第7話 相合傘


 今日は雨だ。

これから数日は雨が続くらしい。

もう7月だが遅めの梅雨が来たようだ。

いつもは自転車だが雨の日はカッパを着たり濡れたりで諸々面倒くさいので電車で通学するようにしている。


 電車の窓から外を眺める。学校までは数駅。

自転車だと数十分はかかるが電車ならものの数分で到着するだろう。

電車通学に変えようかな。


 この時間は英翔高校の生徒が多い。

駅に止まると英翔高校の生徒がぞろぞろと乗車してくる。

雨だからみんな傘を持っている。


電車の窓際で流れる景色を見ていると急に誰かに話しかけられた。



「ね、ねぇ!」



 なんだ?

呼ばれた方向へ顔を向ける。橘だ。

そうか、橘は電車通学だったな。



「なんでいるの?自転車じゃないの?」


「あー、雨の日は電車にしてるんだ」


「そうなんだ!」



橘なんかテンション高いな。



「あっ、おはよう!」


「お、おはよう」



遅い挨拶に二人で笑った。





学校までの長い一本道を二人で歩く。



「雨の日は電車にしてるんだね」


「そう」


「ずっと電車にすれば?」


「うーん」


「電車は楽だよ?」


「そうしようかなー」


「絶対電車の方がいいって!」



 やたらと電車通学を推す橘。

電車通学だと橘とこうして一緒に通学することもあるのかな。



「考えとくよ」



そう言うと、なぜか橘は満足した顔をしていた。






教室に着いても席が隣なので話し続ける。



「もうすぐテストだね」



 そういえばそうだった。

そろそろテスト勉強始めなきゃな。



「もうそんな時期か」



昨日、クラスの奴が席替えがあるかもって騒いでたのを思い出した。



「そういえば今度席替えあるかもしれないって」


「・・・そうなんだ、でもまだ決まったわけじゃないでしょ?」


「俺もクラスの奴が話してたの聞いただけだし・・・」


「そっか・・・」



 急に黙り込む橘。

橘と隣の席もこれで終わりか。

次も橘の隣ってことはないだろうし橘と話す機会も減っちゃうかもな。

そんなことを考えていると授業開始のチャイムが鳴った。






 放課後、美術部での活動を終えて帰ろうとしていた。

今日はずっと雨だった。

いつもは聞こえるグラウンドの部活の音も無く、雨の音が学校に響いていた。


 昇降口に出ると空を見上げている橘がいた。

まだ帰ってなかったのか。

話しかけるか悩んだ末、話しかけることにした。



「何してるの?」


「雨宿りしてるの。あー、雨止まないなー」



あれ?橘は朝一緒に来た時は傘を持ってなかったか?



「傘は?」


「どっかいっちゃった」



 空を見上げる橘。

駅まで一緒に入ってく?と言いたいが、

いくら仲良くなったとはいえ馴れ馴れしくないか?

そんなことを考えていると、橘が大きめの声で言った。



「あー、誰か傘入れてくれないかなー」



 絶対俺に言ってるだろ。周り誰もいないし。

まるで俺が来るのを待ってたみたいだ。



「・・・よかったら入ってく?」


「まじで!ありがとう!」



嘘くさい芝居に笑いそうになりながらも橘を傘へ入れる。





 朝と同じ長い一本道を通って駅に向かう。

橘が濡れてはいけないと思って少し傘を橘の方へ寄せる。

橘の歩くスピードに合わせる。

橘との距離が近い。

少し緊張して傘を持つ手が強張る。



「そっち濡れてない?」



橘が気遣ってくれる。



「ああ、大丈夫だよ」


「・・・」

「・・・」



 沈黙が続く。

こういう時って何喋ったらいいんだ?

朝は上手く話せたのに。それに朝と同じ道だが長く感じる。

雨の音がなんだか大きいな。

沈黙を破ったのは橘だった。



「美術部って具体的に何してるの?」


「えっと、デッサンとか自分の好きなように絵を描いてるよ」



 俺も最近まで放課後は体育倉庫に連れて行かれていたから、

そんなに活動しているわけではない。



「ふーん」


「・・・私も入ろうかな」


「ほんとに?」


「ダメなの?」


「いや・・・多分大丈夫だけど」


「でもデッサンって描いたことあるの?」


「・・・ないけど」



少しふてくされたように橘が言う。



「今度部長に聞いてみるよ」



 橘が美術部には入りたいなんて言うとは。

でも、楽しそうだな。




 駅に着く、ちょうど電車がホームに着いていて二人でそれに飛び乗った。

この時間は会社から帰宅する人+学生で、

満員ではないが電車の中は混雑していた。

もちろん座れるはずはなく、ドア付近に二人で立つ。



 橘と他愛もない会話をしていると、

今日のホームルームで先生が今度席替えをしますと宣言していたこと思い出す。



「やっぱり席替えあったね」


「そうだね・・・」


「これで橘ともお別れかな」



冗談っぽく言う。



「・・・」



 橘が下を向いて黙ってしまった。

あれ?まずかったか?



「ま、まあこれからも話す機会はあるでしょ」


「・・・」



 返答はない。

あーなんかやっちゃったぽいな。

そんなことを考えていると俺の降りる駅が近づいてきた。

橘はまだ下を向いて黙ったままだ。

到着のアナウンスが流れ、目の前のドアが開く。



「じゃ、じゃあまた明日」


「・・・」



 後ろ髪を引かれるが仕方ない。

降りようとすると袖を掴まれた。



「?」



橘は離そうとしない。



「お、おいどうした?」



 プルルルル、とベルが鳴り響く。ドアが閉まる。

電車は次の駅へと進み始める。



「どうしたんだ?」



 心配して顔を覗き込む。

すると頬を赤らめた橘が俯いたまま口を開いた。




「ねぇ、このまま二人でどっか出かけようよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る