ExtraⅡ:第2話


 「ま、篠原君達はそうなるんじゃないか?

  気持ちは分からんでもないしな。」

 

 なんですけれども、ね。

 で、呼びつけた、ということは。

 

 「なに、大した用でもないんだ。

  学期中じゃないしな。」

 

 ……はっはっは。逆手に取られた。

 

 「まずは朗報からだな。

  『nineteen/ensemble』の売上だが、32万枚を突破したよ。」

 

 あぁ……、また売れ行きが伸びちゃって。

 4刷特典で5daysの解説シートをくっつけたら、

 マニア層の一部がしっかり食いついたというやつね…。

 ドラマ絡みでの買いも入ってるから、5刷ありうべしという感じになってる。


 まぁそれは、予想通りの話。

 全盛期がアルバムチャート7位(一週間)、

 っていうを考えると物凄い話なんだけど、

 いろいろありすぎて、若干麻痺しているところがある。いかんいかん。

 

 「地方FM局のスタッフ達が、

  地元のレコード店と提携してコーナーを設けて売ってるケースもあってな、

  そういうところでは伸びがいい。」

 

 あぁ。

 そういうポップ作ってるやつって見たことある。

 あれって地元アーティストとかが中心の筈なんだけどな。

 

 「すっかり地方FM局のアイドル状態だが、

  最初からこうなることを考えていたのかね?」

 

 「少しは。」

 

 前世の今村由香そのものですから。

 こんな大規模なわけないけど。

 

 「……ふぅ。君は本当に不思議だな。

  営業部は、すっかり戦々恐々としとるよ。

  素人の学生に売上記録を全部塗り替えられてしまったのだからな。

  企画に噛む素人はいても、営業手法を塗り替える例などないよ。」

 

 ……そりゃぁ、の本業だったからね、一応。

 ぁ。

 

 「それでな。」

 

 ん?

 あぁ。こっちが本命だな。

 

 「君も予想していると思うが、

  テレビ局からのオファーが尋常ではない。

  彼らも、もう、意地になってるな。」

 

 そうですか?

 フォークやニューミュージックの例があるじゃないですか。

 

 「この際だからはっきりいうが、彼らは絵にならん。」

 

 うわ。

 そんなすっぱりと。

 

 「アメリカでも、ロックスターはビジュアル重視だ。

  反骨を謡っているものほど、ビジュアルとセットだよ。

  彼らの逆十字や髑髏は、ファッションに過ぎん。

  君なら、気づいていると思うがね。」


 眉毛の立場でそんなこと言っていいの?

 そもそも、逆十字ってもともとそういう意味じゃないんだけど。

 まぁ、わからんでもないけど、外に聞かれたら激怒されそうだなぁ。


 「私は石澤ほど露骨ではないが、

  君のやっていることは異例中の異例だよ。

  しかも、先月、チャート番組に出てしまったろう。」

 

 声の出演だけですが?


 「写真とワンセットで出て、

  森明日菜嬢と司会者相手に朗らかな声で喋っていれば、

  テレビ屋なら、誰もが『向いている、出したい』と思ってしまうもんだ。

  話下手なら出さない手もなくはないが、怜那ちゃんは逆だからな。」


 ……あれはやはり、譲歩しすぎだったか。

 やばいな。穴が広がるまえに塞いでおかないと。

 

 「で、これは、だ。」


 通、知?

 

 「NYPを知ってるな?」

 

 NYP?

 ……ええと、アメリカの大手新聞社ですか?

 

 「そうだ。そこのculture担当記者が、来日する。

  日本の音楽市場の取材だそうだ。

  取材対象者リストの中に、今村由香の名がある。」

 

 ぇ。

 

 「東京駐在の記者じゃない。わざわざNYから来るんだ。

  いっておくが、これはだ。

  私の一存で断れるものではない。分かるね?」

 

 ぅ、ぁっ。

 

 「国内にどれだけ跳ね返るか分からないが、これは、受けて貰う。

  そして、君もだよ、OREオーアールイー君。」

 

 ぇ、っ……。

 

 「まぁ、OREと名乗る必要はないがね。

  ただ、怜那ちゃんと一緒に出ては貰う。

  申し訳ないとは思うが、そのつもりでいてくれ。」

 

 ……なんて、こったい……。

 どこが「大した用じゃない」んだよ。

 俺の英語なんて、錆びついちまってるんだけどなぁ。

 

 「……。

  は、有効ですね?」


 「はは。

  心配になる気持ちは分かるが、約束を違えるつもりはないよ。

  君の言い分は分かるし、私も業界は長いのでね。

  明日菜嬢のようなのは、例外中の例外だと、分かっているつもりだ。」


 ……こんなのも、あと、一年。


 『やるっきゃ、ない』、か。

 うわわ。

 不吉な言葉だなぁ…。


*


 ……しかし、さぁ。

 

 「聞いてない、よぉ……」

 

 New York Postだよね。

 大手だよね。なんで入ってるの?

