第22話


 史実では、今村由香の曲で、

 最もヒット曲の資質を備えていたのは、

 のちの大ヒットロリコン、井伏雅也が提供したアルバム曲である。

 

 80年代初頭に、その洗練されたスタイルで音楽通にヒットしたものの、

 ツアーが嫌いだという身もふたもない理由で解散した

 某ブラックコンテンポラリーユニットを下敷きにした曲で、

 キャッチーさとメッセージ性で言えば、間違いなく群を抜いていた。

 

 あの曲は、俺にとっても、大切な宝物だ。

 時流から外れていた今村由香を、

 「失敗したアイドルもどき」以外の「何か」として

 ひっそりと音源や映像を集めるようになった、

 隠れファンとしてのきっかけの曲でもある。


 しかし、発売当時は、アイドルもどき路線と

 アーティストもどき路線の双方が迷走を極めていた。

 本来パワーのある曲がプッシュされずに一アルバム曲に留まり、

 ファンの間だけで支持される残念な結果になってしまった。


 ブラコンをポップスに畳み込むセンスを持ったアレンジャーとしては、

 後に声優アーティストの音楽的基盤の一翼となる人物がいる。

 史実通りであれば、既に同じ事務所ではあるはずなのだが、

 現時点では、彼は現役のアーティストとして、デビュー目前状態のはずであり、

 なにより、今村由香は、いまの彼には、売れすぎている。


 となると、ブラコン(……)のAOR路線では、

 井伏雅也を押し立てる戦術を立てる。

 もっとも、これは、史実の再編にすぎない。


 もう一つは、史実にはない、賭けである。

 つまり、「史実」の先回りである。


*


 実は、後にパイド系の一大アイコンとなる大西健晴も、

 1989年の今村由香に、一曲、提供している。

 俺が石澤氏をぎりぎりで嫌いになれないのは、

 後の大立者達を製作陣に押し込んだ先読みの良さのためである。

 同じ能力がディレクションにもあれば言うことはなかったのだが。

 

 当時の大西健晴は、音楽性の追求に余念がなく、

 ために、ポップスとしての焦点はいまひとつだった。

 彼が憧れていたはずの某響平風の割り切ったポップスを出すのは

 1990年代に入ってからである。

 

 史実通りならば、

 彼らは、今村由香と同じレコード会社へと移籍してくる。

 タイミングとしては、不自然ではない。


 史実より、4年以上早く、「彼を」目覚めさせる。

 そんなことが本当にできるのだろうか。

 まぁ、できなかったら収録しなければよいだけなのだが。


*


 「ライナーノーツに、あそこまで書く?」


 第一声がこれだった。

 まさに、貴方のような人をターゲットにしていたんですなぁ。

 やったのは俺じゃなくて小村政美大先生ですけれども。

 

 仕込んだギミックの一つにひっかかってくれた。

 小さな(普通のOLが読まない)字で、楽曲解説、

 というよりも引用元ネタの曲について英語でさらっと書き込んである。

 オーディオマニア系を取り込むための策だったが、見事に嵌ってくれた。


 「インスパイアード、って狡い言葉だよね。

  それにしても、あそこまであけすけに書く?」


 「下敷きだけはっきり載せたみたいです。後で勘ぐられてもいいように。

  エッセンスは隠してるものもかなりあるとはうかがっています。」


 「あーそうか。なるほどね。君の発明?」


 笑って首を振る。

 少なくとも俺のオリジナルではまったくありませんので。


 「でも、思ったよりずっと綺麗だよね、今村由香。いるんだねぇ天女って。

  あー、終わったら写真撮ってもらおうかなぁ。」


 これだよ、これ。

 後にユニットの2番目に人気のあるメンバーとして名高い冴えない感じが素敵。

 やばいな、超有名人じゃん。なんかドキドキする(え?)


 「でも君さぁ、なんであんなの知ってるの?

  The Groopなんて、俺らみたいなのしか知らないと思ってたのに…」


 ご多分に漏れず、出回ってしまったテープを聞いたクチである。

 もはやなにもいうまい。


 「同じですよ。だいたいは高校のサークルにあった奴ですから。」

 

 youtubeとspotifyです。

 というか、貴方に教わったものも多いんですよお師匠様。


 「あの並び順は? 発売日でもアーティスト順でも系譜順でもないけど、

  絶対なんか意図があるよね?」

 

 鋭いですお師匠様。でも、貴方には絶対分からないやつです。

 あの当時の怜那の頭に入りやすいように、ということだけなので。

 

 「お見込みの通りです。

  ただ、これ以上はノーコメントで。」


 「……凄いね。ちょっと、ズルいよね。

  若くて、あんな綺麗で、肌ツルツルで、笑顔も可愛くてさ、

  ピアノもバリバリで、歌もあんなに歌えて、ライブもばっちりで、

  で、君でしょ? 俺らちょっと自信無くすわ。」


 確かに狡いです。ただのチートです。

 だいじょうぶ、自信もって。後世に残るのは容姿じゃない。

 貴方たちは、間違いなく21世紀の日本のポップスの基盤ですから。


 「で、君は、俺に何をさせたいの?」


 聞いてくれるのは実にありがたい。

 俺が貴方に願うことは、たった一つだけだ。


 「バカバカしいくらいわかりやすいアイドル曲を。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る