ExtraⅠ:第11話


 「凱旋公演、大成功だったな。」


 「おかげ様で。」

 

 DVDの取れ高はばっちりでしたも。

 …『俺』が答えることじゃ、ないんだけどね。


 「アルバムも増刷版すら品薄でね。まったく嬉しい悲鳴だよ。

  『nineteen/ensemble』は、25万枚突破目前と聞いている。」


 まだアルバムチャートの7~9位くらいにいる。凱旋効果はやっぱり高い。

 『だいじなのは』もシングルチャート30位以内に留まり続ける

 ロングヒット状態となっている。本当に10万枚を超えるかもしれない。


 テレビの取材を一律で断ってるのに、テレビ局側が勝手に特集を組んでくれる。

 「ロンドン公演」で向こうのマイナーなテレビクルーが

 たまたま抑えていたホームビデオクラスの絵が出回って擦られまくっている。


 ラジオ出演は緩いので、地方FMからの出演依頼が凄まじい。

 塔子さんに貢物を送ってくるケースすらあるらしい。

 しっかりと送り返してるみたいだけど。


 『greeting』を頑として追加で刷らせないもんだから、

 今や中古プレミア価格が万単位になってるらしい。

 おめでとう、最初に買ってた古参の人達。


 「ワールドツアーで訪れた各国のレコード会社は勿論だが、

  それ以外の国からもエージェント契約の申し出があってな。

  今後の展開について問い合わせがいろいろ来とるよ。」


 UKチャートを一瞬でも掠めた、というのは、

 やっぱりそれなりにインパクトがあったらしい。

 インパクトを与えた張本人はプロジェクト外の学生神代君なんだけど。


 「それで、だ。

  気が早いことで済まないけれども、次の展開は、どうするつもりかね?」

 

 また聖氏を飛び越えてきたよ。

 考えて見れば、こういうスタンスで仕事進めるタイプか。

 でなきゃ、あの時に石澤のオッサンを潰せなかったわけだからなぁ。

 

 さて。

 これを、このタイミングで言うとはね。

 

 「散開、あるいは、farewell。」

 

 「……ん?」

 

 

 「『今村由香』の『活動休止』に向けたキャンペーンを打ちます。」

 

 

 「……正気、かね?」


 「はい。」


 ずっと、考えていたことではあった。


 (「長くて2年、僥倖が重なった最大で3年」)


 客観的に言って、今世の今村由香は、

 「ガールポップ」の「アーティスト」としては、

 アイドル偶像に寄りすぎている。


 そうならないよう、玄人向け、オーディオマニア向けにウィングを伸ばしたり、

 OL向けのドラマに提供するタイアップオーディションを開いてみたり、

 アイドルのコアファン層に好かれない演出をしたりと、手は打ち続けたが、

 アイドルの全盛期は、男女問わず、17~18歳だ。


 いかなテレビ出演をしなくても、

 渋谷X09で看板を打ち出せてしまうほどのビジュアルインパクトを

 いつまでも隠し通せるはずがない。


 音楽雑誌の読者や、ラジオの公開収録あたりならばともかく、

 受動的にテレビを見るだけのレイトマジョリティにまで容姿が分かってしまえば、

 今後、どう売っていっても、偶像アイドルとしての

 「『全盛期』の今村由香」が、活動の影に付きまとっていってしまう。


 それを過剰に意識すれば、悲惨な末路しか待っていない。

 史実が、そうであったように。


 『アーティスト』としての怜那の上限は、分からない。

 最晩年まで円熟味と凄みを重ねていった偉大な演歌系ボーカリストや、

 落ちていく歌唱力を技量と執念と生き様で補ったシャンソン歌手の例もある。

 この時代はアイドル的に軽んじられるセーフティネットワークのボーカルも、

 30年経った後には、一角のボーカリストとして定位置を築き上げている。

 

 ただ、としての

 『今村由香』という商材は、文字通り、今がピークだ。

 ピークを過ぎたならば、あとは、どう畳切るか、しかない。

 

 妄想を言えば、山科万里のように、子育てをしながら

 10年ごとに100万枚を売り飛ばす化け物みたいなのがいいわけだが、

 そんな贅沢は望むべくもないし、望んでいいものでもない。

 いま、奇跡的に手持ちできてしまった版権を管理する側に廻り切るべきだろう。

 

 「1年半計画です。

  まず、いまある2枚のアルバムの中で、売れるものを切り出します。

  半年で4曲、シングルランキングの30位以内に押し込む。」

 

 「……聞こう。」

 

 「何をどう出すか? は任せて頂きたく思いますが、

  具体的な販売戦略にはこちらは触りません。

  おそらく、新奇性がなく、飽きられてくると思います。」

 

 パタパタをバックにした今村由香の構図みたく。

 

 「……相変わらず、苛烈だねぇ。」

 

