1人に顔を殴られる。
ガツッ、鈍い音が響く。
痛って、殴られるとこんな感じなんだ。
痛い。
顔がヒリヒリする。
「君、橘さんと仲いいんだ」
そう言って俺を殴った人をよく見ると、
橘に告白してフラれたっていう男子バスケ部のキャプテンの人だった。
「君なんてただ遊ばれてるだけだから、あんまり勘違いしない方がいいよ」
こいつまだ橘のことが好きだったのか。
それで梅澤が俺と橘が仲良いって告げ口したんだろう。
いつか自販機で会った時はあんなに爽やかで優しそうだったのに、
本当は平気で人を殴るようなやつだったんだ。
続けて梅澤から驚きの一言が発せられた。
「それと昨日、京子に連絡したんだ、お前が一緒にいるのを嫌がってるってな」
「色々連れまわされて嫌になってるって言ったら落ち込んでたぜ?」
俺が橘と電話した後に連絡したのか。
梅澤が俺と橘が付き合ってるって知らないにしても、橘が落ち込んでるってのは気になる。
橘は大丈夫だろうか。
少し病んでたみたいだし。
すぐに駆けつけてやりたい。
「お前のこといじめるのやめてやるからもう京子と関わるな。わかったな」
いじめるのをやめる。
俺がずっと願っていたことだ。
ここで「はい」と答えれば長かったいじめの生活から解放される。
上級生の男子生徒が数人いるのは俺に「はい」と答えさせるための脅しか。
「もう京子と関わるな」
梅澤の言葉が俺の頭の中をぐるぐる回る。
橘との思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。
いじめから解放されるか、橘か。
・・・俺の答えは一つだった。
「嫌だ」
「あ?」
「橘と離れるくらいならお前らに歯向かってやる」
「何言ってんだお前、どうなるかわかってんのか」
梅澤のその言葉で周りの取り巻きたちが近づいてくる。
全員背が高くてガタイもいい。
喧嘩になったら確実にボコボコだろうな。
でもそんなのどうでもよかった。
「だから、京子は渡さないって言ってんだよ」
バスケ部のキャプテンが睨みつけてくる。
「彼女でもないくせになに下の名前で呼んでんだよ!」
お前の大好きな橘は俺の彼女だよ。
フッ、とこいつは何も知らないんだなという風に笑う。
「なに笑ってんだよ!」
また殴られる。
顔がヒリヒリする。
口から血の味がする。
「お前、もういいわ」
バスケ部のキャプテンが上級生たちに、やれと命令を出す。
梅澤たちは後ろに下がって、上級生たちが近づいてくる。
殴る体制に入っている。
あー、タコ殴りだろうな。
でもよかった、自分の意志を貫いたから。後悔はない。
バスケ部のキャプテンが腕を引いて俺をまた殴ろうとしている。
拳が動き出して殴られる、と思った時、
バスケ部のキャプテンに向かって、誰かが勢いよくドロップキックをして突っ込んできた。
蓮だ。
モロにドロップキックを受けたバスケ部のキャプテンが地面に倒れこむ。
梅澤たちを含め上級生たちは唖然としている。
「お前、全然部活にこねぇと思ったらこんなとこで絡まれて何してんだ?」
蓮はドロップキックなんてしてませんといった涼しい顔をしている。
「え、えっと、ちょ、ちょっと絡まれちゃって」
殴られて上手く喋れない。
「そんなんじゃ橘を守れねぇぞ」
そうだな、ってなんで橘との関係を知ってるんだ?
「なんだてめぇ!」
バスケ部のキャプテンが立ち上がる。
「お前こそ誰だよ」
さすが蓮だ。
自分よりも背が高く、ガタイのいい上級生数人を前に全く怖がってない。
全員臨戦体制だ。
「ここは任せて行けよ。橘のとこに行くんだろ?」
蓮はなんでもお見通しのようだ。
「・・・ありがとう。さすが俺の親友だ」
蓮が上級生の1人に思いっきり回し蹴りを食らわした。
その隙に走り出す。
「まて !」
バスケ部のキャプテンの声が聞こえたが、すぐにウッ、といううめき声が聞こえた。
蓮がなにかしたのだろう。
後ろから悲鳴や誰かが殴られる音が聞こえたが、それが蓮の声なのか、上級生や梅澤たちの声なのかは分からなかった。
でも俺はただ走った。京子のところに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます