第8話 本音


「ねぇ、このまま二人でどっか出かけようよ」


 俺の降りるはずだった駅がどんどん離れていく。

橘が下を向いて黙ったまま掴んだ袖を離さない。


「どっかって、どこ?」


「・・・どこでもいい」


「だめ?」


 橘が袖を掴んだまま上目遣いで見つめてくる。

そんな目で見つめられたら断れない。




 俺たちは終点の大きな駅まで行くことにした。

ここは駅の周りにショッピングモール、家電量販店など大型施設が立ち並ぶ。


「ショッピングしようよ!」


 橘のリクエストから、駅を出て近くのショッピングモールへ向かう。

日も沈み始めている。

雨は電車に乗っているうちに止んだ。

行き交う人たちは傘をさしていない。

橘は雨が降っていないのに俺の傘をさしながらスキップで俺の前を歩く。

無邪気だな。

橘は明るい。隣にいると眩しいぐらい。

電車ではあんなに黙りこくってたくせに。

俺を引き止めた後、電車で橘は俺の袖を掴んで離さなかった。

ここに到着すると急に元気になった。


 放課後にこんな遠くまで来るのは始めてだ。ましてや女の子と。

俺も少しテンションが上がっていた。

滅多に来ない場所。日常とかけ離れた非日常。何か悪いことをしているような気分でドキドキした。




 ショッピングモールに到着するとその大きさに驚く。

改装されて前に来た時よりもキレイで広くなっている。

駅の近くのショッピングモールってこともあって色んな店がある。

服屋、雑貨屋、本屋、映画館、カフェ。

ショッピングモールに着くと橘は片っ端から店を見てまわる。


「何か買わないの?」


俺が問いかけると、


「んー、欲しいものがあったら買うけど」


「買わないならなんで店に入るの?」


買い物ってこの店に行くとか決めて目的を持ってするものじゃないのか?


「・・・女の子と買い物したことないでしょ」


 はい、そうですよ。

これが噂のウィンドウショッピングか。




 本屋に立ち寄る。

橘はファッションの雑誌を立ち読みしている。

女の子はこういう雑誌を見て参考にしているのか。

ふと今人気のアイドルグループが表紙の雑誌を見つける。

このグループかわいいよなー。

その雑誌を手に取ってそのグループの特集ページを見る。どの子も顔が整っていて個性がある。

この中に橘がいても違和感ないけどな。

そんなことを考えていると、


「へー、そういうタイプが好きなんだ」


橘が横から覗いてくる。


「いやっ、好きってわけじゃないけど」


「ふーん」


 ジトーッとした目で見てくる。

その目はなんだ。


急に橘が思いだしたように、


「ねぇねぇ!服見に行こうよ!」


橘が小走りで本屋を出て行く。


「はやく!はやく!」




 二人で服屋に向かう。

インドアな俺は服なんかなんでもいいと思ってしまう。


「橘はいつもどんな服着てるんだ?」


「えっとね、ワンピースとか、他には・・・」


色々と服の種類やコーディネートを教えてくれたが、全然わからなかった。


「でも私、休みの日も制服着ることあるんだよ?」


「なんで?」


なんで休日も制服着るんだ?


「制服なんて卒業したら着れないじゃん。それにJKはブランドだから、今のうちに制服楽しまないと」


なるほど、深いな。




服屋に着くと、すぐに店員さんと仲良くなり、あれやこれや話している。


「これどう?」


俺に聞いてもわからんぞ。


「いいんじゃない?」


「こっちは?」


よくわからん。


「いいと思うよ」


俺の適当な返事に、


「ほんとにちゃんと考えてる?」


「考えてるって」


「えー、どっちにしようかな、決めて?」


うーん、なんとなくだが、橘に似合うとなると・・・


「こっちがいいんじゃない?」


いいと思った方を指差した。


「そっちかー」


いや、どういうことだよ。




 結局俺が選んだ方を買ったみたいだ。

レジでお会計をしていると店員さんが、


「お二人はお似合いのカップルですね!」


ドキッとして一気に体が熱くなる。


「あっ、いや・・・」


「えっと・・・その」


二人してごにょごにょ言ってしまう。


服を受け取って二人でそそくさと店を出る。店員さんは不思議な顔をしていた。


「・・・」


 気まずい空気が流れる。

そうだよな、カップルに見られるよな。


先に口を開いたのは橘だった。


「そっ、そうだ!バナナジュース飲みに行こうよ!」


「バナナジュース?」


「知らないの?タピオカの次はバナナジュースだよ!」


「へー」


さすがJK。いやギャルか。流行りに敏感だな。




バナナジュース屋で橘が店員さんと話している。


「これ新しいやつですか?そうなんだ!へ〜、こんな味もあるんだ。あっ!そのネイルいいですね!」


 店員さんとキャッキャしている。

さっきの服屋でも思ったが、店員さんとこんなに話すもんか?俺ならこんなに会話が弾まないぞ。


「どれにする?」


橘が俺に注文を促す。


「あー、俺も同じやつください」


よくわからないので橘と同じものを頼む。




 ショッピングモールを出て、二人でバナナジュースを持って近くの公園のブランコに座る。

日は沈んであたりはすっかり暗くなっている。

雨も完全に止んで傘が荷物になっている。

公園は俺たちの他に誰もいない。

ブランコのギコギコという音が響く。


「ごめんね今日は引き止めちゃって」


「いいよ、楽しかったし」


「それならよかった」


俺は気になっていたことがあった。


「なんで出かけようって誘ってくれたの?」


「・・・席替えで席が離れたら、話す機会が少なくなると思ったから」


「橘は優しいね」


「違う」


「え?」


思ってもみない返しに驚く。


「・・・私そんなにいい人じゃないよ」


「私、加藤のこといじめてたんだよ?」


屋上の時に謝ってくれたから解決したと思っていたが、まだ気にしてたのか。


「でも俺は橘とあいつらは違うって思ったよ」


「里奈たちと一緒だよ」


俺の認識とは違うみたいだ。


「少しの間だけだし、そんなの気にしてないよ」


「私は気にしてる。短くてもいじめていたことに変わらないよ」


俺が思っている以上に罪悪感を感じていたんだな。


「逆になんで私と一緒にいてくれるの?」


なんでって・・・


「・・・友達だから」


橘が下を向く。


「友達・・・」


橘が顔を上げて強い眼差しでこちらを見つめる。




「加藤と一緒にいると楽しい。もっと一緒にいたいって思う」




それって・・・




「でもこの気持ちが罪悪感から来ているものなのかもって思っちゃう」


「でもそうじゃないって、私の本心だって信じたい」


橘から言葉が溢れてくる。


「加藤にとって私は女友達?いじめていた一人?それとも・・・」


 その大きな瞳に吸い込まれそうになる。

橘が俺の返答を待っているように感じた。


「俺は・・・」


すると急に雨が降り出してきた。


「あっ雨だ・・・」


ブランコから降りて傘を開いて二人ではいる。


「喋りすぎちゃったね・・・帰ろっか」


 俺はさっきの問いに答える勇気はなかった。

橘も話の続きをしようとはしなかった。


電車では何事もなかったように話しかけてきた。いつも通りの橘だった。


もうすぐ橘が降りる駅だ。


「ねぇ、今日は楽しかった?」


「うん、楽しかった」


「よかった」


「これ使って」


 橘に俺の傘を渡す。

外では雨が降っている。


「いいの?」


「俺は駅から家近いから大丈夫だよ」


「・・・ありがとう。やっぱり優しいね」


ドアが開く


「橘、また明日」


「うん、また明日」


橘が電車を降りる。





橘の後ろ姿を見ながら、電車は進む。


一人になると、なんだか寂しいな。

今日は長い1日だった。

一人になって考える。

橘の本音を聞けて良かった。


「始めから対等な立場で出会いたかったな」

「加藤と一緒にいると楽しい。もっと一緒にいたいって思う」

「加藤にとって私は女友達?いじめていた一人?それとも・・・」


 橘はまさか・・・いや、それはないか。

どんどん橘の降りた駅から離れていく。

物理的な距離は離れても、心の距離は離れていないように感じた。

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