第18話 部活見学


 季節は8月上旬。

夏休みも始まってもうしばらくたった。

俺はというと昼は寝て夜に活動するという完全に昼夜逆転の生活を送っている。

まあ、夏休みだしそんな生活も許されるだろう。

夏休みは梅澤たちに会わなくて済むのでいい。

あいつらに奴隷として扱われるのはもうごめんだ。

それに今は橘が守ってくれるから安心だ。


 今日は橘と蓮が俺の所属している美術部に部活見学に来る日だ。

まあ、見学と言ってもほぼ入部することは決定しているんだが。

夏休みの美術部は週に2〜3回、美術室を解放していて、

絵を描くことができる。


 美術部の部員は全学年で15名程が所属している。

不良の学校なのであまり絵を描くことが好きな人がいない。

だいたいみんな運動部に入ることが多い。


 美術部は自由度が高く、月1で作品を提出するという課題以外は特に縛りが無く、部員それぞれが好きな絵を書いている。

一応絵に詳しい顧問もいるので何か教えて欲しいことがあれば聞くことができる。


 部員が少ないこともあってみんな仲はいいが、俺は最初の頃は体育倉庫で梅澤たちにこき使われていたので、美術部に行く頃になったらすでに仲の良いグループが出来ていて、そこに入れなかった。

ということで他の部員が友達と楽しく絵を描いている中、俺は孤独に作品を制作している。

話しかけてくれるのは部長ぐらい。けっこう寂しいです。なのでぜひ橘と蓮には美術部に入って欲しい。



 美術室で橘と蓮を待つ。

美術室はクーラーが効いている。

部員はちらほらいるが、今日は少ない方だ。

外はいい天気だ。


 美術室には色んなものが置いてある。真っ白なキャンパスやホームセンターにありそうな木材、石膏像や描きかけの風景画。

机と椅子は端の方にぐちゃぐちゃに置いてあり、使いたい人はここから取ってという仕組みだ。

床は絵の具などでカラフルに汚れていて壁際に物が乱雑に置いてある。

散らかっている場所だが俺はそれが逆に落ち着く。

こういう場所の方が絵を描く手が進む気がする。


ガラッ、美術室の後ろの扉がそろっと開いた。


橘だ。


 顔だけ出し、中の様子を確認して俺を探しているのかキョロキョロしている。

美術室の一番後ろで座っている俺を見つけると小走りでこっちへ来る。


「おはよっ!」


橘が囁くような小さな声を出す。


「なんでそんな小声なんだ?」


「静かにしなきゃなのかなって思って」


「普通で大丈夫だよ。みんな騒ぎながらやってるし」


ていうか昔、俺に「ちょっと話がある」って美術部に乗り込んできた時は橘はめっちゃ騒いでたぞ。


「そうなんだ」


そう言って、俺が用意していた椅子に座る。


数十秒もしないうちに今度は美術室の前の扉がガラガラッ、と勢いよく開く。


蓮だ。


橘と違って、俺を見つける前にズカズカ美術部に入っている。


「へー、こんな感じなんだなー」


蓮があたりを見渡して独り言のように言う。


俺が小さく手をあげるとそれに気づいてこちらへ進路を変える。


 なんだか面白いな。

2人の行動がこんなに違うとは。

性格が現れてる。

橘の上品さと蓮のデリカシーのなさがこの一瞬で理解できた。


絵を描く前に久しぶりに3人で集まったので近況などを話していると、部長がやってきた。


「こんにちは加藤君。2人が部活体験の子たち?」


 部長の大園栞おおぞのしおり。

部長は茶髪に三つ編みのおさげで丸メガネをしている。

三つ編みおさげ以外の髪型を見たことがない。

俺らより1つ上の2年生であまりにも絵が上手いということで部長に任命されたらしい。


 部長は唯一俺に話しかけてくれる。

そしてめちゃくちゃ絵が上手い。確かなんかの賞とかも取ってる。その賞状が美術室に飾ってある。

部長のすごいところは自分の絵の個性を完全に消すことができるところだ。

よく俺に描いたアニメキャラの絵とかを見せてくれるのだが、公式のイラストだと勘違いするほど模倣出来ており、その作者のタッチにしっかり寄せている。

こういう人を見ると自分はまだまだと思い知らされる。


「はい、そうです」


「今日はありがとう、見学に来てくれて。私が部長の大園です」


部長が美術部の説明をしてくれる。


「ゆるい部活だから各々好きな絵を描いてるよ。それに絵を描くの上手くなくても大丈夫」


「そこらへんにある物とかも自由に使っていいからね。あと月に1回自分の描いた作品を提出することになってるの。どんなのでもいいからね。」


橘と蓮は静かに説明を聞いている。


「あとはたまに外部の先生とかを呼んだりして教えて貰ってるよ?」


「それと・・・ヌードデッサンとかもやってるよ」



「「ヌードデッサン!?」」



橘と蓮の声が重なる。


「いや、やってないです」


すかさずツッコミを入れる。


「冗談だよ。せっかくだから絵でも描いて帰ったら?」


危ない。この人は涼しい顔してたまにぶっこんでくるから。





 一応体験として蓮と橘は似顔絵を描くことにした。

橘と蓮は俺を描いてくれる。俺は座って2人の対象となる。


なんだかこうして見られるのは恥ずかしいな。


 2人とも真剣に取り組んでいるようだ。

橘はシャッシャッっと滑らかな音が聞こえ、よく考えて描いているのがわかる。

それに対し、蓮はザッザッっと勢いに任せて自由に描いている。


 20分後、全員の絵が完成したようだ。

まず橘が絵を見せてくれる。


「・・・上手だね」


 俺の顔の特徴をしっかり捉えていて、一目見て俺だとわかる。

俺のことをよく見て描いてくれたと絵から伝わる。

普段絵を描かないのにここまでできたら上出来だ。


次に蓮の番。


「・・・これ誰?俺?」


 蓮の絵は独特なタッチで一度見たら忘れられないような絵だった。

線が何本も重ねられていて、絵に深みが出ている。

これがめちゃくちゃすごい画家の絵だと言われれば納得する。


「上手だろ?」


「・・・個性的だね」


2つともそれぞれの性格を表しているような絵だった。





橘の隣に座って修正点を教える。


「もっとここを強調して・・・」


「え、じゃあここを・・・」


 気がつけば結構近い距離で指導していた。

付き合うようになってから橘との距離感がわからなくなってきた。


それを見た蓮が、


「なんかお前ら前より仲良くなった?」


「え?そうかな?」


橘と顔を見合わせる。


 蓮には一応橘と付き合っていることは秘密にしてある。

言ってしまうと蓮が気まずくて居づらくなってしまうと思った。

まあ、いずれ言わなければならない時は来るだろうけど。





 太陽が登りきったぐらいの頃、今日の美術部は終了することに。

部員が各々片付けを始めている。

机を移動させていると橘が俺の描いた橘の似顔絵を気に入ったのか、大切にファイルに入れて鞄の中に入れていた。


「今度は絶対破らないから」


少し冗談っぽく橘が言う。


 体育倉庫で橘に破られた絵。橘がバラバラの絵を拾って繋ぎ合わせてくれた。

今でも家に置いてある。


 俺も橘が描いてくれた絵を持って帰ることにした。

お互いの似顔絵がそれぞれの家にある。それがちょっと嬉しかった。

大切にしまっておこう。

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