 「それを小出しにしているうちに、3枚目のアルバムを完成させ、

  二回目、そして、最後のワールドツアーを告知します。

  いま出しているフュージョン、R&B寄りのラインナップとは違う路線、

  はっきり申し上げれば、ユーロダンスに舵を切る。」

  

  Cappellaみたいなのじゃなくて、今村由香のスタイルにあったやつで。

  哀愁ユーロでもなく、〇ce of 〇aseの先取りみたいなやつ。

  スウエディッシュ・ポップスじゃなくて〇ウスマフィア。

  シンコペーションやリズムパターンは近いから、編曲次第な感じ。

 

 「……。」

 

 「アルバムの構成はオムニバスにして、色を見せないようにしつつ、です。

  それとは別に、『nineteen/ensemble』や、

  『greeting』の路線に曲を2~3曲入れ、

  ライブのオープニング、エンディングを持たせられるような構成にします。

  タイアップ向け用でもありますが。」

  

  あくまで、、ね。

  人気女優をかっさらった某学園出身の人とか、ピンク色の鏡さんとかを

  してもいいかもしれない。

  

 「そして、今度こそ、アジアツアー。

  休止発表の記者会見後に最初で最後の国内ツアー、ファイナルが武道館。

  ツアー中に既発表音源でベスト盤を発売。それで活動休止です。

  大学3年生終わりですから、就職活動に間に合います。」

  

 怜那が留年しなければ、の話だけど。

 考え直してくれないだろうなぁ、神代君は。


 「……はは。

  ははは。

  ……正直、なんて言っていいか、分からんな。」

 

 「50万枚売れば、出資先や親会社からも、横槍は入らないかと。」

 

 今を凌ぐためだけの、ただのハッタリだけど。

 最後のアルバムは、20万枚売れれば、完璧だと思ってる。

 YMOの「〇GM」みたいにするつもりは流石にないけど、

 既存のお客さんを手放すし、今村由香がクラブシーンに合うかは未知数だ。


 「……君が言うと、本当に実現しそうだ。

  いや、その数字じゃ小さいかもしれんよ?」

 

 「石澤さんの活躍の場、でしょうね。」

 

 売りたいなら、数字だけを出したいならね。

 下手したら握手券商法とか普通に思いつきそうなオッサンだから。


 「……怜那ちゃんには、話しているのかね?」


 「はい。」


 日比谷野外音楽堂、5days、4日目のアンコール2回目。

 予告のない公会堂側への登場で最高潮となった観客の異様な熱気にあてられ、

 頬を上気させた怜那と、興奮を押さえられない井伏雅也の前で。

 

 井伏雅也は殴られたような顔になり、

 怜那は騒めくような満面の笑みで頷いた後、

 輝く汗を振り乱しながらステージへ駆け出していった。


 (あなたが、『俺』の前で、

  ただ、生きていてくれることが、

  息を吸っていてくれることが、たまらなく、愛しい。)


 これを伝えることが、『俺』の役割だったのだろう。

 それは、古河智也の想いでもあるのだから。


 だから。

 

 「……返して、頂けますね?」


 「……。

  やれ、やれ……。

  ちょっと、貸し借りの規模が違いすぎるし、

  、正直、癪に障るがね。

  社会人になったら、爪は隠しておけよ?」


 やっぱ眉毛、気づいてるな。そりゃそうか。

 でも、押し切るしかない。


 「そのように致します。」

 

 「……ふう。

  怜那ちゃんの版権一式は、うちでも管理するが、

  それは構わないね?」


 さすが。しっかりと話を聞いてるなぁ。ちゃんと文脈の裏を突いて来る。

 活動休止後も未発表音源やらライブ盤やらでマニア向けに稼げるんだよね。

 むしろ休止したほうが「息長く売れる」スキーム。

  

 「もちろんです。

  詳細は奥様に持ち帰らせて頂きますが。」


 「信用、ないねぇ。」

 

 「20年後の話もありますから。

  その頃は、さすがに会長職を引いてらっしゃいますよね?」

  

 「ぶほっ。

  ……はは。はははは。

  分かった。せいぜい君達夫婦の幸せを支えさせて頂くよ。」


 「恐縮です。」

 

 「ふぅ……。

  君をちょっと、侮ったかな?

  ま、ここまできたら、好きなようにやりたまえ。

  言っただけの成果は出して貰うがね?」


 「ありがとうございます。」

 

 空手形の極みだけどね。

 これくらい出さないと、から。


*


 「……ねぇ、智也君。

  いや、えーと、『おれ』さん?」

  

 「あはは。

  智也で、いいんだよ。」

 

 『俺』は、古河智也でもあるんだから。


 「……うん。」

 

 怜那は、一呼吸置くと、

 安心しきったように、柔らかな全体重を、『俺』に委ねてくる。

 怜那に、心の安らぎを与えていたのは、古河智也なのだから。


 「で、ね?

