幕間、閑話、後日談(不定期更新)

篠原塔子(ExtraⅡ:第9話後~最終話後)


 『友達に差をつけよう!

  いまむーおススメ、最新メイク術七選!』

 

 『これで貴方も由香ちゃんになれるっ!』

 

 「ふふ。

  なかなか可愛らしい記事だな。」

 

 「はい。」

 

 取材は受けていない。

 ラジオでほんの少し話していた言葉尻を繋いだだけ。

 本当に、いい加減な連中だ。

 

 それでも。

 

 『今村由香、電撃引退の真相!

  アイドルM、Yとの泥沼破局か!?』

 

 『清純派シンガーソングライター、

  突然の引退発表は性病?

  六本木「大御乱交」の七か月!』

 

 『ロックの敵、今村由香、呆れた盗作疑惑の数々!

  幕引きを図っての引退か?』


 こんなものを平気で書きつけてくる連中よりは

 数万倍は可愛らしい。

 

 「……泳がせておいでですか?」

 

 「はは。

  まぁな。」

 

 ……なんて悪い人だろう。

 引退直後に、掌を返させるためだけに。

 最後の最後まで、由香さんに、どれだけ傷をつけ続けるつもりなんだろうか。

 

 「古河君なら分かるだろうな、言わなくても。」

 

 先回り、された。

 あの人なら、おそらく、分かってしまうだろう。

 

 「ふふ。

  あれだけのことをしでかして、役所勤めに収まるわけないんだがな。

  『delicious』の件、雅也君は答えそこなったようだね?」


 ……『twenty』に入っている一曲。

 フレンチポップスをディスコアレンジした、不思議なグルーブ感に溢れた曲。

 あんなのを、井伏さんが思いつくわけがない。

 ライブで臀部を腰で振る煽情的な振り付けは大西さんしか思いつかないとして。


 だけ、ど。


 「ああ。そんな顔をするな。

  約束は守る。約束はな。」

 

 ……顔に出てしまっている。

 悪い癖だと分かっていても。

 

 「ま、実際、一度引退して貰うほうが、

  整理しやすいのは確かだよ。

  ひょっとしたら、二年前の時点で

  ここまで考えていたかもしれないがね。」

 

 ……本当に、底が知れない。

 あの人の近くに、四年も居続けたのに。

 

 「ふふ。私の前任者が

  君を怜那ちゃんに付けてくれたことを感謝しとるよ。

  秘書だった君は不満だったろうがね。」

 

 「……滅相もない。」

 

 確かに、不満だった。

 自分の存在意義が足元から崩れたような感覚だった。

 

 それが。

 

 「それでな、篠原君。

  君に、お願いがある。」

 

 ?

 

 「お願い、でしょうか。」

 

 「ああ。

  ここの室長を君に任せたい。」

 

 ここ……

 !?

 

 「……御冗談、を。」

 

 社長室は、前々任者の手で、

 組織ごと、潰されたはずではないか。

 

 「ふふ。不適任者を選んだ者のせいなんだがね。

  まぁ、君も知っていると思うが、あの頃は売上も上がらず、

  本社から資本引き上げも示唆されていたのだよ。

  配置転換は、君の能力の問題ではない。まして、君の責任ではない。」

 

 ……。

 

 「今はね、資本提携以来の売上記録を更新している。

  ドル箱を五つも抱えているからね。

  ま、そのうち三つは、怜那ちゃんの旦那さんのお陰だがね。」

 

 ……森明日菜と、神崎菫。

 そして、今村由香。

 

 「タフ・ネゴシエーターとなった今の君ならば、十分適任だよ。

  怜那ちゃんに群がろうとする輩共を容赦なく捌いて来た女傑ぶりだしね。

  『史上最強の武闘派お局』だったか?

  なかなか傑作だったな。」


 「……お戯れはそのあたりで。」


 「まぁ、そこまでやらんと、怜那ちゃんは守れなかったろうな。

  いささか撃破に特化しすぎた嫌いはあるがね。」


 「そのように思われるのありましたら、

  わたくしでは不適任ではありませんか?」


 「安心したまえ。連中に取り入るほうは石澤がやってくれるさ。

  役どころが男女違うような気もするがね? はは。」

  

 ……確かに。

 由香さんの祖父筋に取り入ろうとした張本人でもある。

 でも。

 

 (お仕事は、おできになりますから。)

 

 ……まだ、大学生なのに。

 

 「海外展開も増えるし、本社との折衝もきな臭くもなるだろう。

  語学力と交渉力の双方を備えた者を傍に置きたい。

  それにな。」

 

 ?

 

 「今の事務所に、君のお眼鏡に叶う者はいるかな?

  せいぜい菫ちゃんくらいじゃないか?」

 

 ……痛いところを突かれた。

 由香さんに、あの人に、慣らされてしまっている。

 

 「やれやれ。

  スカウティングこそ、古河君の独断場だったんだがな。

  ま、怜那ちゃんが落ち着くまでは無理だろうが。」

 

 「落ち着く、ですか。」

 

 「まぁ、怜那ちゃんが無事卒業できるとは思えんがね。

  あぁ、そうではなく。鎹が生まれると思わんかね?」

 

 「……。」

 

 「お母様も仰っておられたが、一刻も早いほうがいい。

  怜那ちゃんの実家も、落ち着いているとはとても言えんからな。

  向こう側から見れば、怜那ちゃんほどのカリスマ性のある才媛を

  どんな形であれ、手元に残したいと思う輩は多いだろうな。」

 

 「……率直に申し上げますが、

  社長が、先方と手を組んで引退を阻止する、

  という選択肢を採らなかったのが意外でした。」

 

 「はっはっは。

  そんなことをしたら、怜那ちゃんは一瞬で色褪せるし、

  ORE君は下野するだけだったろうな。

  幸い、スポンサーには恵まれておるからな。」

 

 「……御冗談を。」

 

 「まぁ、あの時も君には苦労を掛けた。

  その功に報いたいと言うのもあるのだよ。

  それにな。」

 

 「……。」

 

 「怜那ちゃんの幸せを考えるならば、

  君にはここで働き続けて貰わんとな。

  こういう輩が、まだまだ沸くわけだからな?」

 

 ……。

 

 「……聊か、狡くありませんか。」

 

 憎たらしいくらいの、快心の笑みだった。

 

 「最良の誉め言葉だな。」

 

*

 

 「……じゃあ、現場からは。」

 

 「そう、なります。

  長い間、ご指導頂きありがとうございました。」

 

 「とんでもない。

  色々便宜を図って頂き、感謝しております。」

 

 尾雅越哲也氏。

 新進音楽雑誌の専属ライター。

 高校文化祭での由香さんのデビュー曲を聴いて以来、

 由香さんの傍にいながら、由香さんのと通じていた男。

 

 「先般の2万字インタビューも、

  正直、受けて頂けるとは思っておりませんでした。」

 

 父を喪った生い立ちや、中学の時の二つの「事件」、

 高校での井伏雅也氏との関係、デビューまでの経緯を、

 かなり生々しく追った内容になってしまっている。

 売れ行きのよくない硬派な活字雑誌であるにも関わらず、

 飛ぶように売れてしまい、由香さんに対立的な週刊誌にまで餌を与えている。

 

 それでも。

 

 (「お受けしてよろしいのではないかと。」)


 あの人が、信頼しているのならば。

 

 「……私が、申し上げることではありませんが。」

 

 ?

 

 「どんなアーティストでもそうですが、

  『今村由香』は、巨大なプロジェクトでした。

  誰を欠いても、いまの形にはなりませんでしたが、

  ディレクションのコアは、篠原さん、間違いなく貴方です。」


 「……御冗談を。」

 

 「『わたしの音楽に関心を持って頂ける方を

   で、選んで頂いています。』」

 

 「……。」

 

 「出演するFM局を選んでおられたのは、篠原さんですね。」


 ……それは。

 

 「仙台や広島の放送局は外されて、鳥取や青森にはお連れになられる。

  東京でのロックスターとの共演は避けて、

  京都のホテルでのフュージョンイベントには、

  露出どころか、フロントプレイヤーとしての参加を認める。

  通常のプロモーション手法とは異なりますね。

  ああ、OREさんには確認済です。あの方ではないことは。」

  

 ……先回り、されてしまっている。

 優秀だとは聞いていたが。

 

 「私も最初はあの方だと思っておりましたが、

  『今村由香』がアイドルとして扱われることを、極限まで避けたのは、

  篠原さん、貴方のディレクションによるものです。」

 

 ……否定は、できない。

 それが、本当に由香さんの為になっていたのか。

 ただの、腹いせではなかっただろうか。

 会社への、上司への、父への、

 アンチテーゼに過ぎなかったのではないか。



  「社会に媚びない、自立路線を貫ききったアーティスト。

   『今村由香』を作ったのは、

   篠原塔子さん、貴方です。」

 

 

 「……。

  真に失礼ですが、ひょっとして、媚びておられますか?」

  

 「ふふふ。

  そう思って頂けるならば光栄ですよ。

  今後ともどうぞよろしくお願い致します。」


 「……こちらこそ。」


*


 「どちらまで?」

 

 「東京駅までお願いします。」

 

 合皮のシートに身を委ねると、疲れがどっと押し寄せて来る。

 徹夜が効かなくなる歳になってしまった。

 

 FMラジオから、低音の渋さを売りにしたパーソナリティの声が響く。

 洋楽を中心にした、選曲センスに定評がある番組。

 Just the two of usが、流れゆく街の光を彩ってくれる。


 ……洋楽は、好きだった。

 日本から、父から、離れられるような気持ちにさせてくれたから。

 

