第11話 友達
ついに電車通学に変えた。
自転車と違って電車は最高だ。
漕ぐ疲れがないし、運が良ければ座ることもできる。
人は多いが満員電車ってわけでもないし、夏なら電車の中はとても涼しい。
電車通学にしてよかった。
そして毎日ではないが、たまに橘と一緒に登校している。
同じ時間の電車に乗っているみたいだ。
橘は改札や学校までの道で俺を見つけると駆け寄って来る。
一緒に登校できるのはとても嬉しいのだが、たまーに、朝の眠い時にそのテンションについていけない時がある。
そういう時は電車をいつもより遅い時間にしている。
所属している美術部では制作している絵がもう少しで完成する。
もしかしたら今日中には完成するかもな。
放課後、授業が終わり教室を出ようとすると、
「おい」
誰かに後ろから呼び止められた。
振り向くと、同じクラスの男子3人組がいた。
真ん中のやつは短髪ツーブロックの茶髪にピアス。
こいつがリーダーっぽい。後ろに2人を従えている。
俺より背が高いからか威圧感がすごい。
「ちょっとついてこい」
短髪ツーブロックが低い声で言う。
なんだ?目をつけられるようなことしたか?
最悪だ。
3人の後ろを歩く。
隙をついて逃げようかな。
ダメだ。逃げたら後で何されるかわからない。
大人しく3人について行く。
連れて行かれたのは体育館裏だった。
体育館の壁を背に、3人が俺を睨みつける。
誰か助けてくれ。
短髪ツーブロックが口を開く。
「お前、橘と付き合ってんの?」
なんだ?
「いや、付き合ってないけど・・・」
「じゃあなんであんなに仲いいんだよ」
「朝一緒に来たり、席が隣で仲良く喋ってんじゃねえか」
なるほど。
察するに短髪ツーブロックが橘のことを好きなんだろう。
それで橘と仲のいい俺を見てあまり良い気になってないってことか。
たしかに橘が俺以外のクラスの男子と仲良くしているのをあまり見たことがない。
「あんま調子乗るなよ、言ってることわかるよな?」
橘と仲良くするなってことか。
短髪ツーブロックが近づいて来る。
咄嗟に身構える。耳元で
「どうなっても知らねぇぞ」
そう言うと3人は去っていった。
あー、めんどくさいことになった。
次の日の朝、駅の改札を出て学校までの長い1本道を歩いていると、後ろから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。
「おはよ!」
橘だ。
昨日のことがあって、少し遠慮してしまう。
「・・・お、おはよう」
「なに?元気ないじゃん」
橘に気づかれる。
「いや?ちょっと眠いだけだよ」
「そっ、夜更かししちゃダメだよ」
「そうだね」
まあ、昨日の奴らは見てないだろ。
そう思っていた。
1限目は体育の野球の時間。
体育の先生が、2人1組になってキャッチボールしろ、と言う。
こういうのが一番嫌だ。自分で相手を探すやつ。
キョロキョロと周りを見渡す。
少し遠くに一人、相手がいなさそうな人を見つけた。
駆け寄って声をかける。
「よかったら一緒にやらない?」
「おう」
この人、同じクラスの鞍馬くんだ。
鞍馬 蓮。(くらま れん)
軽くパーマがかかった茶髪で高身長。見た目は不良だが、物静かでクラスではあまり目立たない存在。
鞍馬くんと離れてキャッチボールをする。
鞍馬くんは顔がかっこいい。クールな顔をしている。憧れるなこういう顔。
そして何が起きても動じないような雰囲気。
キャッチボールを終えると鞍馬くんが。
「お前、なんかめっちゃ睨まれてるぞ」
鞍馬くんの見ている方を見ると、短髪ツーブロックの3人組がこっちを睨んでいる。
まずい、朝に橘と登校したのを見られていたか。
「なんで睨まれてるんだ?、なんかしたのか?」
鞍馬くんなら話しても大丈夫だろう。
そう思って鞍馬くんに、橘と友達だからあの3人に目をつけられていることを話した。
すると
「ふーん、あいつら今にも殴りかかってきそうな雰囲気だけど」
そう言われてみると確かにそうだ。
隠す気もなくこちらを睨んでいる。
野球の試合が始まる。
鞍馬くんと同じチームだった。
鞍馬くんはピッチャーをやり、華麗に相手チームを打ち取っている。
最後の打者を三振に打ち取り、鞍馬くんがベンチに戻って来る。
「鞍馬くん野球やってたの?」
「ああ、少年野球だけどな」
すると鞍馬くんが
「加藤、お前も野球やってただろ」
すごい、俺も少年野球をやっていた。なんでわかったんだ?
「すごい、なんでわかったの」
「キャッチボールしてたらわかった」
試合は進む。
どちらも譲らない接戦だった。
ついに打順が回って来た。
前の打順の人からバットを受け取ってバッターボックスに立つ。
ピッチャーは目をつけられている短髪ツーブロック。
なぜかニヤニヤしている。
少し気になるが、バットを構える。
チラッと向こうでソフトボールをやっている女子が見える。
もしかしたら橘が見ているかもな。
・・・俺だって少年野球をやってたんだ。
1球目。
短髪ツーブロックが球を投げる。
速い球だ。
危ねぇ!