  ……その、5daysの時の話って、お爺様対応、だよ、ね?」

 

 さす、が。

 ……ほんと、才媛になったなぁ。

 

 ジャカルタや、クアラルンプールの観客は、かなりの部分、動員だったようだ。

 言葉の分からない観客の半分以上をステージパフォーマンスだけで取り込んだ

 今世の今村由香のスター性は凄まじいとしても、

 その動員力が石澤氏の力だけであるはずがない。


 ロンドンの件も、そうだ。

 いかな怜那のバカラ・ヴォイスと神代君の歌詞の組み合わせに話題性があっても、

 ミドルネームクラス、20位~40位程度をウロウロする程度のバンドの前座に、

 の取材が日を超えて集まるというのは、手回しが


 神代君や尾外越さんが、「お爺様」側のだったとしたら。

 うまく行き過ぎた動員から、神代君の歌詞が怜那の琴線に触れた理由まで、

 が、ついてしまう。


 だと、すれば。

 

 (石澤に借りを作らせるなんて)

 

 ……『俺たち』は、「貸し」を、作られたのかもしれない。

 怜那の音楽活動への苦言は、擬態なのか、そうでないのか。


 (『お父様も、怜那には甘いから、

   怜那が本当に進みたいなら、強くは反対しないわ。』)


 (『私だって、お父様相手に、苦労してるんですよ。』)


 (『あの爺は、生きている限り、怜那を己の野望に使おうとするはずさ。』)


 (『爺の周りで酌をさせられ続けて、

   爺が選んだ婿に腰を廻されて閉じ込められるだけだぜ?』)


 「お爺様」の人となりと狙いが、まったく、分からない。


 「……あの、ね?

  ……智也君、お爺様の跡を、継ぐの?」


 行動をなぞるなら、そう考えることもできなくはない。

 でも。

 

 「それは、ないなぁ。」

 

 の解散戦略なのだから。


 だいたい、九州の惣領家なんて、『俺』みたいな奴に、勤まるわけがない。

 版権管理をきっちりやっていくんだから、

 表の仕事は9時5時ぴったりの時間潰れないやつでいいんだよ。公務員とか。

 

 「怜那も、その気はないんでしょ?」

 

 「……うん。

  お爺様には、悪いけど。」


 怜那の心は、変わっていない。

 中学3年生の、あの5枚目の絵葉書の時から。


 ……だから、怜那は、告げた時5days、満面の笑みだったんだ。

 ツアー中、怜那なりに、感じるものがあったんだろう。

 帰国した怜那がやたらと甘えたになったのも、が、ある。


 ……大きな戦いは、まだ、しっかりと残っている。

 突破口が一つも見えないままに。

 

 それに。

 

 『今村由香』は、『俺』の予想よりも遥かに売れてしまった。

 今や、広く国民に名を、美貌を、才知を知られてしまった。

 どんなところから、どんな流れ矢が飛んでくるか、想像もつかない。

 

 身近なところでさえ、なにひとつ分からなかった。

 一誠氏も、本間氏も、そして、神代君も。

 事前に予想できていたものは、ひとつも、ない。

 

 爆弾を詰めた火薬庫に繋がるピアノ線の渦が、

 見えるところにも、見えないところにも張り巡らされている。


 それでも。

 

 「……わたしね、みんなの前で歌うのは、好きだし、楽しい。

  パワー、凄く、貰えるな? って、思ったこともいっぱいある。」

 

 5センチの距離。

 唇に甘美な吐息、胸に芯からの温もり。 

 

 「でも、世界に出て、わかったの。

  世界中のどんなお客さんを集めたとしても、

  たったひとりのお客さんに、勝るものはないな、って。」


 唯一無二の珠玉。まばゆく輝く姿を、

 淡い光のまま掌に温められる、無上の幸福。


 「……それとも、『ふたり』なのかな?」


 ……はは。

 「俺」を呼んで、説得に応じてくれたには、

 ほんと、感謝しかないな。

 

 「怜那。

  『ひとり』でいいんだよ。

  『俺』は『古河智也』なんだから。」


 そうだろう、古河智也。


 「……うん。」


 怜那が、『俺』の腕の中で、

 安心しきった顔で、夢見るように微笑んでいる。


 離れてまで企んだことは、空前の大失敗だった。

 でも、離れていたからこそ、骨身に染み尽くしたことがある。


 「……えへへ。

  あった……かい…………。」


 怜那を、絶対に、離したく、ない。


 怜那の温もりを、笑顔を、歓びを、安らぎを、

 哀しみを、涙を、そして、幸せを。

 いつまでも、いつまでも、守り続けたい。


 今度こそ、失敗は許されない。

 最後の最後まで、やり抜き切ってやる。




  逆行してしまった『俺たち』は、

  『推し』の、幸せを、創る。


 了

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