第17話 豪邸


 夏祭りから数日後、只今絶賛夏休み中。

晴れの日が続き、部屋の中でもクーラーをつけていないと暑い。

部活も毎日あるわけではないのでインドアな俺は途中でやめていたゲームをしたり今期のアニメを見たり、夏休みらしく朝から家でゴロゴロしている。

外ではセミが大きな音で鳴いている。

俺に家から出ろと言っているみたいだ。

嫌です。ずっと夏休みでいいです。




夏祭りの日、俺と橘は恋人になった。




 が、今まで友達だったこともあり、

そんな急にイチャイチャするわけでもなく。

今までとあまり変わらない関係が続いている。

まあ、でも自分たちのペースで橘と距離を縮めていけたらなと考えている。


 今日はそんな橘の家に夏休みの計画を立てるために昼から遊びに行く。

いつの日か見た橘の豪邸。

まさかあの中に入ることになるとは。

中はどうなっているんだろう。



 橘の親御さんいるのかな。

なんか挨拶した方がいいのかな。

娘さんと付き合ってますって言ったほうがいいのか?



「なんだ貴様!認めんぞ!」



 とか言われたらどうしよう。

まず普通の服で行っていいのか?



「なんですか!そのみすぼらしい服は!」



 とか言われたらどうしよう。

服に穴とか空いてないかな。後で確認しよう。


 どうしよう、どうしよう、と、

ネガティブな事ばかり想像してしまう。


 橘に電話して聞いてみようかな。

スマホを開いて橘に電話をかける。


数秒ですぐ電話に出る。



「もしもし?橘?」


「もしもし?どうした?」


「そろそろ行こうと思ってるんだけど、大丈夫?」


「大丈夫だよ」


「オッケー、あとさ、服って普通でいいよね?」


「服?」


「うん。なんか橘の家に普通の服で行っていいのかなって」


「普通でいいよ!そんなに気張らないで!」


「じゃあ!待ってるから!」



 ピッ、電話が切れる。

橘も言ってるし、自然体で行こう。




 橘の家の最寄り駅に到着する。

外はカンカン照りだ。

真っ青な空に大きな入道雲が佇んでいる。

夏だな。


 こっちか。

駅から進んで前に橘を自転車の後ろに乗せて家まで送った道を進む。

ここら辺は高台になっている高級住宅街で大きくて綺麗な家が並んでいる。

静かだ。厳かな雰囲気が伝わってくる。


 見えてきた。

そんな中でも少し住宅街から離れたところにあるひときわ大きくて広い豪邸。

ここが橘の家だ。

デッケェ。今からこの中に入るのか。

緊張してきた。

結局、いつものジーパンにTシャツできてしまったが、目の前まで来て後悔する。


 入り口はマンションのエントランスのようになっている。

・・・インターホンはどこですか?

なんかそれっぽいのが何個かあるが、適当に押して変なことになったらどうしよう。


橘にメッセージで「着いたよ」と連絡する。

「迎えに行く!」と帰ってきた。


数分後、ドアの先から橘が出てきた。



「お待たせ!」



何かを操作して向こうからドアを開けてくれる。



「久しぶり!夏祭り以来だね・・・」



 橘が目を伏せて照れている。

そうだった、連絡は取っていたが実際に会うのは夏祭り以来だった。

久しぶりに会うので実感できなかったが、


 目の前にいるのは俺の彼女なんだ。

そう思うと急にドキドキしてきた。



「そうだね・・・」



 橘との距離感が分からない。

まだ友達という感覚が抜けない。



「い、いこっか」


「そ、そうだね」



 2人とも何かフワフワしているが、橘の案内で進む。

ドアの先は広いスペースになっており下はコンクリートに芝生のラインがある。

その先に屋根が平らな2階建ての家がある。


少し気になったことを橘に聞いてみる。



「さっきのとこは玄関なの?」


「いや、入り口だよ」



 ・・・入り口?玄関との違いがわからん。

お邪魔しますはさっき言った方がよかったのか?



「ここが玄関だよ」

 


橘がそう言って大きな扉を開ける。


・・・思わず言葉を失ってしまった。

玄関は大理石になっており、高級そうなマットが敷いてある。

玄関の先はリビングなのか部屋と部屋の間に壁がなく開放感がすごい。

正面に庭があり、プールもある。

モデルルームのように綺麗だ。


 すごい。

圧倒されて語彙力が無くなる。



「お、お邪魔します・・・」


「私の部屋は2階だから」



 靴を脱いで橘についていく。

橘の部屋は2階にあるらしい。

あまりのすごさに呆気に取られながら階段を登る。


 階段を登ると長い廊下があり、扉がいくつかある。

橘が階段近くの扉を開ける。



「ここが私の部屋」



え?これが橘の部屋?リビングじゃないの?


