ExtraⅡ:第3話


 「……アメリカ人って、

  ほんと、どうしようもない無礼さですね。」

  

 塔子さんがまだ激怒している。

 あの人達をアメリカ人一般と思ってはいけないと思うけど。

 

 Yuka Imamura

 A leading person of Japanese 'Girlpop' movement

 Exclusive Interviewと称して、二分弱程度。

 笑ってる姿と、流暢な英語で受け答えしている姿が抜かれてしまった。


 放送された内容自体は、アルバムの制作背景と、

 曲について説明しているだけだから、大したものではない。

 マイナーな深夜時間帯の音楽情報番組で使われただけなのだが

 ネットワーク局でこの映像が流れたことが大問題だった。

 

 案の定、国内のテレビ局は、

 (遠景で撮ったわりに)解像度の高いこの映像を、しこたま擦りまくる。


 でもって、業界内では、生意気だの、お高く止まってるだの、

 日本人を舐めているだのと大合唱が沸き起こっている。

 ここまであからさまなバッシングは

 70年代のピアノポップの先駆者、羽田信一以来かもしれない。

 彼は表に出て行ってバッシングされたんだが。

 

 ただ、これは、想定通り。

 この話が出た時から、怜那にはなので、覚悟はできている。


 怜那が、針の筵の中にいても、何事もなかったように耐えられるのは、

 不憫すぎる話だが、中学の頃の『ひとりぼっち』の経験があるから。

 その分、ラジオリスナーとの親愛は深くなっているし、

 レコーディングスタッフとの関係も密になっている。

 どうせ辞めるんだから、割り切って副次的効果を利用するしかない。

 

 ……より深刻なのは、業界のほうだ。


 まず、今村由香は、継続して売れてしまっている。

 『nineteen/ensemble』は遂に35万枚を突破し、

 『愛は』は、某ベストテンに7週間もチャートインしてしまっている。

 1988年第一四半期の売上だけで見れば、

 10代アーティスト枠のトップを走っていた相楽美佐を超えてしまっている。

 

 もともと、表舞台のAOR路線では

 超一流アレンジャーである門真俊司氏が手掛けていた

 容姿端麗なアイドルがいたが、客観的にいって、

 歌唱力、表現力、スタイルのいずれをとっても、今世の今村由香の敵ではない。

 

 某ベストテン側の巧妙な編集により、

 インタビューで映りこんだ切なそうな横顔(ズーム演出切り出しにアップ)と

 自局ドラマの映像とが合わせてセットで流されてしまうと、

 注目度、期待度は異様なまでに高まってしまっている。


 この騒然たる雰囲気に唯一近いのは、

 某著名少女演歌歌手の娘がデビュー曲を売りまくり、

 日本に帰国する寸前の頃くらいだろうか。

 ラジオでも、出演祈願派と断固出演拒否派の葉書の双方が

 雪崩れ込んでいる状態だ。


 当然、二匹目のドジョウを漁りに来る連中が引きも切らないが、

 歌唱力その他のクオリティはお話にならない大差なので、有象無象といって良い。

 大先生のお仕事が増えたことは作品集のページ数的には僥倖なのだが。

 

 ……明らかに、邦楽史は、変わってしまった。


 1988年の邦楽市場は、

 アメリカのハードロック・ヘヴィメタルブームと連動しようとし、できなかった。

 極論すれば、ヘヴィメタルは、

 新宿のマニアなレコード店に集まる人達に限定されている。


 これ自体は史実通りである。

 そして、サニーブルックや東京暴威に影響を受けた

 パンク色、ロック色が強いバンドブームの線は、確かに存在する。

 

 ところが、素人バンドの中に、AORをコピーするユニットがかなり出ているし、

 プロ仕様の高級シーケンサーが銀座や御茶ノ水の楽器店で売れまくっている。

 いわば、日本国内だけの第二次AORブームの状態なのだ。


 寺崎謙次郎なども、史実よりもずっと売れている。

 眉目秀麗と程遠い彼が某ベストテンに入って

 タマネギ頭の司会者相手にモゴモゴ言ってたときは流石にひっくり返った。

 

 それどころか、未だ胎動期のはずのパイド系の影響を受けたバンドが、

 東京や横浜、大阪のライブハウスでちらちらと出ていている。


 お師匠様はまだポップス向きのヴォーカリストを手にしていないものの、

 アレンジャーとしての仕事は相当増えているという。

 ついでにインタビュー取材も舞い込んできたものの、

 慣れないものだから、ただただアップアップしてる。

 

 史実と同じなのは、

 男性アイドル市場でローラースケート旋風が起こったことと、

 某事務所社長と放送作家の悪戯から派生した素人アイドル達が

 その筋の男性からの支持を受け続けていること、

 某大手音楽番組が、名物女性司会者の退任から

 急速に視聴率を減らしていることくらいだろう。

 

 いままで、俺がこの世界をある程度見通せたのは、

 史実に大きな変動が無かったからだ。

 逆に言えば、シングルの最高売上ランクが27位(一週間)の

 マイナーシンガーソングライターであった今村由香は、

 史実に影響を与えようがない小さな存在だった。

 

 いまや、その前提が通じない。


 今村由香は、下手をしたら、

 国内の音楽シーンで、一種の震源地的存在と見られている。

 NYPが、わざわざ名指しして取材に来たのがその証座だ。


 その見方はまったく妥当しないが、

 注目度は前世どころか、『だいじなのは』の頃とすら雲泥の違いだ。

 こうなってしまうと、反発を含めた周囲からのプレッシャーは尋常ではない。

 当初描いた撤退戦略を走り切れるか、怪しくなって来る。

 

 いや。

 なにがなんでも、走り切る。

 そうでないと、いいことは一つもない。

 怜那のために、気をしっかり持ち続けないと。

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