ExtraⅡ:第7話


 「……全治、十日だとよ。」

 

 傷口の派手さのわりに、全然大したことがなかったらしい。

 臓器に入っていたら、大惨事だったろうに。

 なんていうか、悪運、強いなぁ。

 

 「ったく、誰も見舞いになんて来やしねぇ。」

 

 そりゃぁ、日ごろの行いでしょ。

 お爺様やお父上に来られても困るんじゃないんですか?

 

 「てめ………

  ってっ!!」


 ほら、暴れない暴れない。

 全治一か月になりますよ?

 

 「………。

  怜那と、らしいな。」

 

 え。

 だ、誰から?

 

 「……怜那、だよ。」

 

 ぇ。

 

 「てめぇより先に、来たんだよ。」

 

 ぇ…。

 面会時間前じゃ?

 っていうか、今日、鳥取なのに。

 

 「東京から繋ぐんだとさ。」

 

 それって、公開放送の意味、あるのかなぁ…。


 「……てめぇが全部知ってるわけじゃぁねぇんだな。」


 そんなの、わかるわけないでしょ。社員でもないんだから。

 怜那や塔子さん、プロデューサー聖氏さん達のご判断ですよ。

 

 「……そうか。」

 

 ……。

 って。

 男二人の空間で、黙られても困るんだけどなぁ……。

 

 「……怜那を、幸せにできるか。」

 

 「します。」

  

 

  「……

   、か。」

 

 

 ……

 ……ぇ?

 それは、どう、いう……?

 

*


 「やぁ。 

  大変だったような。」

 

 あっさり済ませるなぁ眉毛は。

 ま、俺自身は、なんともなかったんだけど。

 

 「君の言いたいことは、分かっているつもりだ。」

 

 でしょうね。

 扱い、小さすぎますもんね?

 テレビ局の前での大惨事なのに。

 

 「先に言っておくが、私は、。」

  

 おお。

 眉毛の大きな眼が、怪しげに爛々と光っている。

 てっきり、手打ちを主導したのかと思ったけど。

 

 「まぁ、篠原君が、向こうにカチコミしかねない勢いなんだがね。

  気づいたら抑えておいて欲しい。」

 

 ……乾いた笑いが洩れてくる。

 ってことは、教唆犯の目星は、だいたいあってるってことか。

 眉毛が喋らないのも、誰に聞かれてるか、分からないからだろうな。

 

 「それよりも、怜那ちゃんは本当に大丈夫かね?

  君の旅費や宿泊費くらい、こちらで手配してやれるが。」

 

 身分が意味不明です。怜那達の旅費はFM局から出るやつですから。

 それに、そういうお金の貰い方をすると、抜けられなそうですから。

 

 「ははは。そういうところは妙に潔癖だな。

  そこまで警戒せずとも良いのだがね。

  ま、あの新曲は、正直、度肝を抜かれたよ。」

 

 放送、ちゃんとされましたね。

 

 「本当に嫌な言い方だが、話題作りという意味では完璧だったからな。

  明日菜嬢との相乗効果で、視聴率は25%に迫る勢いだったそうだよ。」

 

 うわぁ。

 23時放送でその数字って。編成が泣いて喜ぶな。

 

 「出演依頼は前にもまして殺到しているが、

  当座はこのを前面に出して断るので安心して欲しい。」

 

 はは。

 すっかり先廻りされてるわ。この提案に来たようなものなのに。

 ありがたいな、眉毛。

 

 ……っていうか、これって、

 局側の恨みをへそらす効果もあるのか。

 さすが、場数を踏んでるだけあって、いろいろ考えてるなぁ。

 

 「聴いたこともない曲だったが、いい曲だな。

  俊一が私に上げなかった理由が分かったよ。」

 

 ゴーサインが出るか躊躇したって感じなんだろうなぁ。

 でも、考えてみると、眉毛って、金が絡む領域にはズガズカ入ってくるけど、

 制作現場は極力触らないようにしてるよな。

 自分の嫌な経験の裏返しだろうけど、味方のうちはいい上司だわ。

 

 「早速タイアップの話が舞い込んでるぞ。

  こちらから動く前に、向こうから打診が複数来てる。

  いい話になるだろうな。」

 

 うーん、眉毛もつくづく商売人だなぁ。

 顔がすっかり綻んでる。ま、同じ立場なら俺でもそうなるわ。

 

 「俊一に聞く話かもしれんが、

  ニューアルバムの制作は予定通り進んでいるかね?」

 

 ラストアルバムなんだけどね。

 眉毛たちには未公開音源が残るか。

 

 「はい。」


 ロリコンアレンジャーを組み伏せるのに時間がかかってますが、

 まぁ、だいたいは。

 

 「そうか。

  ……そういえば、これは独り言なんだが、

  怜那ちゃんのお爺様だがね、近々、上京するそうだ。」

 

 ぇっ……?

 

 「ふふふ。

  まぁ、君の路を切り開くことだな。」

 

 ……あはは。

 ほんと、眉毛、いい上司だわ。

 

 「ありがとうございます。」


*


 「!」

 

 遠方までついていけなくても、

 羽田付近の車の中で、待っていることくらいは、できる。

 

 「……ともや、くん……っ……!!」

 

 怜那が、引き合う磁石のように抱き着いて来る。

 聖氏は、ラジオのボリュームを絞って、黙って、車を出してくれる。


 怜那が、俺に向かって、全体重を投げ出してくる。

 

 あぁ。

 身体が、内側から、がくがくと震えている。

 

 ……そりゃ、そうなんだよ、な。

 見知らぬ人間から命を狙われ、血縁者に怪我をさせてしまった。

 本当なら、ずっと家にいて、ゆっくりと休養すべき時なのに。

 

 警察の前でも、スタッフ達の前でも。

 リスナーの前でも、公開収録のファンの前でも。

 人前で、いくら気丈にしていても。

 ずっと無理をして笑っていても。

 

 あぁ。

 怜那の瞳から、温かい雫が、次々に、零れていく。

 

 「……ごめんね、怜那。」

 

 俺は、使

 自分の性格の悪さに、ほとほと嫌気がさす。

 

 「……ううん。

  いいの。いい、の。

  こうやって、こうしてくれるだけで、おもいだせるから。」

 

 震えの止まらない怜那の身体を、内側から温める。

 聖氏も、いまは、なにも言わない。

 羽田から東京駅までの短い逢瀬を、遮らないようにしてくれている。

 

 ……片付けないと、いけない。


 については、眉毛に任せておくしかないだろう。

 こちらが手出しできる領域ではない。

 

 でも。

 

 (「君の路を切り開くことだな。」)

 

 眉毛が、ああ、言ってきたってことは。

 

 ふふ。ふふふ。

 いいだろう、乗ってやろうじゃないか。

 

 「……ともや、……くん?」

 

 ああ。

 あはは。貴重な時間なのに。

 

 って、

 ぇ……? あの、れ、怜那……?

 

 「……いいの。

  その……いい、からっ。」

 

 ……人前、なのに。

 

 この近さで、怜那の匂いに包まれて、心臓の音を聴きながら、

 涙を溜めた潤んだ瞳に見上げられるのは下半身的にシリアスな状況なんだけど。


 ……聖氏、吹き出すのを堪えるの、やめてくれないかな。

 ミラー、ガン見してないで、ちゃんと前見て、運転してくれる?

 

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