球が顔の近くを通り、思わず仰け反る。
短髪ツーブロックはニヤニヤしている。
わざとか?
2球目。
短髪ツーブロックが球を投げる。
今度は完全に顔を狙いに来ている。
咄嗟に顔を背けるが、避けきれず肩にボールがガンっと当たる。
いってぇ。
「あぁ、ごめんごめん手が滑った」
と悪びれもなくニヤニヤしながら言う。
デッドボールで肩を抑えながら1塁に進む。わざとやりやがったな。
次の打者は三振でこの回が終わる。
俺らの守備の番だ。
打者はさっき俺にデッドボールを当てた短髪ツーブロック。
するとピッチャーの鞍馬くんが
「加藤、ピッチャー代わって」
急に言われて驚く。
「なんで俺なんだ?」
鞍馬くんが近寄って小声で囁く。
「高めで顔のスレスレに投げろ」
何を言ってるんだ?
「当たったらどうするんだ」
すると鞍馬くんが
「悔しくないのか?」
その言葉に心が揺らぐ。
「俺がなんとかしてやるから」
鞍馬くんはニヤッと笑って守備に向かった。クールに見えて攻撃的なんだな。
・・・どうなってもいい。こいつらに後でボコボコにされる恐怖よりも、さっきの悔しさの方が上回った。
自分の気持ちに嘘をつきたくなかった。
1球目。
さっきやられたのと同じように顔の近くに投げる。
短髪ツーブロックは仰け反る。
ギロッと睨まれたが、知らないふりをする。
守備の鞍馬くんを見る。
もう一回やれという風に、コクリと頷く。
2球目。
同じように顔の近くに投げる。
短髪ツーブロックはまた仰け反る。
「てぇめぇ!わざと狙ってるだろ!」
短髪ツーブロックがバットを持って近づいてくる。
不思議とあまり怖くはなかった。
向こうでソフトボールをしている女子が声に気づいてこちらを見ている。
短髪ツーブロックに胸ぐらを掴まれる。
「お前、どういうつもりだ」
鞍馬くんが駆け寄って間に入る。
「まあまあ、そう怒んなって、お前もさっき同じことしてただろ?」
女子たちが向こうでプレーを止めて見ている。
短髪ツーブロックがそれに気づく。
「チッ、お前ら許さないからな」
すると鞍馬くんが
「ピッチャー交代だ、誰か代わりにやってくれ」
結局試合は5対4で負けた。
授業が終わった後、更衣室で鞍馬くんが
「ナイスピッチングだったぜ!」
「ありがとう」
「ああやって、やられたらやり返したらいいんだよ」
「そうだね」
今日は鞍馬くんがいたからできたけど、次からは無理だな。
更衣室を出ると、短髪ツーブロック3人組が待っていた。
「さっきはよくもやってくれたな」
「お前ら放課後、体育館裏に来い」
そう言って。去っていった。
鞍馬くんの方を見る。
「どうする?」
「もちろん行くに決まってんじゃん」
鞍馬くんは涼しい顔をしていた。
放課後、鞍馬くんと体育館裏で待つ。
「あー早く来ねぇかな?」
なんで鞍馬くんはそんな冷静にいられるんだ?
まるで楽しみにしているみたいだ。
でも俺もあまり怖くはなかった。
鞍馬くんがこんなに冷静だからかな。
「おい!」
叫ぶ声が聞こえる。
短髪ツーブロックたちだ。どんどん近づいて来る。
「体育の時はよくもやってくれたな」
鞍馬くんが
「たまたまだよなぁ?」
俺に問いかける。
「う、うん」
「それにお前、朝、橘と来てただろ。俺が言ってたこと忘れたのか?」
「忘れた」
鞍馬くんがいるからか、気が大きくなる。
「は?お前何様だ?」
「お前らまとめてボコボコにしてやるよ」
ボコボコにされてもよかった。
自分に向き合ってやったことだから。
短髪ツーブロックが腕を振り上げた時、
鞍馬くんが短髪ツーブロックの腹に前蹴りを入れた。
いきなりすぎて何が起こったかわからなかった。
短髪ツーブロックうめき声を出して地面にうずくまる。
すかさず、鞍馬くんがもう一人を横から三日月蹴りで倒す。
それを見て反撃してきた最後の一人のパンチをすんででかわし、カウンターで顔面におもいっきりパンチをいれた。
さっきまで立っていた3人が地面に転がっている。
短髪ツーブロックが体を起こし、立ち上がろうとする。
「まだやるか?」
鞍馬くんがしゃがみこんで挑発する。
「タダじゃおかねぇからな!」
短髪ツーブロックたちがヨロヨロと立ち上がって逃げ帰って行く。
鞍馬くんは何事もなかったかのようにクールな顔をしている。
「ふぅ!これでもう大丈夫だな」
驚きで何て言ったらいいかわからない。
「す、すごいね。鞍馬くん喧嘩強いんだね」
「蓮でいいよ」
「また何か言ってきたらさっきみたいにしてやるから大丈夫だよ。次は加藤も一緒にやってくれよな」
二人で笑いあう。
高校に入って橘以外に初めて友達ができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます