第10話 久しぶりの体育倉庫
7月中旬。セミの鳴き声が聞こえ始めている。
遅くきた梅雨も完全に終わり、日差しが強く蒸し暑い日が続いている。
最近は美術部の活動も忙しくなってきているが、橘に
「里奈たちに変に思われないようにたまにでいいから放課後、体育倉庫に来てほしい」
とお願いされている。
たまには顔を出さないとあいつ何してるんだ、と思われるかもしれないからな。
そして今日はその体育倉庫に向かう日だ。
放課後、授業が終わると橘と一緒に体育倉庫に向かう。
今まで体育倉庫に向かうときは、いまからあいつらに会うんだと思うと足が鉛のように重く、暗い気分だった。
でも今は違う。
隣の橘が守ってくれるだろうから。
あー頼もしいな。
ガラガラッ、体育倉庫の扉を開ける。
体育倉庫の中は全く変わってなかった。
体育の授業で使わなくなった跳び箱やマット。
誰かが持ってきたソファーもある。
いつも座っていた端の方にあるマットの上に座る。
橘はソファーに座っている。
いくら橘がいるとしてもやはりここにくるとドキドキする。
不安そうな俺の顔を見てか、橘が
「大丈夫だよ。私専用ってことにしてあるし、手は出してこないと思うよ」
「そ、そうだね」
ガラガラッ、体育倉庫の扉が開く。
「うぃー、京子、もう来てたのか」
梅澤たちが入ってくる。
梅澤は金髪ロングで前髪はかきあげ、中が見えそうなくらいスカートが短い。
梅澤以外の3人もスカートが短く、鞄にキーホルダーをジャラジャラつけている。
やっぱ威圧感がすごいな。
橘を含めた、おなじみのギャルグループ5人が揃う。
それぞれがいつもの定位置に座る。
橘と梅澤はソファーに座り、あとの3人はマットの上や跳び箱に座っている。
梅澤が端の方でマットに座っている俺を見つける。
「今日はお前も来てるのか」
橘がすかさず、
「そっ、私の奴隷としてね」
俺は橘の奴隷だったのか。知らなかったな。
こいつらの前では俺をいじめていることにして俺を守ってくれている。
それを聞いた梅澤が
「あー、じゃあ奴隷君、なんか飲み物買ってきて」
いきなりだな。
しかし嫌とは言えるわけもなく、
「・・・はい」
「ダッシュな」
梅澤が圧をかける。
ヒャッヒャッっと周りの奴らが笑う。
体育倉庫の扉を開ける。
ちらっと橘を見ると、梅澤たちに見つからないように、
顔の前で小さく手を合わせ、口パクで「ごめん」と言っている。
体育倉庫を出て自販機に向かう。
久しぶりだな。こうやってパシリに使われるのは。
中庭を通ってグラウンド横の、自販機のあるテニスコート前に向かう。
吹奏楽部の部員が中庭で練習している。トロンボーンかな。
グラウンドの方からカキーンという音が聞こえた。野球部だろう。
中庭を出てグラウンドの横を通っていると、陸上部が集団で俺の横を走って通り過ぎていった。
見慣れた部活動の光景。卒業するまでの3年間しか見れない光景。
そう思うと全てがキラキラして見えた。
そんな感傷に浸っていると、自販機前まで来た。
バスケ部の練習着を着た人がどれを買おうか悩んでいる。
俺はその後ろで待つ。
その人が俺の存在に気づいて振り向く。
「あっ、ごめん!すぐ決めるから!」
その人の顔を見て気づいた。この人バスケ部のキャプテンだ。
うちのバスケ部は強くて有名で、特にキャプテンのこの人は代表にも選ばれるほど上手かったはずだ。前にバスケ部のキャプテンにテレビの取材が来たって学校中で話題になってた。
そしてこの人は、橘に告白した人だ。
美男美女カップル誕生だって騒がれてた。
橘は断ったらしいが・・・
なんで断ったんだろう。
かっこよくて、バスケ部のキャプテンで、なんか優しそうだし、断る理由なんてないと思うが。
ガコッ、ジュースが取り出し口に落ちる音が聞こえた。
「ごめん!待たせちゃて!」
そう言うと颯爽と走っていった。
全部負けてるな。勝ってるところなんて一つもないかも。あっ、でも俺は美術部だし絵の上手さぐらいなら勝ってるか。でもあの人がめちゃくちゃ絵上手い可能性もあるぞ。それも負けたらもうおしまいだな。
そんなことを考えながら、全員分のジュースを抱えて体育倉庫へ戻る。
体育倉庫へ戻り、ドアを開けるといきなり、
「遅せーぞ、ダッシュって言っただろ」
他の奴らも文句を垂れる。
橘も小さな声で
「・・・遅せーよ!」
頑張ってるな。
全員にジュースを渡していく。
橘に渡すときに橘が小さい声で
「ごめんね」
口パクで「大丈夫」と返す。
渡し終わり、定位置のマットの上に帰る。
橘たちはジュースを飲みながらワイワイ喋っている。
普段とは違うギャル口調の橘に違和感を感じる。
ふと梅澤の鞄に目をやると、鞄のチャックが空いており、中から高級ブランドの財布が顔を出している。
前から思ってたが、橘も含めみんな高級ブランドのバッグとか服をたくさん持っているらしい。それも学生じゃ買えないような金額のもの。高校生がバイトで稼いで買えるような金額じゃないだろ。
まさか今流行りのおじさんと遊んでお金もらうみたいなやつか?
