ExtraⅠ:第6話


 『こ、こんばんは、古河君。』

 

 そっちロンドンはまだお昼時だね? 茶谷君。


 『うん。』

 

 おつかれさま。

 ツアーもやっと終わりだね。

 

 『そうだね。』

 

 そっちはどうだった?

 前座で形だけのやつだから、大したことないとは思うんだけど。

 

 『確かな手ごたえがあったよ。』

 

 あれ。

 なにか、茶谷君が落ち着いてる…。

 

 『怜那ちゃんの隠し玉が効いた。』

  

 ……隠し、玉?


 『と、東京に戻った時、怜那ちゃんに聞いて。

  そのほうが、いいと思うから。』


 あ、うん…。わかった。

 彼女持ちなのに、ずっと付き合ってくれてありがとね。

 

 『か、か、か、かの、かの、じょっ!?』

 

 …あれ、違うのかな。

 みどりちゃんのこと、怜那はそう言ってたけど。


 あ。

 おーい、茶谷君??


*


 さすがにセキュリティゲート扱いはないか。

 うわぁ、目がキラキラしたファンが一杯いる……。

 俺、ほんとはあっち側なんだよな……。


 「ほんとにいいの?

  あっちのテレビカメラに、顔、映るよ?」

 

 分かりませんよ、俺なんて。

 背も高くないですし。

 

 「いや、由香ちゃんの顔、変わるから。

  それで一発で分かる。

  由香ちゃんキラッキラ、大爆走、カメラ全抜き。」

  

 あ。

 あぁ……。

 

 「……済みませんが、車の中にして頂いて。」

 

 「それが無難だよ。

  大丈夫。ちゃんと案内するからさ。」

 

 ホント済みません、富岡プロデューサー聖氏

 こっちが言い出したのに。


 「ま、そのほうが、由香ちゃんにはサプライズになるかもね?

  あぁ。5daysの件、こっちから言っておいたから。」

 

 あ、そうですか。

 ありがとうございます。怜那は?

 

 「二つ返事。」

 

 ……なら良かった。

 

 「君の提案だって、すぐわかったよ。

  ほんと君ら、夫婦だよねぇ。」

 

 ……なんて返していいやら。


 「ま、後のことより今のこと。

  あ、楮君。プリンスを車にご案内してやって。」


 うわ。

 また逢ったよこの人。

 ってか、上司違うだろうに。

 

*


 「じゃ、ごゆっくりー、王子様?」

 

 ……恥ずかしいったらありゃしない。

 レディメイドしか着てない王子がいてたまるか。

 

 ……ただの彼女じゃないもんな。

 空港で抱き合う、なんてことはできんわなぁ…。

 

 彼女。

 彼女ねぇ……。

 ほんと、実感がまだ、薄いんだよな……。

 指輪まで渡してるのに。将来を誓ってすらいるのに。


 どこかで、怯えてる「俺」がいる。

 、「俺」に。

 怜那が好きなのは、古河智也であって、「俺」ではないのだから。


 (『逢いたい、よぉ……っ……。』)


 ……。

 考えるな。

 そんなこと考えて、何の役に立つ。

 ツアーから帰ってくる怜那を、しっかり迎えないと。

 

 ……しかしまぁ、えらいゴツイ印象だな、この車。

 なんせ外、黒塗りだもの。青ナンバーか、ヤのつくお仕事の車か。

 車内はそんなに広くはないし、普通のシートだけど。

 

 ふぅ……。

 にしても、空港からまぁまぁ歩いたよね。

 ま、分からないようにするには仕方ないけど。

 怜那、ちゃんと来られるかな? まさか、わざわざ車で来るとか?


 ……って。

 

 「……何、してるんですか、大西さん??」

 

 「あ、バレた?」


 うわぁ。

 っていうか、なんでこっち運転席にいるのよお師匠様。

 向こう演者側じゃないのかよ。

 

 「いやー、昨日の便で、先に帰ったんだよね。

  ロンドン公演終わった後で、姫は取材が多くてさ。

  僕は今日の朝、東京で仕事あったから。」

 

 えぇ?

 初耳ですけれど。っていうか、『姫』って。

 

 「ま、結構でかいの、ぶちかましたからね?

  あの隠し玉、君かい?」

 

 怜那の隠し玉です。

 そうとしか言いようがない。

 

 「そっか、ふふ。

  じゃ、やっぱり、姫は本物の才媛だよ。

  悔しいよなぁ…、って、君に言う話じゃないね。」

 

 は、はぁ。

 

 「野音で凱旋5daysかー。ホント、凄いよねー。

  僕らなんて300のハコが埋まらないんだよ?」

 

 ウィスパーボイスに拘らなければいいんじゃないんですか?