 帽子、めっちゃ深く被ってやるからな。気配を消して、空気になってやる。

 

 あ。

 え。

 

 塔子さん、めっちゃ険しい声で向こうとやりあってるな……。

 

 'We're not allowed filming with TV cameras.

 Your conduct is contrary to the contract!

 You are terrible disrespectful!'


 あはは。

 カメラ撮るな、契約違反だろ無礼者、か……。

 本社の紹介なんだよね、そこまで言っていいの?


 あ、カメラ降ろして不満そうに去って行った。

 塔子さん、全然負けずにカメラマンをずっと睨みつけてる。


 あはは。

 ほんと、最強だなぁ塔子さん。


*


 当初、険悪だったインタビュアーとの空気も、

 怜那の柔らかい口調と明るい態度で、次第に打ち解けていく。

 さすが世界に通じるゼロ距離砲。


 ……考えてみると、怜那って

 ロンドンのインタビューもそつなく応じてたんだよな。

 まぁ、高校時代の留学想定の賜物ではあるんだけど、

 俺、ホントにここにいる必要あるのかな?

 

 <<次のワールドツアーはいつを予定しているか?>>

 

 思わず怜那が俺を見た。

 これまでの質問はアルバムの話と音楽絡みだったが、

 今後の展開の話が来るとは思っていなかったようだ。


 これってまったく未確定な話だし、

 本当なら聖氏案件であって、俺じゃないよね。

 普通に来る質問だから、想定問答集くらい作るべきだよな。


 まぁ、仕方ない。

 こっちで答えちゃいますか。

 

 <<記事にしないで頂けますか?>>

 

 アンネ・フランクを35歳にしたような記者が俺にはじめて気づいた。

 ちゃんと握手してるのにね。そんなもんだ。

 

 向こうが頷きながら、A7のメモ帳にペンを走らせる準備をしている。

 やれやれ、ほんとにオフレコになるのかね。無許可でカメラ持ってきた連中だぞ。

 

 <<我々は、貴国の一流紙の記者は約束を守る紳士淑女とお伺いしております。

  心より期待しております。>>


 quality paperのところを強調して言ってやった。

 向こうが苦笑いになり、メモ帳をパタンと閉じた。

 まぁ、ジェスチャーだろうけれども。


 <<まだ未確定ですが、早ければ今年末になろうと思います。

  アルバムの制作日程次第ですが。>>

 

 ツアーになるはずだけどね。

 

 <<次のツアーに、アメリカは含まれるのか。

  そもそも、ファーストツアーでアメリカが入らなかったのはなぜか。>>


 はっはっは。

 正面から聞かれたなぁ。まぁ記者って本来こういうものだよね。

 どっかのYMOみたく、

 「君の国の音楽はカッコ悪いから行きたくない」とは言えませんよねぇ。

 

 <<我が国民は、皆、貴国に、憧れてますから。

  日本人を受け入れられる席は、もうすべて埋まっているでしょう。>>

 

 わーい、政治的意味にも取られる解答だぞっと。

 黄禍論やら移民禁止措置やら。

 この時代だとNYの不動産買いまくってた頃だよね。

 

 <<現在のアメリカの音楽は、

  貴方たちにはインスピレーションを与えないということか?>>


 うわ。全然ネタで逃がしてくれない。

 っていうか、本質を突いてきた。ほんとにアメリカ人?

 いや、一流紙の文化系記者って、こういう人そこそこいたわ。


 <<率直に言って、きわめて強い影響下にあります。

  私たちの音楽のルーツの一つは、日本では著名な河上達仁ですが、

  彼の音楽の源泉は、1950年代~70年代のアメリカの優れた楽曲群です。

  貴国の聴衆を驚かせるものを我々が作れるかは、

  今後の我々自身の創作活動に掛かっていると考えています。>>

 

 丁寧にはぐらかした。

 contemporaryと言ってきたのに、modernで返す感じ。

 実際、直接の影響はイギリスの楽曲が多いんだよね。

 

 っていうか、ourって言っちゃったよ。

 共同制作者なんてもんじゃ全然ないんだけれども。


 <<1988年現在のアメリカの音楽の状況を、

  貴方たちはどのように受け止めているか。>>


 なんていうか、まったく逃がす気がないですね?

 怜那、完全に固まっちゃってるけれども。

 この記者さん、思うところ、いろいろおありなのね?


 <<多くの日本人にとって、よき手本になっています。

  特に、ハードロックシーンの浸透が著しい状態です。

  パトス溢れる力強い楽曲群は、若者達から高い支持を得ています。>>

 

 あくまで「我々」については答えない態度を貫く。

 これで逃がしてくれないと、さすがに……。

 

 ……ん?

 あ、また塔子さんが騒いでる。

 あぁ、カメラ、やっぱり映してたんだね……。

 

 あはは。

 肩、すくめられたわ。

 

 ま、これで終わりよな。

 最初から最後まで、門番塔子さんの大勝利だったなぁ。

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