第3話

とある会社で事務をしている女性は、神妙な顔をしている。

それもその筈で、

彼女はひと月ほど前に夫を事故で亡くしている。


生前の夫は、

毎晩大酒を喰らい、

浮気などは数え切れない。


彼女の心の中、

やっと厄介払いができた様な思いだ。

神妙な顔は世間体の様なもので、

本心は結婚してからの三年を返してくれ!

そんな思いだ。


然し、

神妙な顔を崩してはいけない。


図らずも彼女の周りは、

彼女の事を大切にしてくれている。

少し後ろめたい気持ちがあるものの、

ここは暫く此のままにしておこう、

仕事もノルマ以外のことは押し付けられないですむ。

どうせ数ヶ月もすれば元通りになるのだから。


そんな思いを抱いている中、

同僚が彼女を思って声をかけてくる。


家に帰っても何もする気がしないと思うから、

ちょっと暇つぶしに本でも読んでみない?

助けられるような内容もあるから。

それが同僚の思いやりの言葉であった。


彼女が家に帰ると、

確かに何もやる気がしない。

つまらない男がこの世を去ってくれたのはいいが、

どことなく虚無感がある。


そこで彼女は同僚に言われた本の事を思い出す。

無料で読めるという投稿サイトだ。

何気なくスマホを取り出してそのサイトを開いてみる。

同僚の女性が今ハマっているという素人の作家のサイトを開いてみる。


少し読んで彼女は思った。

「くだらない」

彼女がくだらないと思った其の物語は、

やたら動物が出てきて人を助けるという話だ。

他には、

花の名前がタイトルであったり、

中には、

紳士たるものは!

という大仰なタイトルもある。


彼女は思った。

どうせ死んだ夫のように大酒飲みなのであろう。

違うところは夫は酒を飲んで浮気ばかりしていたが、

この作家は酒を飲んでくだらない小説ばかり書いているのだろう。

もしも其の作家が目の前にいたなら、

叶うことのない夢など捨てて真面目に働きなさい、

と一喝してやりたかった。


その作家は小説だけではなく、

詩も書いている様だった。

流石に読む気もしなかったが、

もともと詩の好きな彼女は、

とっとと其処から離れて、

別の作家を探してみた。


すると、

一つの詩篇を見つけた。

作家の名前は?

虚無の旅人?

そして結構前に書かれた詩の様だが、

それ以降の創作品が無い。


一編だけなら時間も掛からないだろうと目を通してみると、

それは愛する妻がいなくなり、

ただ自分は意味のない生活をしている、

というような内容だった。


読み進むうちに、

彼女の目から零れ落ちた涙が頬をつたい、

その涙は止めどなく流れた。


虚無の旅人

どんな人だろう?


それ以来、

折に触れて其の作家のことを思い、

家を出ていった女性を想い続けられるなんて、

きっと愛の深い人なんだろう、

と想像しながら過ごす時間ができてきた。


人は会えない、

と思うと愛しさ募るものである。

彼女の中で虚無の旅人は素敵な男性へと美化されていった。

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