 

 「うわ。なんてこと言うの?

  同じことを聖氏に言われたばっかだよ。」

 

 あはは。

 

 「まぁでも、ほんと、そうかもしれないなって。

  姫のやり方とか、達仁さんとか見てると、

  僕らの音楽、ちょっと狭いなって思わされることはある。」

 

 だからこそいいって人もいますけれどもね。俺とか。

 というか、ホントに運転するんですか?

 

 「いやぁ、ちょっと君と話したかっただけ。

  札幌便が出るまで、時間あったからさ。」

 

 うわぁ。昨日ロンドンから帰って今日から札幌って…

 この頃のお師匠様、フットワークえらい軽いん……

 

 がちゃっ!

 

 

 『ともやくんっっ!!!』

 

 

 ばさっ!

 

 れ、れ、怜那ぁっ!?

 

 「車、早く出して!」

 

 ばんっ!

 

 「え?

  せ、聖」

 

 『え!?』

 

 「え、じゃなくて! 

  ファンに気づかれてるから、早く出してっ!」


*


 「……大西さん、飛行機代、自腹だって。」

 

 うわぁ……。

 かわいそうすぎる。まだ薄給なのに……。


 「ご、ごめんね智也君。

  大西さんと話してると思ってなくて。」

 

 そりゃま、怜那が分かるわけないよね。

 かわいそすぎるから後でなんか考えよう。

 とりあえずラジオのネタにしてあげるしか。

 

 「……智也君?」

 

 あれ? 

 ネタとしてはいい話だと思ったんだけど。

 

 「じゃなくて、その、

  ともや、くん……っ……。」


 あ、あぁ。

 あはは。あははは。


 怜那が。

 部屋に、いる。


 怜那の相貌を、ぬくもりを、心を。

 掻き立てられるような儚さを感じながら、

 ゆっくりと、抱き留める。

 

 「……ただいま、怜那。」


 ああ。

 幻じゃ、ない。

 

 「……おかえり。

  ……おかえり。

  おかえり、おかえり、智也君……っ……。」


 ただ、お互いを、求め続ける。

 血管中の赤血球が、沸き立つように、

 「俺」の身体の中に、怜那を、巡らせていく。

 セピア色が掛かった視界が、吐息の温かさで鮮やかに拓いていく。


 いつまでも、いつまでも。

 失われた時を抱き留めた温もりで埋めるかのように。

 

 怜那の瑞々しい吐息を感じながら、

 艶やかで滑らかな肌を、ざらつく舌でとらえようと

 

 ぷるるるるるっ

 

 「え?」

 

 「えぇ……。

  また、電話……?」

 

 ぷるるるるるっ

 

 『……。』

 

 ぷるるるるるっ

 ぷるるるるるっ


 「……無視、できなそうだね。」

 

 「……ん。」

 

 かちゃっ。

 

 「はい。古河で……、

  あ、はい。わたしです。いつもお世話になっております。

  いえ、そんな、とんでもない。おかげさまで。

  え? …はい、おります。あ、はい。分かりました。」

 

 ……ん?

 

 「智也君、その、早川さん。」

 

 え?

 副社長??

 

 かちゃっ

 

 「お電話替わりました、古河です。」

 

 『あぁ、古河君。

  お楽しみ中のところ、済まんね。』

 

 うわっ。

 って、分かるか。分かられちゃうか。

 

 『急で誠に申し訳ないんだが、

  今から怜那ちゃんと一緒に取材を受けて欲しい。

  義理のあるところで、どうしても断れない。

  映像媒体じゃないから、君の顔は映らない。

  僕は石澤じゃないから、ちゃんと借りておく。

  車を廻すから、社まで来て欲しい。』

 

 ……ど、どういうこと?

 国内向けの記者会見って、明日、ちゃんとやるはずじゃ…

 

 『の件だよ。』

 

 ……は?

 ばく、だん??

 

 『おや? まだ聴いてなかったのか。

  ふふ。じゃあ、少し驚いて貰おうかな。

  頼んだよ。じゃ。』

 

 がちゃっ

 

 つー、つー、つー……

 なんか、デジャヴを感じるな、このパターン……。

 

 「……っていうことなんだけど、怜那。」

 

 あれ?

 怜那の顔にも疑問符が浮いてる。

 怜那が噛んでることじゃ、ないのか。

 

 「ともやくん、

  ……つづき、して。」

 

 は?

 

 「いや、だっていま、会社から車が来るって。」


 「……いいから。ね?」

 

 ……車なら15分も掛からない距離なんだけど。

 

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