 部屋の左には白と黒を基調としたシングルサイズのベッドがあり、天蓋とベッドカーテンが付いている。

お姫様が寝てるやつみたいだ。

横にはドレッサーがあり、大きな鏡とメイク道具がたくさん置いてある。

部屋の右には大きな本棚があり、色んな漫画が置いてある。

正面にはテーブルと大きなテレビがあり、最新のゲーム機器が並んでいる。

高台に家があるため、橘の部屋からは街が一望できる。

下には庭があり、プールやハンモックが見える。



「毎日ここで暮らしてるの?」


「そりゃ私の家なんだからそうでしょ」



現実感の無さから意味不明な質問をしてしまう。



「適当に座って?」



遠慮気味に目の前のテーブル前に座る。



「なんかすごいね・・・」


「そうかな?普通じゃない?」


「普通じゃないと思うよ・・・」


「今度そっちの家にも行きたい!」


「また今度ね」



なんかうちに来てもらうのは恥ずかしいな。



「早速予定決めよ!」


「どこ行く?」


「どうしよっか?」


「海もいいね、あとはショッピング、キャンプに温泉」


「いっぱいだね!」



 橘が楽しそうに笑っている。

まあ、橘と一緒ならどこでも楽しいだろうな。



「うん」


「これって泊まり?」



純粋な疑問として橘に聞く。



「・・・私はいいよ?」



 なんだその含んだ言い方は。

色々と想像してしまう。



「あと、お願いがあるんだけど・・・」


「・・・なに?」


「下の名前で呼んでほしいかも」


「名字はなんか距離感じて嫌だな・・・」


「そうだね・・・呼んでみるよ」


「お、お手洗い借りてもいい?」



気まずくなってしまい、逃げてしまう。



「いいよ!1階に降りて右に曲がって突き当たりにあるから!」



家で突き当たりって言葉使うのか。



「オッケー」



そう言って橘の部屋を出て階段を降りる。


 言われたとうりに右に曲がる。

突き当たりまで進む。

全然突き当たりに着かないんですが。

思った以上にこの家は奥行きがある。


 広い庭園を横目にお手洗いを探す。

ちょくちょく畳のある和室を見かける。

和と洋の融合したオシャレな家だ。

あった。これがお手洗いか。




 お手洗いを済ませ、元来た道を戻る。

部屋がいっぱいあるみたいだ。

・・・ちょっとだけならいいかな。

少し寄り道をして橘の家を歩いて回る。


数分後。


 あー完全に迷った。

一生戻れないわ。

寄り道したことを後悔する。


 2階に上がる階段を探して廊下を進むと縁側に出た。

目の前には枯山水のような庭園がある。

とても丁寧に整備されているのがわかる。

・・・綺麗だ。


 ふと横を見ると、少し遠くに縁側に座っている20歳ぐらいの男性がいた。

橘のお兄ちゃんとかかな。

茶髪にメガネで本を読んでいる。


あの人に聞こう。



「あのー、京子さんに招待されて来たのですが、2階に上がる階段はどこにありますか?」



 自分のできるだけの敬語を使って話しかけた。

すると本から目を離して俺を見て



「ああ、こっちだよ」



 立ち上がって進み始めた。

その後ろについていく。

すごい静かで上品な人だな。


 後ろをついていくとさっき通った道に戻ってきた。

ここを右に曲がったら階段だ。

階段の前に橘の姿が見えた。



「あっ!遅かったから迷ってるんじゃないかって思って。ってお父さん!?」



 お父さん!?

嘘つけ、若すぎるだろ。

20前半ぐらいに見えるぞ。



「君が噂の京子の彼氏か」


「は、はい、そうです。京子さんとお付き合いさせて頂いています」



 なんて言われるんだ?

心臓が跳ねる。

こんな経験は初めてだ。



「うちの娘をよろしくね」


「はい!」



 あーよかった。

殺されると思った。





 橘が駅まで送ってくれる。

駅まで一緒に歩く。



「海、楽しみだね」



 結局、海に行くことに決まった。

夏休み。短いかもしれないが、橘と色んな思い出を作れたらいいな。





駅の改札で橘と別れる。

後ろを振り向く。



「じゃあな!京子!」



少し照れながら名前を読んだ。



「またね!一馬!」



橘はそう言って手をブンブン振って飛び跳ねていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る