ExtraⅠ:第7話


 『東都新聞社文化部

  記者 小坂 昭』


 ……うわ、超大手紙の文化部、かぁ。

 なんていうか、髭の紳士、っていう感じの人だわ。

 ブラウンスーツに合わせたボルドーネクタイが板についてる。

 

 なるほど。早川副社長といえども、無碍にできなかったと。

 しかし、なんで??


 「ロンドン公演の成功、おめでとうございます。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 虎を三枚被った才媛モードの今村由香。

 甘えたで迫ってきた20分前の佐和田怜那の面影はどこにもない。

 超大手紙のベテラン記者相手に、堂々と対峙している。

 

 っていうか、ワールドツアーのファイナルなんですけれど。

 ほんとこの頃の大手紙ってアジアに興味ねぇなぁ。

 っていうか、「俺」はなんでココにいるんだろうね。

 ロンドンのことなんてひとっつも知らないんだけど。

 

 「さっそくですが、

  『nineteen/ensemble』は、英語歌詞をつけておられましたが、

  公演では、歌詞の内容を替えておられましたね?」

 

 ぇ。

 ……え?


 「はい。」

 

 はい、って。

 

 「経緯をお伺いできますでしょうか。」

 

 「メッセージのコンセプトはOREさんから頂いたものの通りです。」

 

 おーあーるいーさん。

 …「俺」のことよね。

 っていうか、「俺」、なんも知らんよ?

 なにしろ名刺交換してないしね、今。ありえない、いろいろ。


 「なるほど。

  では、この歌詞の変更もOREさんのアイデアですか。」


 ちゃんと事前に情報収集してるな、この記者さん。

 つまり、「ORE」の存在は、知れ渡っちゃってると…。

  

 「はい。」

 

 え?

 いや、まったき嘘ですね? なんも知らんもん。

 どうしたの怜那。ちょっとだけ虎の頬がひくついてるけど。

 

 「替えられた歌詞の内容ですが、

  率直に申し上げて、politicalなものを意識されておられましたか。」

 

 は?

 

 「いえ。普遍的なものを意識しました。

  私がイギリスやアメリカの音楽から受け取ったものを、

  少しだけ載せて、お返しさせて頂いただけです。」

 

 …この発言って、ほんとはお師匠様のやつじゃね?

 

 「英紙の取材では、歌詞の意味を問われたそうですが。」

  

 「解釈は受け取った方にお任せするべき、そう考えています。」

 

 「そのあたりも、OREさんのアイデアですか。」

 

 「……ある意味ではそうですね。

  頂いているものですから。」

 

 いや、それはいくらなんでも。

 

 「ある意味では違いますね。

  歌詞の変更内容は、由香さんの、オリジナルなアイデアです。」

  

 うわ。喋っちゃった。

 中身なんも知らんのに。

 怜那、めっちゃ驚いてる。そりゃ驚くわ。

 

 紳士然としたボルドーネクタイが、ぴくっと揺れた。

 

 「失礼ですが、貴方がOREさんで宜しいのでしょうか。」

 

 聞かれる。

 当然、聞かれるね。名刺交換もしていない不審者だからね。

 なんてこったい。どういうつもりだよあの眉毛ぇ。

 

 「副社長の命で由香さんに同席させて頂いている者です。

  取材をお受けさせて頂いている身で大変失礼ではございますが、

  それ以上のことはご容赦頂けますと。」

 

 「……分かりました。」

 

 苦しい。

 苦しいなぁ。ほんと、どういうつもりなんだか。

 

 「話を戻します。

  『nineteen/ensemble』は

  英語圏での発売を意図されておられますか。」

 

 怜那が詰まった。

 想定してない、という顔だ。

 

 「現時点では考えておりません。」

 

 うわ。

 また喋っちゃったよ。


 「現時点では、と申されますと。」

 

 「内部では様々な形で検討はさせて頂いております。」

 

 嘘じゃぁないんだよ。

 聖氏にも眉毛にも脅されたしね、いろいろ。

 

 「大変恐れ入りますが、

  現時点の検討状況を申し上げられる立場にはございません。」

 

 慇懃な無回答。

 なんだけど、推測を呼ぶような答え方。

 あー、失敗したな、これ。俺、ちょっと、ダメすぎない?

 

 「例えば、今回のロンドン公演版を

  音源にした媒体を発売されるような可能性はございますか。」

 

 YMOの1980年のやつみたいに?

 俺、音源聴いてないんだけどな。だいたい前座4曲だけで何ができるんだよ。

 

 「検討課題には入っておりますが、

  そちらよりも、まずは5daysの映像化になろうと思います。」

 

 どう考えたってDVD素材が先だよねぇ。

 俺の夢にも近……。

 

 ん?

 え?

 いやこれ、なんっにも決まってない俺の妄想話だけど。

 なにしてんの俺、ほんとどうしたの? 

 30分前に怜那に骨抜きにされたから?

 

 「5daysとは、日比谷野外音楽堂での凱旋公演のことでしょうか。」

 

 「はい。」


 あ、怜那、立ち直った。

 この話は聞いてたもんな。

 っていうか、この話、もう取材する側に広まってる?


*


 はぁ。

 ボロッボロだよ……。

 

 俺、ほんと隙だらけだったな。

 こんなんじゃ怜那、守れないわ……。


 「ご、ごめんね、智也君。

  何も知らないのに。」

 

 そうだね、なにも知らないよ。

 

 「……でも、すごく、すごく嬉しかった。

  智也君、なにも知らなくても、守ってくれたから。」


 守れてなかったと思うよ、ぜんぜ……

 

 「……怜那。

  ここ、会社なんだよ?」

  

 「……だめ?」


 絶世の美少女、膝下にしゃがんで、

 椅子の座枠から顔を覗かせ、潤んだ瞳で唇をキラキラと見上げる攻撃。


 「だめ、です。」

 

 ……耐えきった理性を褒めちぎろう。

 よくやった、ほんとによくやった、俺。

 まだ動悸バックバクしてるけど。


 「……じゃあ、はやく帰ろ。」

 

 いや、それはさすがに。

 諸悪の根源早川副社長に報告はしないと

 

 がちゃっ


 『!?』

 

 せ、聖っ……

 

 「あはは、ごめんね?

  お楽しみだったかい?」

 

 ……なんだよもう、みんなして。


 「じゃ、行こうか。

  みんな、待ってるから。」

 

 ……は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る