ExtraⅠ:第10話


 「おい。

  ……お前、どえらいことになったぞ。」

 

 はい? なんですか井伏さん。

 

 「お前が『だいじなのは』の下敷きに使った原曲者の版権代理人が、

  版権者としてリーガルクレームを出してきた。」


 あぁ……。

 あったなぁ、アイドル曲でこういうこと。


 たぶん出してきたのはアーティスト本人ではなく

 レコード会社かエージェントだろうなぁ。

 にしても、の世界でこの曲が売れたら

 井伏雅也はどうしてたんだろうな。ありえない話か。

 

 「想定の範囲内です。

  レコード会社の法務部ではなく、

  向こうのことが分かる経験豊富なローファームに外注して下さい。

  素人が戦ったら絶対ダメです。」

 

 「……お前、そんなことまで、あらかじめ考えてたのか。」

 

 ロンドン公演なんかやるからだよ。

 アジアだけ廻ってりゃ起こらないことだよ、これ。

 

 「そもそも、原曲をまんま使ってる部分なんて微細ですし、

  結構替えてますから、他の訴訟例、判例と対比させて、

  『問題なし』でまず戦うよう言って下さい。

  どうしても折り合えないなら、クレジットに入れて、

  新しいシングルのロイヤリティ契約ですね。」

 

 「……新しいシングル?」

 

 「出すんでしょ?

  世界七か国同時発売。」

 

 かたちだけね。

 どう考えても売れっこないやつ。


 「(it means)the world to me.

  いいんじゃないですか。記念受験です。

  LAのスタジオ借りなかった分、コストを吐き出して貰いましょう。

  いい大人達の泡沫の夢のために。」


 「……はは。

  その言いぐさ、ほんっと、お前らしいよ、古河智也。」


*


 「UKで64位って、凄すぎじゃないですか?」

 

 偶然でしょ?

 茶谷君的には、売上が静かな週だったらしいよ。

 ローカルラジオで伸びてないっぽいから、すぐ落ちるんじゃない?

 ロンドンのごく一部だけなんだから。

 

 「TOTPとか、OGWTとか、声、掛かったりとか?」

 

 わけないでしょ。

 あれはずっと前から出る人を決めてるやつなんだから。


 それよりもね? 神代君。

 

 「……はい?」

 

 あの歌詞、書いたの、でしょ?

 

 「……ぇっ。」

 

 サビんところは、たぶん、怜那が書いたんだと思う。

 でも、Bメロのところとかと、

 文法とか、思いつく単語の水準が違いすぎるんだよね。


 「……。」

 

 怜那は、もの凄く頑張ってる。

 音感がいいから、英語のpronunciationとかは、

 日本人に受け入れづらい子音の響きを掴んで歌えるまで、

 ネイティブに近いところまで成長してる。

 信じられないことに。

 

 でも、いまの怜那の忙しさで、

 ネイティブに近いボキャブラリーを叩き込むのは無理だよ。

 

 「……。」

 

 山科万里さんかな? とも思ったんだけど、

 万里さんがああいう重たい言葉を選ぶかなぁと。


 もし、ああいうメッセージを打ち出すとしても、

 日常会話で使う単語からイメージを構成していくと思うんだ。

 それこそ神代君が好きなPaul Wellerみたいな。

 

 「……。」

  

 でね?

 ふつうの日本人、TOTPなんて、知らないんだ。

 

 Best Hit USAなら知ってるだろうけれど、

 Top Of The Popsやら、The Old Grey Whistle Testなんて、

 知ってるわけないんだよね。

 留学経験があるか、イギリスの事情によほど詳しいか。

 そもそも、UK、って、言わないと思うんだ。


 いずれにしても、ふつうの、

 日本に暮らして、日本で育ってる日本人じゃ、

 あの歌詞は思いつけない。

 

 「……。」

 

 あはは。

 で、UKチャートをざわつかせたは、

 『俺』に、どんな恨みがあるのかな?

 

 「……恨みなんか、ないですよ。」

 

 そうなんだ。

 尾外越さんとは、どんな関係なの?

 

 「……。

  だめですね、ほんとに。

  あーあ。やっぱ、舐めてたんですかね、僕。」

 

 大丈夫。

 『俺』も取材の時、ボロボロだったから。

 なかなか、思い通りにはいかないって。

 

 「……もう、分かってるんでしょ? 僕のこと。」

 

 どうかな?

 分かってないことも多いけど。

 

 「……怜那さんの、今村由香さんの

  婿になんて、なれませんよ。

  ……なれっこ、ない。」

 

 ……。

 そっち、かぁ……。

 そっちは、考えてなかった……。

 爺にだったか……。

 

 「恨みも、妬ましさも、ないです。

  ただ……、こういうめぐり合わせだったことが、

  僕は……僕は、本当に、悔しい。」

 

 ……。

 

 「最後に一つだけ、教えてくれませんか? OREさん。」

 

 ……。

 

 「『今村由香』は、

  これから、どうなるんですか?」

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