 

  「さて次は、

   電撃的な活動休止を発表した今村由香さん。」

 

 

 ……っ。

 

 「ラストアルバムに収録される、

  デビュー曲をリアレンジしたバージョンをいち早くお届けします。

  

  『気づかないで。』」

 

 ……。


 この、イントロは。

 

 (「casiopea方式で行きましょう。

   いまの技術でエッジを少し立てつつ、

   政美さんの作り上げた世界を、壊さないように。」)


 ……ああ。



  『気づかないで。

   貴方を好きでいられるわたしを。』

 


 ……いつから、だろう。

 

 最初は、地味な、頼りない人に見えた。

 どうして由香さんのような人が、と思っていた。

 

 (「塔子さん」)

 

 思い出せ、ない。

 思い出していいものでは、ない、から。

 

 

  『気づかないで。

   貴方の声を、いちばん近くで聴けるから。』

 

 

 ……

 ぁ。

 

 (「これができるのは、塔子さんだけですから。」)

 

 優しく、力強い声が。

 温かく瞬く瞳が。


 ……。


 

  『を、

   知られてしまえば、

   貴方は、離れて、しまう。』

 

 

 ……

 ……離れられて、しまったろうな。

 ほんと、に。

 

 まずい。

 

  『ふるえる心知られぬように

   笑って、駆け出すの。』

 

 ……

 涙が、溢れる。

 止められ、ない。

 

 は、

 資格なんて、もともと、露ほども、ない。

 

 それ、なの、に。

 

 

 「八重洲口のほうで良いんですよね?」

 

 !

 

 「お客さん? 大丈夫ですか?」

 

 「……。

  お願いします。」


*


 「ち、チーフっ!

  こっちです、こっちっ!」

 

 由香さんに付けている若いマネージャーが、

 ぴょんぴょんと飛び跳ねてしまっている。

 目立つなと散々言ってるのに。

 

 サングラスを嵌めて、服装を地味にしていても、

 『今村由香』だと気づく人達が、遠巻きに眺めている。

 

 「わーい。

  塔子さん、おつかれさまっ。」


 ……サングラスを下げた由香さんが、

 破顔しながら、ぶんぶん手を振ってくる。

 危ないから、狙われるからと、あれほど言ってるのに。

 

 屈託のない、明るいお嬢さん。

 誰にでも話しかける危うさと、人を疑うことを知らない、澄み渡った眼。

 生き馬の眼を抜く芸能界でやっていけるとは、とても思えなかった。

 

 護らないと。

 私が、護りきらないと、ダメだと。

 

 それが。

 

 「いやー、

  ほんと、大所帯だよねぇー。」

 

 バンドメンバーと、ローディー。ダンサーにコーラス、

 事務所側スタッフ、レコーディングスタッフ、

 映像撮影スタッフ、報道関係者、マーケター、プロモーター、

 そして、レコード会社スタッフ。

 

 「ありがたいけど、なんかこうー、窮屈になっちゃったね?

  えへへ。」

 

 大所帯にしないと護れないからだと、何度も言ってるのに。

 二人だけで、指定席で隣に座って、ポッキーを分け合いながら

 地方のFM放送を廻っていた頃とは、もう、違うのに。

 

 「……どうしたの、塔子さん。

  調子、悪いの?」

  

 ……はは。

 気づかれる、か。

 

 デビュー前から、四年間。

 ずっと、二人だけで居たんだから。

 

 

 『今村由香』は、私の、、夢だから。

 

 「参りましょう。

  一般の方に手を振るのはほどほどにお願いします。」

 

 「はーいっ。

  ……あ、どうも。どうもどうも。えへへ。」

 

 ……言ってる傍から。

 

*

 

 「『ten years later』か。」

 

 「はい。」

 

 (「また……、

   ……10年後に、

   ここで、みんなで、逢おうねーっ!!」)

 

 武道館のラストコンサート、アンコール3回目で、

 由香さんが、絶叫してしまった言葉。

 

 「古河君はそれでいいと?」

 

 「はい。

  ……ほんの少しだけ、難色を示されましたが。」

 

 「はは。だろうな。

  永久に足抜けできると思っていただろうからな。」

 

 「10年後には、皆、忘れているだろうと。」

 

 「はは。いかにも言いそうだな。

  私はそうは思わんがね。

  ま、彼が呑んでくれたなら、最善の表題だよ。」

 

 眼を細めて笑った後、

 私に向けて、厳しく引き締まった、社長の顔を見せた。

 

 「さて、これからが修羅場だな。

  よろしく頼むぞ、篠原室長。」

 

 

 (「塔子さん。」)

 

 

 (「塔子さんっ!」)

 

 

 私は、瞼の中に焼き付いている、

 遅れてきた青春の瑞々しい思い出達を、そっと、閉じた。

 

 「はい。

  誠心誠意、お仕え致します。」

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