(ExtraⅠ)Hello World!

ExtraⅠ:第1話


 「……凄かったですよ、北ウィング。」

 

 …そういえば、神代君も行ったんだっけ、見送り。


 「はい。

  尾外越さん達がテレビカメラから由香さんをガッチリ守ってました。」

 

 …いいのかな、それ。

 音楽雑誌の記者がテレビ局と戦争した姿がお茶の間に映ることになるけど。


 「まぁ、わかりますけど。

  なにしろ、『あの今村由香』のワールドツアーですから。」


 そう。結局そうなってしまったのだ。

 東南アジアだけで十分なのに、南米とロンドンがごり押しで押し込まれた。

 北米ツアーを跳ねつけるだけで精一杯。

 南米をちらっと言ったのはこっちだし、

 英米圏はロンドンでぎりぎり妥協するしかなかった。


 まぁわかるけど。わかるけども、学期中なんだよ一応。

 怜那は留年確実と思うけれども、どこまで「彼ら」が支えられるか。

 一か月強で七か国は強行日程にもほどがある…。


 「いいですよね。

  <Hello World!> シンプルな響きで。」

 

 怜那の通っている某大学法学部での

 怜那の大学生活サポートチーム(『近衛』)のキャップ、

 神代茂君は、くりくりとした明るい瞳で、あっけらかんと言ってくる。


 俺の生きていた時代で言えば、爽やかな「陽キャ」そのもの。

 滑らかな敬語で話してくるあたり、人当たりに狡知がある。

 留学経験あるのに、妙に日本人慣れしてるっていうか、

 大企業で普通に勤まってしまうソツの無さ。

 

 にしても、決まってしまったワールドツアーの名前が……。

 由来はあえて言うまいよ…。


 「でも、OREさん。」

 

 …怜那の「ご学友」として話を多少聞いてるもんだから。

 肯定も否定もできないという状態って、こういうことね…。

 神代君くらいの音楽フリークだと、目、通してしまうよね、やっぱり。

 あのライナーノーツ、ぜんぶ集めて篝火にくべて燃やし尽くしたい…。


 「ほんとによかったんですか? 一緒に行かなくて。」

 

 「……学期中だしね。

  それに、やることがあるから。」

 

 そう。

 怜那のいないうちだからこその、やっておくべきことが。


*


 『こちらは成田空港出発ロビー前です。

  ご覧のようにおおぜいのファンが詰めかけております。


  いま、新進気鋭のシンガーソングライター、

  若者に大人気の今村由香さんが

  はじめてのワールドツアー、Hello World!の

  最初の開催地であるタイのバンコクに向け…』

 

 あぁ…。

 右下の字幕のキャプションが手書き感満載…。

 

 『あ、あ、来ました!

  今村さん、今村由香さんです! 

  満面の笑みでファンに手を振ってます!』

 

 サングラス掛けててどうやって満面の笑みって分かるんだよ。

 

 『鮮やかな赤のジャケットに…今村さん、今村さんっ! 

  ひとこと、ひとこと意気込みをお願いします!』

 

 グラサン掛けさせておいてほんと良かった。

 たぶん戸惑ってる。あ、尾外越さんがブロックして…

 え? 四人くらいいない? あれみんな音楽雑誌の人??

 

 ぷつん。

 

 「……さすがにもう隠しようがないわね。」


 ごもっともです。奥様。

 

 「国営放送でも流されたから、

  お父様の耳に入るのは時間の問題ね。」

 

 ……はい。


 「で、怜那の一世一代の晴れ舞台に帯同しない薄情な彼氏さんは、

  私に何の御用かしら? ふふ。」


 ヨネさんはふんわりと笑うと、白磁のティーカップを静かにソーサーに重ねた。

 ひとつひとつの所作が本当にうつくしい。

 

 「まず、ひとつ、確認したいことから。」

 

 切り出し方に迷う内容ではあるが。

 

 「なにかしら?」


 俺は、音を立てないように、ゆっくりと息を吸った。


 「中学3年生の時、怜那さんが、集団で男子生徒に襲われた事件の、

  の扱いについてです。」

 

 机に置かれたティーカップが、ゆらりと揺れた。


 …やっぱりか。

 古河智也の記憶と統合されたからこそ、推測できたことだが。

 

 当時の俺はまったく想像もしていなかったが、

 いかな野球部の男子中学生共が盛りがついていたとしても、

 当時既に人気が出てしまっていた怜那を襲うのはリスキーなはずだ。

 が、それがさも容易であるかのように、情報を誘導した可能性が高い。


 静かに、もう一度、ヨネさんと目を合わせる。

 …さすがにポーカーフェイスが徹底しておられる。

 簡単に詰められてくれっこない。


 次のカードだな。


 

 「怜那さんのために、庇っておられるのですね?」


 

 「……呆れた。」

 

 ……は?

 

 「貴方って本当、どうしようもない子ね。

  いっそ貴方らしいって言うべきなのかしら。」


 …相変わらずなんて言い草だよ。

 

 「ふう。…まぁ、いいわ。

  半分は貴方の見込み通りよ。

  怜那を襲うように仕向けた犯人は、あの子よ。」

 

 あの子。

 佐和田家本家の跡取り息子だ。

 

 俺はずっと、勘違いしていたことがある。

 佐和田家本家の跡取り息子は、九州にいると思い込んでいた。

 

 しかし。


 地方政治家の履歴書の最初が

 「東京都港区麹町小学校卒業」であることを考えれば、

 まず、思いついておくべきことだったのだ。

 

 地方の名門家の跡取りは、東京にいることは少なくない。

 業種にもよるが、地元よりも東京で人脈を作ったほうが、

 将来のネットワークづくりにとって、遥かに有意義だからだ。

 

 つまり、佐和田家本家の息子は、

 怜那の行動を、ずっと、間近で監視し続けていたわけだ。


 「もう半分は外れね。

  はっきり言うわ。貴方のためよ。」


 ……

 あ。

 跡取りにより恨まれてるのは、「俺」のほうだったか……。

 

 「もちろん怜那のためでもあるけれど、

  それはね、古河君。

  怜那は、貴方がいないと、死ぬからよ。」


 ……。


 「まったく。二人ともほんとに困った子ね。

  まぁ、手のかかる子ほど可愛いとは言うけれども、

  およそそれも限度があると思うけど?」

 

 ……あの、ですねぇ。

 

 「で。

  今日の貴方のご用件は何かしら?」

 

 ……なんだかすさまじく言い出しづらくなっちゃったな。

 「俺たち」になっても、この人にゃかないっこないわ。

 でも、もう決めたことだ。

 

 

 「その犯人に接見したい、と思いまして。」

 

 

 「……貴方、正気なの?」


 「もちろんです。」

 

 怜那がこっちにいない時だからこそ、やっておかなければならない。

 怜那の安心できる老後のために。光の中で歩み続けるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る