あるアニメーターは、そして思わぬ援護

「…最後まで聞いてくれてどうもありがとう。また今度、そんなに間を置かずにやるね」

と言って、配信が終わる。


あるアニメーターの一室。部屋の主である朝霞和泉は目を見開いて言葉を失っていた。


彼女が開いていたのは彼女のつぶやいたーだ。そして表示していたのは、半年と少し前にあるアカウントが作成したつぶやき。夜月の『月兎』に対するトレス疑惑を出したそのつぶやきだ。


『このyoruって奴、昔つぶやいたーでトレス疑惑出て逃げた奴じゃね?』


先程まで視聴していた『√』の配信。そのコメント欄の中で、微かに目に留まったコメントだ。


「ほんとだ…同一人物だ」


タッチ、陰影、顔や服の描き方。同一人物でしかありえないほど『月兎』と『yoru』のイラストは似通っていた。


そう、夜月にトレス疑惑が向けられた時、そのトレス元は和泉の、『朝はぜ』のイラストだったのだ。


朝霞。朝、かすみ。霞を英語に直してhaze。朝はぜ、という安直な名付け方だったのだが、『朝はぜ』は和泉のアカウントだった。


和泉は記憶を遡らせる。あの時、自分はどうしたのだったか。


「やたら忙しい時期に面倒な…」


そう、あの時、勤める東都アニメーションで手掛けていた仕事の忙しさは頂点に達していた。そして、自分は。


和泉はそう1人呟くと、ほとんど疑惑のつぶやきを

見ることなく、「事の真偽はよく分からないけど、改めてトレスはやめてくれると嬉しい」とつぶやいたのだ。


改めて『月兎』のイラスト、そして『Alice in 冷凍庫』に『yoru』が描いたイラストを見てみる。


技術はまだまだかもしれない。一般的な基準でない、プロが見れば直すべき点はいくらでもある。でも、目を惹きつけてやまない、光を放つこのイラストが、


「トレスなんかするやつに描けるわけない…!」


クリエイター、プロとアマを問わず何かを作り出す人間というのは、『パクリ』をした瞬間、死ぬ。作品が霞んだものに変わってしまう。そしてそれは、見る者が見ればすぐに分かるものであることが大半だ。


証拠はない。『月兎』が和泉の絵をトレスしていないという、確たる証拠はどこにもない。


それでも、絵に対して少なくとも真摯であろうとする自分を惹きつける輝きを、『月兎』の、『yoru』のイラストは持っている。それこそが何よりの証明たりえるのだ、和泉はそう思った。


プロとしての、傲慢な考え方かもしれない。しかし、クリエイターというのはそういうものだ。


少し調べると、『月兎』のアカウントは既に消され、そしてそれを大袈裟に喜ぶ人達がいたことを知る。大勢の人間が、黒、有罪だとはっきりしていないままに『月兎』を叩き、追いやった情景は今でも見てとれた。


そしてその人達は、和泉のイラストを褒め、暖かい言葉さえ送る人達なのだ。そのことがひどく虚しくなる。



そのままスクロールを続けていると目に飛び込んできたのは、『月兎』に疑惑を出したそのアカウントのつぶやきだった。


「前に朝はぜ先生をトレスしてた奴、最近伸びてる歌い手に絵描いてるみたい。許せなくね?」というものだ。御丁寧に、『√』のWeTubeのリンクを貼ってある。そして、そのつぶやきに集まる大量の賛同するリプライ。


『√』のWeTubeに飛ぶと、コメント欄には既に、

「またトレスしたんですか?」「自分の力で絵を描けよ」という、既に20を超えたコメントがある。



微かに目眩すら感じる。そんなに人の足を引っ張ることしか、出来ないのか。もはや疑惑ですらなく、ただの悪意だけが向けられている。


トレスの疑惑を向けられた絵師が再起することの難しさ。向けられた敵意と悪意。様々なことが和泉の頭を過ぎる。


そして和泉は少し考えた後、二つのつぶやきを作成した。もし見てくれたならば。もし、『月兎』が、『√』が見てくれたなら確実に伝わるように。


「今まで忘れていたのですけど、前にあった私の絵のトレスに関する話です。あの絵はトレスじゃないし、参考にしたという訳でもないと思います。今アカウントを消されているようなのですが、絵師の方も、それをするような人の絵じゃないと感じます」


「当時多忙に任せてよく確認を行わなかった私の責任でもあります。この件及び絵師の方への憶測での批判、拡散等はおやめ頂くようお願いします」


もう遅いかもしれない。でも、やらない方がもっと悪い。そしてこれが、『√』を少しでも助けられるなら、尚更。





「………つぶやいたーの『√』のアカウント、作ろう」


そう夜月が言ったのには、正直驚いた。夜月のトラウマみたいなものだったから、『√』を作った時もSNSアカウントは一つも作らなかったのだ。


「逃げてたら、進めないから。…お兄ちゃんも、一緒、だし」

夜月はそう続けて言った。夜月がそう言うのなら、僕が止めるなんて出来るわけがない。


「じゃあ、作ろう。作って、真っ正面からやってやろう」


そう言って、僕たちはアカウントを作った。各種設定を終わらせて、一息つく。


すると、隣で何やら操作していた夜月が声にならない声を上げた。


「どうした?」


夜月は目を見開いたまま、無言で画面を指差す。そこには、『朝はぜ』さんがつぶやきました、という表示。


夜月は、僕と目を見合わせながら涙をこぼしている。思ってもいない、援護がそこにあった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作者より

真面目な話が続きますが、皆さんもうちょっとだけ我慢をお願いします…!


ノンストレスの話を読むのは大好きなんですが、自分が書くにあたっては「それはできんわ」となったという経緯がありまして…。ご都合主義ばっちこいな作者なんですが、それでもストーリーに山と谷があるべきだと個人的には考えています。


それでは、またお付き合いくださいませ。


(ダジャレは真面目な話が終わったら再開です)

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