ExtraⅡ:第9話

 

 1988年、9月下旬。


 「!

  い、いらしたんですか!?」


 しーっ。

 一応、見ておこうと思っただけですから。

 お久しぶりですね。選曲会議の時以来でしたっけ?

 

 「は、はい……。」


 にしても、うわぁ……なんだこりゃ……。

 乗車率でいうと、150%くらい?? 


 「……す、凄いですね。記者の方の数が。」

 

 テレビ以外はかなり幅広くお呼びしたんですよね。

 どうせ来ないと思ってたんでしょ?


 「……あ、はい。

  部長が、撒けるだけ撒けって。」 


 あのオッサン……。

 っていうか、あの金屏風、どこから来たんですか?

 

 「……その、ホテルの方が、

  間違えて手配してしまったみたいです。」


 ……なんていうか、不吉ですね、あれ。

 はっはっは。壇上の眉毛と聖氏が目立つ目立つ。

 『代表取締役社長 早川恒太』……。

 眉毛のフルネームを久々に見たなぁ。毛筆の手書き感が半端ないんだけど。


 「……篠原さんに叱られますよね。」

 

 あはは。塔子さん、怖がられてるなぁ。

 まぁ、塔子さんの部下って大変そうだよな。

 理不尽ではないだろうけれど、なんでもできすぎる上司だから。


 ざわついた会場の、行き場のない雰囲気。

 まだ本人が来てないからなぁ。公開収録後に駆けつける手筈だから。

 ……こんな派手になってるとは、思ってはいないだろうなぁ。



  ざわっ!!

 


 うわ。

 怜那が、入って来たぁ。

 後ろにパンツスーツでかっちり控えてるのは塔子さんか。


 あはは、ちょっと戸惑ってる。

 にしても怜那、めっちゃ清楚な軽井沢令嬢ルックス。

 あれは誰の趣味なんだ? ステージ衣装か?


 うわわわ。めっちゃめちゃなフラッシュ来た。

 立派な公害だなぁ。あんなもん浴びたら、眼、悪くなるわ。

 

 『本日は御多用御多忙の中、

  お集まりいただきまして大変ありがとうございます。

  弊社所属、今村由香より、皆様にお話させていただく機会を頂き、

  改めて感謝申し上げます。』

 

 聖氏が司会者なのか。てっきり外注すると思ったけど。

 滅多に着ないスーツが板についてるなぁ。


 全体で20分。

 「次の仕事」を利用して、時間制限枠をうまくくっつけたな。

 大した告知がないように見せかけてるから、これで済むと思われてるわけか。

 

 『では、弊社所属、今村由香より、

  皆様に、お話申し上げます。』

 

 すさまじいフラッシュ。音が地響きのよう。

 にしても、どういうつもりで撮ってるんだろうな。

 

 『えーと。

  どうも、今村由香です。えへへ。』

 

 はにかんで笑ったところで、さらにフラッシュ。

 あれ絶対肌年齢あがるわ。

 

 『皆さん、お忙しいところ、お集まり頂いて本当にありがとうございます。

  いやぁ、こんな派手になるとは思ってなかったんですけれどもね。

  金屏風まで出してもらって、なんだか申し訳ないです。

  ホテルのみなさん、ありがとうございます。』

  

 あはは。いつもの今村由香だ。

 記者からもウケを取る余裕。凄いなぁ。

 

 『ではまず、こちらからです、ね。

  えー、このたび、私、婚約いたしましたっ。』

 

 ありゃ、そっからか。

 めちゃくちゃな量のフラッシュが焚かれる。

 あの指輪、『だいじなのは』の時に買ったやつなんだけど。


 まぁこれは、「古河怜那」に向けた、最後の一押しというやつ。

 もう、後戻りはしないし、させない。

 

 『あはは。あははは。

  ありがとうございます。

  どうも、ありがとうございます。えへへ。』

 

 『質問は後ほど受け付けますので、先に進ませて頂きます。』

 

 記者から一斉に手があがったのを、眉毛がしっかり遮ってる。

 まぁ、普通ならここで質疑応答になるよね。

 

 『はい。それで、本当はこっちが先でしたね、

  また、ワールドツアーに行かせて頂きます。

  前回もツアー、ほんとにいろんなことがあって大変だったんですけれど、

  さらに三か国増えるみたいで、もう、わたしを殺す気? 

  って感じなんですけれど、ありがたいお話です。』

 

 これがファックス上では本告知なんだけど、

 音楽雑誌以外のフラッシュは少な目。

 下世話な関心で来てたのが良く分かる。ま、そんなもんだろうな。

 

 『はい。どうも、ありがとうございます。

  それで、このツアーの後に、国内ツアーをやります。

  えーと、札幌、名古屋、大阪は確定で、ほかは検討中ですね。

  去年行かせて頂けなかった分だけ、

  近くで皆さんに逢えるのを楽しみにしてます。』

 

 FMラジオの公開収録はいっぱい出てるんだけどね。

 まぁ、ツアーとなれば、ハコは二桁変わる。

 


 『国内ツアーをもちまして、

  私の音楽活動は、いったん、休止させて頂きます。』



 一瞬、空気が止まった。

 刹那。

 凄まじいフラッシュの洪水が、怜那に襲いかかる。

 

 『静粛に。ご静粛に願います。

  質問は後で受け付けますので、先に進ませて頂きます。』

 

 立ち上がった記者が半分くらいいたが、

 眉毛は我関せずで淡々と進めていく。

 フラッシュが止まらない。見てるだけで眼がチカチカする。

 閃光を浴び続けているのに、怜那は、ただ、ニコニコと笑っている。

 

 『はい。どうもありがとうございます。

  それと、これが私のまわりでは一番大事ですね。

  

  私、絶対、四年で卒業します。

  広報さん、安心して下さいね?』

 

 なぜかこのどうでもいい笑顔にもフラッシュの山が焚かれる。

 怜那の笑顔が切れないうちから、一斉に質問の手があがる。

 事前打ち合わせをしていない眉毛は、記者の眼だけを見て判断するらしい。

 

 『ありがとうございます。

  弊社所属、今村由香からの、

  皆さまにお伝えさせて頂く件は以上となります。』

 

 微妙な中継ぎコメントで地味に時間を稼ぐ眉毛。

 やることがセコい。

 

 『これより、質疑応答に移らせて頂きます。

  御質問頂く際には、社名とお名前をお願い致します。』

 

 一斉に手が上がった。

 記者達が立ち上がったり、金屏風側に迫ろうとしたりで、

 会場はすっかり混沌としている。


 『では、まず、そちらの方から。』

 

 ああ。

 この人って。

 

 『Popping onの尾雅越です。

  活動休止、というのは初耳で、率直に申し上げて大変驚いておりますが、

  休止をお考えに至った経緯はどのようなものでしょうか。』

 

 音楽雑誌の記者が大手紙より先に指名されるという不思議な会見。

 まぁ、テレビ入ってないしね。いいんじゃないかと。

 

 『ありがとうございます。

  音楽はこれからもずっとやっていきたいんですけれども、

  まずはちゃんと単位を取るのを優先したいな、と。』

 

 あはは。なんて雑な答えだ。

 ごまかされるわけないな、これ。


 『大変恐縮ですが、多数の方から手があがっておりますので、

  ご質問は一社一問にてお願いします。

  時間が余りましたら受け付けますが。では、そちらの方。』

 

 眉毛、上手いなぁ。

 尾雅越さんを使ってこの質問を封じちゃった。ちょっと強引なくらいだわ。

 まぁ尾雅越さんとは、あとで話す機会ができるでしょ、どうせ。

 

 『帝都新聞の頓宮です。

  今回のワールドツアーには、アメリカも入っておりますか。』

 

 この質問、なんか執念深く聞かれるなぁ。

 みんなよっぽどアメリカが好きなんだねぇ。

 

 『私が替わってお答えします。現時点ではまだ、検討中です。

  去年のツアーで訪問させて頂いた国は確定と考えて頂いて構いません。

  多くの打診やご要望を頂いている状況ですが、

  ツアーの運用が可能かどうかも見極めた上で決めさせて頂きます。

  では、次、そちらの方。』

 

 はっはっは。

 これじゃ、眉毛オンステージだな。

 

 『東都新聞の小坂です。

  絶頂期で引退される、というのは、宇部百香さんを彷彿とさせますが、

  今後は、ご家庭に入られるのでしょうか。

  それとも、活動自体は続けられるのでしょうか。』

 

 うーん、東都新聞なのに保守的な質問。

 この時代はこれが当たり前だったんだよなぁ。

 

 『ありがとうございます。

  家庭に入っても音楽を続けておられる先輩には憧れますね。

  でも、二人で話し合って決めていきたいなって思ってます。』

  

 先輩って山科万里さんのことね。桜木聖も考えようによっては、って感じ。

 まぁ、模範解答だけど、この当時としてはちょっと早めな感じ。

 

 『よろしいですか。

  はい、そちらの方。』

 

 『日本産業新聞の小鹿です。

  突然の引退となると、

  支えてくれたファンに対して、無責任だとは思いませんか。』

 

 『私からですが、ご質問にお答えする必要性を感じません。』

 

 ぶっ!!

 こ、こんな仕切りはじめて見た。

 日産新聞、一応大手紙だよ? 眉毛って敵作るスタイルだっけ?

 テレビ入ってないからできることなのかもしれないけど。

 

 『はい、次、そちらの方。』

 

 ホントに打ち切っちゃった。じゃあなんで指したのよ。

 このシーン、記者連中に見せて良かったの?

 100%傲慢とか書かれるよ? まぁ眉毛的な裏があるんだろうけど。

 

 『日読テレビの小早川です。』

 

 ぶうっ!! テレビかよっ!!

 さ、さすがに会場がざわつきまくる。

 

 『カメラはついてきておりません。

  報道記者としての私の一存で参りました。

  よろしいですか、早川社長。』

 

 『結構です。どうぞ。』

 

 眉毛、瞬時に判断したな。

 

 『今回の由香さんの引退は、過日、

  ミュージック・スフィアの収録後に、

  森明日菜さんの交際相手だった某男性アイドル歌手のファンから

  襲撃されたことと、ご関係はございますでしょうか。』


 ざわわわわわっ。

 

 うわぁ。

 事件記者だったか……。そこまでちゃんと調べてるかぁ……。

 この質問、まともな記者なら、真っ先に思いつくわなぁ……。

 

 『静粛に。静粛に願います。

  お答えは……』

 

 『活動休止に関しましては、ございません。

  その件は、この場をお借りして、はっきり申し上げておきます。

  お話する機会を頂きありがとうございます。』

 

 出たぁ。

 毅然としたお嬢さまモードが炸裂したわ。

 凜とした表情の怜那に向かって一斉にフラッシュが焚かれる。

 ホント、堂にいってる。芝居のオファーが引きも切らなかったわけだわ。

 

 ……いや、ホントは相当関係あるんだけどね。

 を脅しまくったのもココなわけだし。

 

 『静粛に。静粛に願います。重ねてお願いします。

  一社一問です。この場は一社一問です。』

 

 聖氏が、ことさらに両腕で×印を作る。

 時間で幕引きを図る算段だけど、会場内がちょっと殺気立ってきてる。


 『では、最後、そちらの方。』

 

 『あ、はい。』

 

 うわ。

 なんか、毛色が違うのが出てきたな。

 

 『婦人公論の市川です。』

 

 はっはっは、ここで女性誌って。

 

 『今村由香さんにとって、愛は、なんでしょうか。』

 

 え、なに? 禅問答みたいな要点を外した質問。

 うわ、眉毛めっちゃ困ってる。答えようないもんな。

 

 『そうですね……。


  愛は、分かち合うものだと思います。

  喜びは倍に、悲しみは半分に、というのは、本当だなと感じています。

  心の奥底で繋がれるお相手と巡り会えた私は……。』

 

 怜那は。

 悪意のある質問にも、まったく動じなかった怜那は。

 

 

  『すごく、

   幸せ、です。』

 

 

 嵌めた指輪を掲げながら、涙を、流していた。

 

 呆けたように固まったカメラマン達は、

 次の瞬間、一斉に凄まじい量のフラッシュを浴びせた。

 

 『静粛に。静粛に。

  ご静粛に願います。

  これで、弊社今村由香の会見を終了致します。

  大変ありがとうございました。』

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