第25話



 1986年、10月。

 

 ファンクラブ以外ほぼ無告知であったにも関わらず、

 某公会堂での今村由香デビューライブは、

 満員御礼どころか立ち見の盛況となり、

 三度のアンコール後は万歳三唱で幕を閉じた。


 ライブ数を絞って飢餓感を出す演出は、

 怜那の声に艶と丸みを深める期間にもなった。

 いろいろな意味で、ひとまず安堵すべき展開ではある。 


 ただ。

 アンコールのネタが無くなった三度目に出してしまったようだが、

 物議を醸さずにはいられない。


 「あれって、宣戦布告、ですか?」

 

 事情を知らないマネージャーさんに詰められた俺は

 苦笑いをするしかなかった。

 

 大西健晴が書いた「バカバカしいアイドル曲」は、

 そう受け取られても仕方がない内容なのだ。

 

 『わたしを見て』

 

 タイトルだけならなんということはないが、

 その中身は、アイドルを聴く男性に対する彼女側の不満を、

 響平・林治式なストリングスに乗せてフレンチポップ風に爆発させたものである。

 これって、北陸(……)のローカルアイドルに提供したもんじゃね?

 さすがに曲調はちょっと荒いが、アイデアは時系列が20年は先んじている。


 確かに「バカバカしいアイドル曲」とは言った。

 言ったが、まさか、よりによって、これが出てくるとは……。

 ローカルアイドルである彼女たちがやるとただ可愛いだけなのだが、

 これをいまの今村由香がやると、下手としたら嫌味になりかねない。


 確かに歌詞はコミックソングじみているとはいえ

 20年先のあれよりはずっとマイルドだし、

 今村由香一流の声の丸みもある。

 

 しかし、今世の今村由香はアイドルを超越した容姿だ。

 その今村由香が、全盛期の桜木聖のようなフープ・スカートで出てきて、

 不満そうな顔を浮かべながらゴリゴリの振り付けを載せて、

 彼氏に向かって「アイドルを聴くな」とノリノリでやられたら。

 

 ギミックをこれでもかと駆使した楽曲自体の完成度、

 今村由香の恐るべき舞台度胸とコメディエンヌとしての演技力の高さもあり、

 コンテンツとしては一周廻って成り立ってしまっている。

 アンコールでは爆笑と歓声の渦だったらしい。

 ただ、これをシングルに切れば、間違いなく敵は増えるだろう。

 これって、考えようによっては、

 前世の今村由香の知人の一人だった高森千聖の路線そのものじゃないか。

 もうちょっとパイドの王道路線を引き出すべきだったかと頭を抱える。


 と、いうものに限って。

 

 「いやぁ、面白いねあれ。ライブのセットリストに入れようよ。」

 

 決定権のある人間にウケてしまう嫌いがある。

 もう、どうなってもしらんわ。


*


 思わぬ怪刀となってしまった大西健晴のネタはともかく、

 本命である井伏雅也のほうは。

 

 「どうだ? 

  だいたい、お前のイメージ通りに作ってみたが。」

 

 細かく伝えていたとはいえ、イメージ通りというか、ほとんどまんまです……。

 下敷きがはっきりしてる曲って、こういう再現度になるのね…。

 まさか、このメロディを、このタイミングで聴けるとは……。

 

 あの歌が。

 俺の、手の中に、ある。

 

 「……さすがです先輩、さすが一流のロリコン。」

 「誰がだっ!?」

 

 この曲を、この曲こそ、売る。

 ど直球、ど真ん中の王道で。

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