梅澤たちは知らんが、橘に限ってそんなことしないだろう。
橘は親が金持ちだし、親からお金をたくさんもらってるんだろう。
そう信じよう。
「あー、ちょっと私トイレ」
橘がお手洗いで体育倉庫から出る。
橘がいない、こいつらとの時間。
この時間が一番怖い。
頼むから早く帰ってきてくれ。
橘がいなくなっても梅澤たちは話をして盛り上がっている。
梅澤たちに俺の存在を忘れてもらうために、マットの上でジッとして息をひそめる。
俺は存在感を消すのが本当にうまいと思う。
座っているマットと同化し、時間が経つのを待つ。
俺はマットです。
ガラガラッ、橘が戻ってきた。
同時に俺も人間に戻る。
戻ってきた橘が
「ちょっと早いけどそろそろ帰らない?」
と提案する。
「おっけー」
梅澤たちが鞄を持って立ち上がる。
梅澤が俺を見て
「掃除しとけよー」
と言い、体育倉庫から出て行く。
嫌ですと言いたいが、そんなことは言えない。
今日はあいつらが帰るのは早かった方だ。
まだ日も落ちてないし、外では部活動もやっている。
これも久しぶりだ、あいつらが帰った後の体育倉庫を掃除するのは。
遠くで聞こえる吹奏楽部の練習の音を聞きながらジュースの空き缶やあいつらが食ったお菓子のゴミを片付ける。
掃除が終わり、梅澤と橘が座っていたソファーに座って休憩する。
思っていたよりもふかふかだ。
緊張からの解放で眠くなる。
少しだけ、5分だけ寝よう。
目をつぶり、ソファーの背もたれに体を預ける。
意識が飛んでいくのがわかる。
甘い香水の匂いで目が覚めた。
薄く目を開く。
ぼやっとした視界だが誰かいるのがわかる。
目をこすって視界をクリアにする。
「おはよう」
聞き覚えのある声だ。
声をかけられた方を見ると橘だった。
目の前に橘がいる。
「な、なんでいるんだ?」
「忘れ物って言って戻ってきちゃった。そしたら寝てるんだもん」
あははっ、と橘が笑う。
「眠くて、つい」
照れ笑いをする。
橘が俺の横に座る。
甘い香水の匂いが強くなる。
「ごめんね、今日は」
「大丈夫だよ」
「この前言ってたやつ聴いたよ!」
橘が思い出したかのように話す。
前に俺の好きなアーティストを聞かれて答えた。
「めっちゃいいでしょ?」
俺が聞くと、
「うん!めっちゃいい!」
最近よく好きなアーティストやテレビ番組を聞いてくる。
その後、体育倉庫でそのアーティストや他にオススメの曲など、時間を忘れて橘と語り合った。
すっかり日は落ちてあたりは暗くなっていた。
「もうこんな時間だ、喋りすぎちゃったね、帰ろっか」
体育倉庫の電気を消し、自転車置き場へ向かう。
「まだ自転車なの?早く電車にしなよ」
いまだに橘は電車通学をしつこく勧めてくる。
「考えとくよ」
自転車置き場に着くと、自転車の防犯チェーンを外すのを橘がじっと見ている。
前にもこんなことあったな。
「・・・乗ってく?」
「うん!」
橘が自分の鞄を自転車のカゴに放り込む。
校門の前で橘を後ろに乗せ、自転車を漕ぎ始める。
「・・・重い」
「なに?」
橘に睨まれる。
あの時と一緒だ。
でも今はあの時と関係性が違う。
あの時は、いじめっ子といじめられっ子。
今は・・・友達か。
普段は感じない自転車の後ろの重さが愛おしかった。
橘の家の前まで送る。
「そこ右に曲がって」
言われたとおりに右に曲がる。
「まっすぐ行って」
どこだろう。
「これこれ!これが私の家だよ」
目の前にものすごい豪邸が見える。
こんなとこに住んでんのか!
さすがお金持ち。
入り口はマンションのエントランスのようになっており、
橘が鞄から何か小さな機械のようなものを取り出してドアに向ける。
するとドアが自動で開く。
あっけにとられていると、橘が
「ありがとう送ってくれて!また明日ね!」
あっけにとられながら橘の後ろ姿を見つめる。
帰り。さっきとは違い、後ろが軽い自転車を漕ぐ。
橘と一緒にいると楽しいな。
毎日こうやって一緒に帰れたらいいのに。
・・・俺も電車通学にしよう。
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