ExtraⅠ:第2話


 ……あっはっは。


 「宣伝費、かけたなぁ……。」

 

 思わず独り言が出てしまう。

 

 『nineteen / ensemble』

 

 プロの写真家があの手この手で最適な角度を探し尽くし、

 ビビットに映るポイントがこれだったと…。

 ビジュアル推しで来るとは思ったが。

 

 「空港写真、別撮りしてたな…。」

 

 真っ白なカートを颯爽と引き、

 手入れの行き届いたロングヘアーを(巨大扇風機で)靡かせながら

 前を向いて空港ゲートに向かう目力の強い今村由香。

 バックにデスティネーションのフラップ(パタパタ)。


 この構図、俺、全然相談受けてないんだけどなぁ…。

 このベタな発想はきっとあのオッサンに違いないわ。


 俺としてはもうちょっとマイナー感のある手触りが好みだったけど、

 今となっては、これはこれで、まぁいいんじゃないかなとも思う。

 こんなのはどうせ一瞬なんだから。


 それにしても、金あるだろうに、こんな街御茶ノ水を指定してくるなんて。

 ま、いいんだけど。

 

 「……相変わらず、無防備な奴、だな。」

 

 ずっとこっちを監視してたってことね。

 分かりますけれど。

 

 うわ。

 人相、思ったよりよくないな…。

 口角が下に下がって、歪んだ唇の紋が小刻みに震えている。

 眼は鋭く血走ってるし、上下黒の皮ジャンで統一されてるし。


 カラス族とは言わないわなぁ。どっからどうみてもまるっきり不審者だわ。

 こういうスタイル、30年後にリバイバルするんだよな、漫画だけど…。

 

 ……冷静に。

 冷静に。静粛に。

 

 「……はじめてお目に掛かりますね。

  佐和田、一誠さん。」

 

 ヨネさんに教えて貰った名前。

 県政に影響を及ぼす地方財閥、佐和田家惣領の跡取り息子。


 白目の面積が多い両眼で、鋭く睨んでくる。

 ま、当然か。恨んでるらしいしな。

 俺からしたって、怜那の『敵』だ。


 「……場所、替えますか?」


 このままじゃ、駅前で不審者と因縁をつけあってるだけの構図だから。


*


 戦後直後から、小高い丘の上に建つホテル。

 俺の時代にもこの建物はあった筈だ。

 目立たないところにあるから、便利っちゃ便利な場所だけど、

 タクシー乗りつけてこういうところにホイホイ入れるってのは、

 やっぱり金持ってるってことだろう。

 

 「……それで、今更、何の用だ。」


 前置きを置きたがらない血なのかもしれんなぁ、佐和田家は。

 それなら。

 

 「では、結論から申し上げます。」

 

 一呼吸、置く。

 時代と共に鎮座した置時計から、時を刻む音が響く。

 

 「お爺様の跡を、お継ぎになって下さい。」

 

 これが、「俺」が出した結論。

 怜那(や、俺)を恨ませる根源を断ってしまえばいい。

 

 この世界の怜那は、今村由香の版権収入がコンスタントに入ってくる。

 版権管理さえ俺がしっかりやれば、まず食うに困ることはない。

 佐和田家のお世話になる必要などないはずだ。

 

 怜那は、本家の爺を嫌っているだろうし、

 佐和田家に入っていいことなど一つもない。


 であれば、「犯人」が本家を継いでくれる能力さえあればいい。

 不本意であっても、気にくわなくても、

 目の前のドラ息子をそうなるように叩きあげれば、

 全ての問題はさっくり解決する。

 

 はずだ。

 

 「………。」

 

 広いとはいえないロビーラウンジで、

 真っ黒で統一した人相の悪い小男が、穴が開くくらい俺を睨んでくる。

 

 さすがにちょっと気味が悪いが、これも怜那の老後のためだ。

 丹田に力を入れ、真正面から視線を受け止め、

 殺気が出ない程度に『敵』を睨み返す。

 

 歯がギリギリと擦れる音が、聞こえた気がする頃。

 

 「……バカ、なのかよ。」

 

 ……は?

 

 「いつ、俺が、爺の跡を継ぎたい、なんて言ったんだよ。」

 

 ……え。

 

 「あんな田舎のクソ会社、俺が関心があるとでも思ってんのか。

  財産は幾らでも貰うぜ? だが、あんな会社、要らねぇよ。

  今更爺の指図なんて受けたいわけねぇだろう。」


 あ、あれれ……。

 ち、違うんだ…?

 

 「正直、怜那にも継がせたくねぇんだよ。」

 

 ……ん?

 

 「あんな田舎にあんな女が縛り付けられたら

  爺の周りで酌をさせられ続けて、

  爺が選んだ婿に腰を廻されて閉じ込められるだけだぜ?」


 ……それはまぁ、否定はしないけど。

 ……じゃあ。

 なんで。

 

 「…どうして怜那を、襲わせた。」


 思わず詰問調になってしまった。

 おさえろ。おさえないと、手が伸びかけて

 

 「…声がでけぇよ。バカ野郎。

  ガキの頃の話だろが。

  あんときゃ俺も、マジでどうかしてたんだよ。

  その話は、ヨネさんときっちり手打ちしたじゃねぇか。」

 

 ……金輪際、怜那には近寄らないという約束。

 この男に逢う前に、ヨネさんに教えて貰った。

 ご丁寧に覚書に指紋印まで押してある。

 

 「……そのわりには、近寄ってるようですが?」

 

 不審者ご注進システムの情報はこっちにも少し回ってくる。

 神代君からも、マネージャーさんからの情報も。

 

 「…怜那の視界に入ったことはねぇよ。

  だいたい、ガードが固ぇんだよ。

  大学入ったらちったぁ緩くなると思ってたのに、なんだよあの総回診は。」


 白衣姿の怜那。髪を靡かせた佐和田教授の総回診。

 ……ちょっとだけ、笑ってしまった。


 「……ま、あれぐれぇやんねぇと、

  てめぇが心配なんだろ。」

 

 「……私がやっているわけではありませんが。」

 

 「バカ野郎。

  怜那は勘違いされることが心配なんだよ。」

 

 ……かん、ちがい?

 

 「てめぇ、怜那から手、離しそうになるじゃねぇか。

  怜那からすれば、心配なんだろ、いろいろ。」


 ……あ、あぁ。

 そういう、こと……。

 

 「……まったく。

  なんで怜那はこんな奴を好きになっちまったんだろうなぁ…。」


 ……。

 ……ん?

 

 あ。

 

 え。

 って、ことは、まさか、恨んでる理由って……。

 

 「……ホント、どうしようもねぇ鈍感な奴なんだな。

  気鋭の敏腕プロデューサーが聞いて呆れる。」

 

 ……微塵も名乗ってないよ、そんな肩書。

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